失せもの探しのお嬢さん・5
結局、ふたりが宿に戻る前に、ケネスとエイブラムはそろって店から出てきた。
ケネスが壁際にたたずむふたりを見つけ、両手を腰に当てたまま呆れたような視線を送ってくる。吐き出されるのは、恨み節だ。
「君たちが遅いから、出てきてしまったよ。今日、ルイス男爵には伯爵邸に泊まっていただく。ロザリーも積もる話があるだろう。一緒に来るかい?」
「私は、片付けをしてからお伺いします。レイモンドさんにもちゃんと説明しないといけないし」
「そうかい? じゃあ後で馬車をまわそうか」
そう言ったケネスを遮るようにザックが前に立つ。
「いいよ。俺が後で連れていく。護衛の馬を一頭貸してくれ」
「そうすると君の護衛がひとり減るよ」
「構わない。そもそも護衛をつけすぎなんだ。覗かれているようで気分が悪い」
そう言いながら、ザックは暗闇に目をやる。ロザリーは気づかなかったが、きっとそのあたりにもザックの護衛が潜んでいるのだろう。
さすがに伯爵邸までの距離をひとりで行くのは無理があるので、ロザリーもおとなしくお願いする。
その様子を見ていたエイブラムは、どこか寂しげに笑った。
「ロザリンド。……縁談はやはりお断りしておこう」
「はい。お願いします、おじい様」
「それと、……たまにでいい。手紙をくれないか。私も年を取った。お前からの手紙が来るくらいの楽しみがなければ、生きていくのがつまらないからな」
「いいんですか?」
「仕方ない。お前を連れて帰るのは無理そうだからな」
ザックに冷やかすような視線を向けながら、エイブラムはロザリーを抱きしめた。
*
レイモンドには翌日きちんと説明する、と約束したうえで、ロザリーはその晩、イートン伯爵邸に泊った。
祖父と孫とはいえ、一緒に寝る風習はない。あくびが止まらなくなる時間まで、ロザリーとエイブラムは語り合い、それぞれの部屋に戻って眠りについた。
伯爵家のベッドはふかふかで、翌朝のロザリーはいつもよりも寝過ごしてしまう。
朝食を食べていたエイブラムに別れの挨拶を済ませ、宿の仕事に戻るために屋敷を出る。
「朝食くらいちゃんと食べないと倒れるぞ」
「でもでも、遅れちゃいますし」
「やれやれ。落ち着きのないお嬢さんだ」
頭上からの呆れたような声に恥ずかしくなるが、文句を言いつつ送ってくれるザックには感謝の念しかない。そして、こっそり彼を護衛しているであろう人たちにも、余計な仕事を増やしてごめんなさいと心の中で謝っておく。
切り株亭はいつもと変わらぬ朝を迎えていた。
一晩の休憩を終え、旅路に戻る人々がちらほらと宿から出ていく。食堂の朝食は基本泊り客のみに出されるので、この時間に中に入るのはロザリーくらいだ。
「すみませんっ、遅くなりましたっ」
「なんだ、ロザリー。ゆっくりしてきても良かったのに」
既に朝食の波が過ぎ去った厨房では、レイモンドがまかないを作っていた。
「おはよう、ロザリー。飯は食ったか?」
「いえ、寝坊しちゃって」
「なんだ。せっかく伯爵邸の豪勢な食事を食べれるチャンスだっていうのに。だったらお前も食うか。まかない」
「はい!」
正直、料理はレイモンドのが一番おいしいのだ。
直ぐ帰るつもりだったザックまで、「なら俺もご相伴に預かろうかな」などと言い出す。
「ザック様にまかないはさすがに……」
「俺が食いたいって言ってるんだからいいんだよ。なんだ? 働かざる者食うべからずというなら、俺も手伝えばいいか?」
レイモンドは顔をひきつらせたが、ザックはロザリーの隣に腰掛け平然と言ってのけた。
「やめてくださいよ。ケネス様に怒られます。ロザリーを送ってくれた分で帳消しでいいです」
言っている間にもレイモンドの手は止まることはない。
あっという間にできたまかないをいただき、ロザリーとザックは舌鼓を打った。
「……で、昨日のご老人はお前のじいさんだってのは聞いたけど、他にも言うことがあるんじゃないのか?」
レイモンドに促され、ロザリーは途中だった食事を飲み込む。
そして、チェルシーやランディにも向けて頭を下げた。
「すみませんっ。今まで素性を隠していて。……実は私……」
ロザリーは自分が男爵令嬢であることを告げた。
騙していたとなじられるかと思ったが、ロザリーが危惧していたほど、彼らには反応がなかった。何を今さらと呆れた様子だ。
「貴族のお嬢さんだろうとは思っていたぞ? ルイス男爵令嬢だったとは知らなかったが」
「えっ。いつからですか?」
「最初に来たときから。服の仕立てが庶民のそれとは違うからな」
レイモンドの言に驚いているロザリーに追い打ちをかけるようにチェルシーも言う。
「あのどんくささは庶民のものじゃないわよ。私もどこかいいところのお嬢さんなんだろうなって思っていたわ」
「チェルシーさんもですかぁ?」
嫌われるのではないかと心配していたのに、あっさり言われて拍子抜けだ。そこに、ひとりだけ、「えっ、俺は驚いたぞ!」と反応するのはランディだ。
ロザリーはアワアワするランディに親近感を覚える。
「なんだ。私、身分がバレたら解雇されちゃうかと思いました」
「なんでだよ。貴族だろうがなんだろうが、働く気があるんならずっといてくれないと困る。だってさ。……なあ、お客さん、この宿の名前、憶えているか?」
突然レイモンドが客席に向かって声をかけた。ロザリーもそちらを見ると、食後のお茶を楽しんでいる数名の客が、客席にはちらばっていて、みんな一様ににっこり笑いながら答えた。
「失せもの探しの切り株亭、だろ。有名だよ」
「ほらな」
レイモンドがぱちりと片目をつぶる。嬉しさでロザリーの胸がいっぱいになる。尻尾の代わりにふわふわの髪を思い切りよく揺らしながら、「いつもありがとうございます!」と、お辞儀をした。




