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囲い込む言葉

 王都の噂は,風より早い.

しかも,形を変えるのが得意だ.


 最強騎士団長の隣には,名もなき補助魔法士がいる.

戦場を整える少女がいる.

舞踏会の空気を支配した令嬢がいる.

そして最近は,さらに都合の良い物語が付け加えられた.


「――アルスティア団長の専属補助」

「――国家が管理すべき戦術資産」


 言葉が,縄になっていく.

丁寧で,理性的で,善意に満ちているように見える分,厄介だった.


 その朝,騎士団本部に王城からの正式書状が届いた.

封蝋は重く,文面は礼儀正しい.


「リリー・アルスティア令嬢に対し,

 王城補助魔導局の臨時監督下における評価試験を命ずる」


 名目は安全確認.

実態は所属と運用権の確認.

副団長は書状を机に置き,短く息を吐いた.


「……来たな」


 ガレオンは無言で頷いた.

来ると分かっていた.

むしろ,遅いくらいだった.


「断る」


「できない」

 副団長は淡々と言う.

「正式命令だ.拒否すれば,団長職にも影響する」


「……それでもだ」


 剣なら折れない.

だが政治は,折れない代わりに逃げ場がない.


「リリー本人には?」


「まだだ」

「君が話すべきだろう」


 その言葉が,一番重かった.


 夕方,訓練場の外にリリーが立っていた.

中から聞こえる剣の音に,足が前へ出かけ,止まる.

入れる.

呼ばれれば,すぐ届く距離だ.

それでも,待った.


 やがて扉が開き,ガレオンが姿を現す.

彼はすぐにリリーに気づいた.


「……来ていたのか」


「はい」


 以前のように,一歩踏み出してはこない.

ただ,立っている.


「話がある」


「はい」


 ガレオンは,一瞬だけ視線を逸らした.

団長として言うべき言葉は決まっている.

だが,口を開こうとすると,それとは別の感情が喉に詰まる.


「王城から書状が来た」

「お前に,評価試験を受けろと」


 リリーは,一瞬だけ目を瞬かせた.

驚きよりも,予感が当たったという表情だった.


「……はい」


「行くな」


 即座に出た言葉だった.

命令の形をしていることに,ガレオン自身が気づく.


 リリーは,静かに問い返した.


「それは,命令ですか」


 答えられなかった.

命令なら,簡単だ.

だがそれは,彼女を守る形をした支配になる.

王城と,同じになる.


「……違う」


「では,お願いですか」


「……それも違う」


 沈黙が落ちる.

リリーが言葉を探しているのが分かる.

術式ではない.

定義でもない.


「私は……」


 声が,途中で止まる.

ガレオンは,一歩踏み出しかけて,止まった.

今,越えてはいけない.

選ぶのは,彼女だ.


「……怖いのか」


不器用な,そのままの問いだった.


 リリーは,小さく頷いた.


「はい」

「ですが,逃げたいとは思いません」


 胸の奥が,強く締め付けられる.

最強で居続けなければならないと思ってきた.

だが今は,別の責任がある.

――選ばせる責任だ.


「王城は」

 ガレオンは低く言う.

「お前を,規格に入れる」

「所属を決め,管理する」


「……はい」


「お前は,それを望むか」


 リリーは,視線を逸らさなかった.


「望みません」


 迷いのない答えだった.


「なら,どうする」


 少しの沈黙の後,リリーは言った.


「私が」

「私として,選びます」


 その言葉は,剣より重かった.


 夜,団長室で副団長と向き合う.

机の上には書状.

拒否すれば圧力が来る.

受ければ,囲い込まれる.


「……第三案だ」


 ガレオンは言った.


「評価は公開」

「監督は王城と騎士団の共同」

「最終的な所属の意思は,本人が決める」


 副団長が目を細める.


「危険だぞ」


「承知している」

「だが,それが団長としての選択だ」


 翌日,王城の広間.

緊張した空気の中で,条件が提示される.


「……本人の意思を優先する,だと?」


 ざわめきの中,リリーが一歩前に出た.

誰にも押されず,自分で.


「私は」

 声は震えている.

それでも,止めなかった.


「補助魔法を,道具として使いたくありません」


 広間が静まる.


「私は,アルスティア団長のそばにいます」


 ガレオンの背中が,熱くなる.

だが,リリーは続けた.


「ただし」

「団長を,最強で居続けさせるためではありません」


 その一言が,囲い込む言葉を断ち切った.


 会合は条件付きで成立した.

完全な勝利ではない.

だが,選ぶ権利は守られた.


 帰路の廊下で,二人は並んで歩く.

誰もいない.

公ではない距離.


「……よく言った」


「怖かったです」


「俺もだ」


 少し歩いて,ガレオンは言った.


「……さっきの『ただし』」

「言葉は聞いた.だが,その意味を」

「いつか,もう少し聞かせてくれ」


 リリーは,少し困ったように笑う.


「はい」

「言葉が見つかったら」


 囲い込む言葉よりも,

不完全な意思のほうが,ずっと強かった.


 最強で居続けなければならない.

その覚悟は,もう義務ではない.

――彼女に選ばれたから,

自分もまた,選び続けたいと思えただけだ.

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