信仰は誰のものか
セシル・フェルディナントは,王都の朝を嫌っていた.
人が多く,情報が多く,そして嘘が多い.
だが今日は,そのすべてが興味深かった.
「――補助魔法士の少女?」
王城の一室.
数名の貴族と魔導研究官が集まる中で,話題の中心にある名を,セシルは聞いた.
「アルスティア家の騎士に随行している令嬢だ」
「派手さはないが,戦場の安定性が異常だと」
「新人騎士が壊れなかったのは,彼女のおかげだそうだ」
セシルは,内心で頷いた.
あれは噂ではない.
実体験だ.
(戦場を,個人単位ではなく,全体構造で制御していた)
補助魔法という名を借りた,戦術設計.
気づかれないように空気を書き換え,
「失敗が起きない状態」を作り続ける異質な才能.
「……放っておくわけがない」
誰かが,そう呟いた.
それが誰であれ,王都の論理は一つだ.
使えるものは,囲い込む.
同じ頃,リリーは訓練場にいた.
いつもの場所.
いつもの距離.
半径三歩の内側に,迷いなく立つ.
「ガレオン様」
「何だ」
「今朝の魔力,少し重いです」
「……会議があった」
「なるほど.
では,負荷軽減を」
「するな」
「します」
即答だった.
ガレオンは,もう抵抗を諦めていた.
だが,その日は違った.
副団長が,珍しく硬い表情で近づいてくる.
「ガレオン.
リリー嬢に,正式な招集がかかった」
「……どこからだ」
「王城.
補助魔法研究部門だ」
ガレオンの手が,無意識に剣の柄を握る.
「断る」
「できない」
副団長は静かに言った.
「本人の意思確認,という名目だ」
「……」
リリーは,きょとんとしていた.
「意思確認とは,何でしょう」
「引き抜きだ」
ガレオンは,低く言った.
「お前を,俺の隣から離すつもりだ」
「?」
「……いや.
離すというより,利用する」
リリーは少し考えた後,穏やかに微笑んだ.
「大丈夫です」
「何がだ」
「私は,ガレオン様の補助です」
その言葉に,ガレオンの胸が痛んだ.
それは,守られる側の言葉ではない.
自分を縛るための言葉だ.
王城での面会は,形式的に進んだ.
研究官たちは,丁寧で,親切で,冷静だった.
「あなたの補助魔法は,前例がありません」
「国家規模での運用を検討しています」
「専属ではなく,複数部隊への展開を」
リリーは,首を傾げる.
「ガレオン様が,複数になりますか?」
「……いいえ」
「では,できません」
部屋が,一瞬静まった.
「理由を,お聞かせ願えますか」
「ガレオン様は,一人です」
それ以上でも,以下でもなかった.
研究官たちは,言葉を選ぶ.
だが,そこへセシルが口を挟んだ.
「彼女にとって,補助とは信仰だ」
全員の視線が集まる.
セシルは続けた.
「信仰は,分割できない」
リリーは,ぱっと彼を見た.
「セシル様.
難しい言葉を,簡単にしてくださってありがとうございます」
「どういたしまして」
ガレオンは,内心で舌打ちした.
理解されるのは,ありがたい.
だが,理解されすぎるのは,危険だ.
面会は,結論を出さずに終わった.
だが,それが終わりではないことを,
誰もが理解していた.
帰路.
馬車の中で,沈黙が落ちる.
「……なぜ,断った」
ガレオンが,ようやく口を開く.
「断っていません」
リリーは即答する.
「不可能だと,説明しました」
「同じだ」
「違います」
彼女は真剣だ.
「信仰対象は,代替できません」
ガレオンは,目を閉じた.
守るつもりでいた.
だが,守られていたのは,自分のほうだったのかもしれない.
「……リリー」
「はい」
「もし,俺がいなくなったら」
「そのときは」
彼女は,少しだけ考える.
「信仰を,失うと思います」
その言葉は,軽かった.
だが,ガレオンには,致命的だった.
(俺は,彼女の世界の中心だ)
それは,誇りであり,呪いだった.
その夜,セシルは一人,書簡を書いていた.
宛先は,自身の家.
内容は,慎重だった.
「――彼女は,国家が扱える器ではない」
「だが,放置すれば,必ず争奪戦になる」
ペンを置き,ため息をつく.
「……やれやれ.
最強騎士より,よほど厄介だ」
一方,リリーは自室で,いつものように術式ノートを開いていた.
(王城は,段差が多いですね)
(ガレオン様が歩きづらそうでした)
彼女の関心は,今日も変わらない.
世界ではなく,ただ一人に向いている.
その一途さが,
これから,どれほどの波紋を呼ぶのかを,
まだ誰も,正確には知らなかった.




