失せもの探しのお嬢さん・4
一方、宿屋と隣の建物の間。かつてリルの犬小屋が置いてあったところに連れてこられたロザリーは、ようやくおろしてもらえてふらふらとしたまま壁に背中を付けた。
涙はビックリして止まっていたが、目尻に溜まっていた雫が頬を伝う。
はあ、と息をついたザックは、彼女を囲うように壁に両腕をつき、優しい手つきで涙を拭きとった。
こんなのは困る、とロザリーは思う。距離の近さにも、少しいら立ちがこもった熱い視線にもドキドキしすぎておかしくなってしまいそうだ。
「あの、ザック様」
「縁談なんて初めて聞いたぞ? まだ十六だろ? なんでそんな話が出てきたんだ」
「縁談は……その、家出する前からあった話なんです。おじい様が決めてきたことで、お断りしてもらったはずなんですけど」
「こんなことなら感情が戻ったなんて教えなければよかった」
ザックは真顔だ。自分のために怒っているのかと思ったら胸が熱くなる。お尻のあたりもむず痒くて仕方ない。
「それから! なんだ犬って。俺がいつ、君をペット扱いした」
「いや、それは。……だって私、チビですし。ザック様ずっと子供扱いばっかりするから。てっきり」
だって前世はリルなのだ。何となく犬の気分で暮らしていたのだから仕方ないというものだろう。
「……好きだと言ったと思うんだが」
「言ってませんよ!」
「そういう意味で言ったんだ。あの“一緒に居てほしい”は!」
思い返してみても、絶対言っていない。ロザリーが軽くふくれていると、「君の方はどうなんだ」と問われる。
緑色の瞳にのぞき込まれ、胸のときめきは最高潮だ。
「……だって、身分違いじゃないですか」
「俺の母親は侍女あがりだぞ? それに比べれば、男爵令嬢なら上々だろう。大体、俺がそんなこと気にすると思っているのか?」
「ザック様が気にしなくったって周りは気にします!」
「そんなものは説得すればいいだろ。ダメなら放っておけばいい」
「横暴ですっ……!」
「あのな」
何を言っても言い返され、ザックは途方に暮れて頭をかく。
「この場合、大切なのは俺と君が好きあっているかどうかだけだと思うんだが。まあ、……君が俺を好きじゃないなら、たしかに俺は横暴だろうな。悪かった」
背中を向けられ、ロザリーは焦る。
途端に立っている地面が無くなったような心もとなさだ。いつもザックが見ていてくれただけで、自分がどれだけ安心していたかを思い知らされる。
「え、待って。そういう意味じゃ……」
ザックは振り返らない。それどころが歩き出してしまった。
置いて行かれると思ったら、不安と恐怖で足がすくんだ。
だけど、胸の奥からロザリーを応援する声がする。尻尾を振って、耳をぴくぴくとさせて、言葉が通じないから、全身で大好きを訴えるリル。
『ワン!』
大好きは、伝えようとしなければ伝わらないのだ。誤解されたら、分かってもらえるまで何度でも言わないと。
でないと自分が寂しくなるだけ。
繋がれていたリルは、最後はいつも置いて行かれる。
だから、大好きな人が一緒に居るときは、いつだって後悔しないように『大好き』と尻尾を振っていた。
「いや……! 待って。待ってください、行かないで」
立場とか考えていたことが全部頭からすっ飛んで、ロザリーは本能でザックに追いすがった。
「行かないでくださいってば。離れないで。私だって……大好きですぅ」
ぴたりとザックの足が止まる。涙にぬれた目で見上げれば、彼は耳のあたりを赤く染めながら、くっくっと笑っているではないか。自分が言ってしまった告白が頭の中でリフレインして、ロザリーも真っ赤になる。
「も、もうっ。ひどいですっ。必死だったのに。なんで笑うんですか」
「いや、ごめん。これ一応喜んでんだけど」
「嘘っ、絶対馬鹿にしてるし!」
「してないよ。嬉しいって」
体ごと振り向いたザックは、軽くしゃがんでロザリーを抱き上げた。
まるで子供が抱き上げられているような状態になり、やっぱり子供か子犬扱いじゃないかとふくれてみせるロザリー。その拍子に、ポケットに入れていた扇が落ちた。
「あ、扇が」
ザックの腕から飛び降りるようにして逃れて、ロザリーは扇を拾う。広げてみても汚れてはおらず、ホッと息をおろした。
「使ってくれてるんだな」
「もちろんです。素敵ですもん」
「知ってるか? これはこういう時にも使える」
扇がすっと奪われ、顔に影がかかったと思った瞬間に、強く白檀が香った。
扇は、広げられた状態のまま接近したふたりの顔の脇に添えられ、ロザリーの唇は、柔らかい彼のそれに塞がれた。驚いて目を見開いているうちに唇は離れ、照れたような彼の声が降ってくる。
「立場上、これからいろいろなことは起きると思うが。間違ってもペットとは思ってない。俺の好きはこういう意味だ」
「今の、……キスですか?」
「文句あるか」
「ないですけど。わ、私、初めてです。う、うわあ」
真っ赤になったロザリーにつられるように、ザックまでが顔を赤くしている。ロザリーがじっと見つめると、ザックは扇を顔の前にかざして自らの頬を隠した。
「全く、調子が狂う。……こんなの初めてだ。……さあ、そろそろ戻るぞロザリー。ルイス卿を説得しないと」
「待ってください。その。……顔が戻るまで。……私、かなり時間かかりそうなんですけど」
あまりに初々しい反応に、ザックは内心もう一度キスをしてみたくてたまらなかったが、それではいつまでたっても食堂に戻れない。
彼女と並んで立ちながら「準備ができたら言え!」と告げ、ルイス卿を説得するためのいい文言をひたすらに考え続けた。




