表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
隣の席の先輩が、なぜか俺の伝説を作り続けている  作者: 螺旋


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

2/5

第2話「先輩が、俺を育ててたらしい」

部長に呼ばれたのは、田所係長のメールから二日後だった。


 遥と歩が並んで部長室に入ると、部長の梶原さんはにこやかに「二人ともよくやってくれてるね」と言った。


「神崎くん、山田電機の件、聞いたよ。あれはなかなか難しい案件だったのに、よく収めてくれた」

「あ、ありがとうございます」


 歩は素直に頭を下げた。隣で遥は「ここだ」と思った。ここで「実はあれは私が——」と言えば全部終わる。


「室田さんが育てたんだって?」


 部長がにこやかに遥を見た。


「は」

「田所くんから聞いたよ。新人のうちにきちんと育てる先輩がいると、チームが強くなるよね。よくやってくれてる」

「あ……」


 言えなかった。


 言えるわけがなかった。


 なぜなら去年の下期の振り返り面談で、遥は「後輩育成に力を入れたい」と明言した。さらに先月の面談では「神崎くんの成長が楽しみです」と言ってしまった。「楽しみです」と言った自分の口を今すぐ塞いでやりたい気持ちだが、過去には戻れない。


「……はい。頑張ってます」


 遥の声は、自分でも驚くほど平静だった。


「そうか、頼むよ」


 部長室を出て、廊下に出た瞬間、遥は壁に背中を預けて天井を見た。


「先輩」


 歩が横に立った。


「俺、そんなに育てられてたんですか」

「……うん」

「全然気づかなかったです」

「そうでしょうね」

「すごいな。育てられてたのに気づかないって、俺、どんだけ鈍感なんだろう」


 遥は天井を見たまま何も言わなかった。


 鈍感というか、そもそも育ててないので気づきようがない。でもそれは言えない。


「なんか、ありがとうございます」と歩が言った。

「……別に」と遥は言った。


---


 その日の午後、部署内に微妙な空気が流れた。


 田所係長がお昼休憩から戻ってきた直後、突然「神崎のやつ、部長にも褒められたらしいぞ」と言いはじめたのだ。


「え、マジで?」とデスク向かいの後輩・松本くんが顔を上げた。松本は歩と同期で、営業サポートにいる。


「しかも室田さんが育てたって話になってるらしい」

「えー、室田先輩が? すごいな」

「うちの部の誉れだよな」


 遥はモニターを見つめたまま、ひたすら聞こえないふりをした。


「神崎ってそんなにすごいんすか」と松本が歩に直接聞いた。


「全然すごくないと思います」と歩が即答した。


「謙遜だ」と田所係長が笑った。


「いや本当に、俺がやってることって——」


「謙遜」


「係長、俺の話聞いてます?」


 遥は小さく息を吐いた。歩は「俺は何もしてない」と言いたいらしかった。それは本当のことだ。でも今この場で「そうです、俺は何もしてないです」と言っても、「神対応の男の謙遜」にしかならない。


 そして歩が本当のことを言うためには「じゃあ誰がやってたの」という話になる。


 そうなると遥が「私です」と言わなければならなくなる。


 そうなると「なんで今まで言わなかったの」という話になる。


 そうなると「育ててると宣言したから言えなかった」という話になる。


 そうなると「じゃあ育ててなかったってこと?」という話になる。


 そうなると遥の去年の面談発言が全部崩れる。


 つまり今この状況で誰も正直にならないほうがいい、という非常にまずい結論に、遥は一人でたどり着いてしまっていた。


「……先輩、大丈夫ですか? 顔色悪いですよ」


 歩が小声で言った。


「大丈夫」


「本当に? なんか考え込んでません?」


「考えてない」


「あ、俺なんかマズいことしましたか」


 歩が心配そうな顔をしていた。無駄に顔のいい新人が、無駄に真剣な顔をしている。


 遥はそれを見て、なぜかほんの少しだけ、腹が立った。


 腹が立った理由は、うまく説明できなかった。


「マズいことはしてない」と遥は言った。「ただ、もうちょっと自分でなんとかしようとする気持ちを持ったほうがいい」


「はい」と歩は素直に頷いた。「先輩みたいになれるよう、頑張ります」


 先輩みたいに。


 遥は「そう」とだけ言った。


---


 帰り際、遥は一人になったタイミングでスマホのメモアプリを開いた。


「明日こそ全部話す」と打って、しばらく見て、消した。


 代わりに「明日のフォロー内容」という項目を作って、歩が今日受けた懸案件のリストを入力しはじめた。


 やめればいい、とわかっている。


 でも歩が「先輩みたいになれるよう頑張ります」と言った顔が、なぜかまだ目の前にあった。


 あいつは絶対、今日も明日も、何も考えずにメモを渡してくる。


 遥は一つため息をついて、イヤホンをつけた。


 明日も、たぶん、書く。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ