友達は信仰を疑う
王都の学舎は,貴族令嬢にとって社交の予行演習の場だ.
魔法理論,礼法,歴史,舞踏.
そして何より,「適切な距離感」を学ぶ場所でもある.
リリーは,その中で明らかに浮いていた.
「……相変わらずね」
窓際の席から,ため息混じりに声が飛ぶ.
声の主は,アメリア・クロフォード.
栗色の髪をきちんとまとめた,リリーと同い年の令嬢だ.
家格は中位だが,頭の回転が速く,観察力が鋭い.
「何がでしょう」
リリーは,魔法陣のノートから顔を上げる.
「補助魔法の授業で,国家防衛レベルの最適化をしないで」
「していません」
「してるの」
アメリアは,ぴしっと言い切った.
教室の中央では,講師が首を傾げている.
本来なら三人がかりで行う魔力循環調整を,
リリーが一人で,しかも無詠唱で成立させてしまったからだ.
「……リリー嬢」
「はい」
「これは,課題としては過剰です」
「過剰ですか」
「ええ.
もっと失敗する前提で」
リリーは少し考えた後,素直に頷いた.
「次は,失敗します」
「そういう問題じゃない」
授業後,アメリアはリリーを半ば引きずるようにして中庭へ連れ出した.
「ねえ.
あなた,自分がどれだけおかしいことしてるか,分かってる?」
「補助魔法は,地味だと教わりました」
「そこじゃない!」
アメリアは頭を抱えた.
「聞いたわよ.
王城に呼ばれたんですって?」
「はい.
段差が多かったです」
「内容!」
「引き抜き,だそうです」
「……それで?」
「ガレオン様が一人なので,無理だと」
アメリアは,しばらく無言になった.
そして,ゆっくりとリリーの肩を掴む.
「ねえ,リリー.
それ,信仰じゃないから」
「?」
「依存でもなく,崇拝でもなく,
もっと,その……厄介なやつ」
「厄介ですか?」
「ええ.
しかも,当人同士が無自覚」
リリーは,困ったように眉を下げた.
「ガレオン様は,困っていません」
「困ってるのは,あなたじゃなくて彼の心よ」
「心……」
その言葉に,リリーは一瞬だけ黙る.
だが,すぐに首を振った.
「ガレオン様は,最強です」
「最強でも,人間でしょうが!」
アメリアは,勢いで言ってから咳払いをした.
「……いい?
私,舞踏会で見たの」
「はい.
床が滑りやすかったですね」
「違う!」
「あなたを見る,彼の顔よ」
アメリアは,少し声を落とす.
「あれはね.
信仰されてる顔じゃない」
「……?」
「信仰してる側が,あんな顔をさせるわけないでしょ」
リリーは,言葉を探す.
だが,うまく見つからない.
その日の夕方.
訓練場で,ガレオンは珍しく動きが鈍かった.
「……集中しろ」
部下の声が飛ぶ.
ガレオンは,深く息を吸い,剣を振るう.
だが,どこか噛み合わない.
そこへ,リリーが来た.
いつもの距離.
いつもの位置.
「ガレオン様」
「……今日は,補助はいらない」
「?」
「少し,考えたい」
リリーは,初めてその言葉を聞いた.
補助を拒まれるのは,初めてだった.
「……分かりました」
そう答えながらも,胸の奥が,少しだけざわつく.
理由が,分からない.
帰り道.
アメリアが,門の外で待っていた.
「どう?」
「ガレオン様が,考えたいそうです」
「でしょうね」
「私は,何か間違えましたか」
アメリアは,少し悩んでから言った.
「間違えてない.
でも,気づいてない」
「何に」
「あなたが,誰かの世界を,独占してることに」
リリーは,立ち止まった.
独占.
その言葉が,胸に引っかかる.
「……それは,してはいけないことですか」
「分からない」
アメリアは正直に言った.
「でも,無自覚なのは,一番危ない」
夜.
リリーは,術式ノートを開いたまま,手を止めていた.
(ガレオン様の心……)
初めて,補助できない領域があることを知る.
それが,少しだけ,怖かった.
そして同時に,
胸の奥に生まれた違和感を,
まだ「信仰」と呼んでいいのかどうか,
分からなくなっていた.




