アイビーヒルの切り株亭・4
ボビーは記念硬貨を買えたことが嬉しくて仕方なかった。
記念硬貨は王都でしか販売せず、早くから並ばないと入手することは不可能だ。
ボビーは父親にこれを買ってもらうために、一ヵ月も前から家業の手伝いをして頼み込んだ。
国の南端にある家から片道三日の旅程で、販売日の前日から王都入りし、ようやく買えた貴重なものなのだ。
コインを手に入れた初日は、嬉しさのあまりずっと握り締めていた。拳の中に丸く固いコインの存在を感じるだけで、ワクワクした気持ちになったし、手を広げて金色の輝きが見えると嬉しくて自慢したくて仕方なくなった。
この宿に入ってからもほぼ手放すことはなく、風呂にも袋ごと持ち込んだ。服を脱ぐときに袋ごと落として、一度宝物を散らばしてしまったが、袋に戻したことはちゃんと記憶している。
握り締めて眠りたいところだったが、落とした拍子に袋が少し濡れてしまったので、眠っている間に干そうと、窓際に置いておいた。もちろん窓の鍵は閉めたままだ。
朝起きて、いつものように宝物袋を広げてみると、金色に光るコインが無くなっている。
少年は慌てて部屋の中を探したが、ベッドの下にも、戸棚の隙間にも、記念硬貨は見つからなかったという。
「僕、気が付いたら寝ちゃってたから、お姉ちゃんが枕を変えてくれたあとには記念硬貨があるか確認しなかったんだ。でも他の人は僕たちの部屋に入らないんだから、お姉ちゃんが盗んだとしか思えないんだよ」
「ちょっと待ってください。だからそう極端に決めつけなくても。……すみません、ちょっと失礼しますね」
くんくん、とロザリーは少年の服の匂いを嗅ぐ。先ほどから気になっていたのだが、彼からは甘い花の香りがするのだ。
「ポプリか何かを身に着けていますか?」
「ポプリ……? あ、ママが作ってくれたこれ?」
少年が宝物袋から取り出したのは小さなサシェだ。
「お守りだよって言われたんだ。僕が迷子にならないようにって。いつも宝物袋に入れてる」
香りの強いラベンダーだ。服にも染みついている。
一方、困り切った様子のチェルシーの匂いも嗅いでみるが、消毒薬の匂いはすれど、ラベンダーの香りはしない。
「……チェルシーさんが犯人ではないと思います」
「え?」
レイモンドとチェルシーは驚きの表情でロザリーを見つめる。
「どうしてそんなことがわかるんだ!」
脅しのように大きな声を出すゲイリーに、チェルシーは不快そうに眉を寄せ、肩をすくめた。
「……香り……です。もしチェルシーさんが宝物袋を触ったんだとしたら、ラベンダーの香りが付くはずなんです。でも彼女からはしませんもの」
「香り? そんなの、必ず付くとは限らないだろう。この女が他に香水でもつければかき消えてしまうだろうし、手洗いをすれば消えてしまうじゃないか」
反論するのは父親だ。彼もせっかく苦労して手に入れた記念硬貨を失ったことでいらだっている。
ロザリーは歯噛みする。
普通の人間の嗅覚ではおそらくわからない。つまり、いくらロザリーがちゃんと匂いで判別できたとしてもそれは証拠にはならないのだ。
もっと、たしかな証拠か、失せものそのものを見つけ出さなくては、チェルシーの容疑は晴れない。
「でしたら私、探します。袋を見せてもらってもいいですか?」
「あんたが?」
「ええ、私、探し物は得意なんです」
ロザリーは自身満面に胸をはったが、レイモンドは渋い顔をした。
見ず知らずの人間を宿屋のいざこざに巻き込むわけにはいかないからだ。
「しかし、従業員でもないのに、勝手に宿の中をうろつかせるわけには……」
レイモンドが口ごもっていると、ザックが横から口をはさんだ。
「いいじゃないか。探してもらえば。ロザリーのことが信用ならないというなら、俺が一緒に見て回るよ。イートン伯爵家の親戚筋の俺なら、信用に足るだろ」
「ザック様」
「イートン伯爵家の名にかけて、不正は見逃さないと誓う。……どうだ?」
「それなら……かまいませんけどね」
ザックにこう言われては頷くしかない。なにせイートン伯爵家はこの領土の領主だ。伯爵家の名をかけられて、反抗しようものなら伯爵家そのものへの反抗になってしまう。レイモンドは渋々といった様子だが同意した。
それに、レイモンドはロザリーに対しては不信感はない。働きたいという言葉自体は受け入れがたいが、本人は素直そうだし、悪いことをしそうには思えない。それに……
「なんか、……懐かしい感じがするんだよな」
ふわふわの金髪、丸くくりっとした瞳。たしかに初めて見るお嬢さんなのに、どこか既視感がある。
「瞳の色……かな」
レイモンドはそうつぶやき、「じゃあ、あとはお任せします」とケネスとザックにいい、自分は厨房仕事に戻っていった。




