失せもの探しのお嬢さん・3
どうやらレイモンドは気を使ってくれたらしい。
ロザリーはディナープレートを左手に二つ、右手に一つ持ち、祖父のいるテーブルまで行く。
「お待たせしました」
祖父の視線が動く。
ロザリーは緊張しつつ、奥から注文の品を出していった。
全部出し終えてから、ぺこりと礼をすると、祖父の香りがふっと鼻をかすめ、なつかしさに胸がキュッと軋む。
「ずいぶん、しっかり動けるようになったんだな」
「はい。いろいろなこと、覚えました。おじい様、働くって大変なことなんですね。だけど楽しいです。私が動いたことで助かる人がいるんですもの」
「そうか。お前の口からそんな言葉を聞けるとは思わなかった」
「教えてくれたのは、この宿の人たちです」
ロザリーが厨房のレイモンドを振り返る。彼は両手がふさがっていて、ぺこりと軽く会釈だけを返した。
目配せでレイモンドとやり取りしたザックはロザリーに椅子を勧める。
「ロザリー、こっちへ」
ロザリーはテーブルの空いた席に腰掛けた。
「……こちらのイートン伯爵家のケネス殿とザック殿から、大体の話は聞いた。お前がダドリーたちのことを思い出したことも」
「はい」
「ここに来た目的は果たしたんだろう? ……帰ってこないか、ロザリンド」
祖父の声は優しかった。もともと、外聞もあっただろうがロザリーを心配して旅に出るのを反対していたくらいだ。
「……でも、私」
「今後のことも、何も心配することはない。実は、……病気を理由に断った縁談だがな? お相手の将校殿が絵姿を見てお前を気に入ってくれたらしい。あの後、何度も会いたいと言ってこられ、病がひどいのならば自ら名医の手配をするとまでおっしゃってくれている」
「え? あの軍人将校様ですか? 絵姿で?」
十歳年上の軍人将校の絵姿はロザリーも見たが、正直年上すぎてピンとこなかった。
ロザリーの絵姿だって、多少本人より良く描かれてはいるが、しょせんは十六歳だ。きっと相手も幼く感じるだろうと思っていたのに。
「それは、……まるでロリコンさんですね」
思わずはっきり言ってしまうロザリーに、ピクリと耳を動かすのはザックだ。
「会ってみれば人柄もわかるだろう。本当に嫌なら、それから断ればいい。あそこまで熱心に言ってくれているのだから、一度だけでも会ってみないか。同じ手放すにしても、お前の将来を考えれば結婚で手放したほうが私も安心だし」
「でも……」
乗り気なエイブラムに、ロザリーが押され気味になっていると、ザックが会話を割って入ってきた。
「そういうことなら、俺も黙っていられないな」
「ザック殿?」
「あなたがロザリーを連れて帰りたいというならば、反対する権利は俺にはないでしょう。だが、戻って結婚させると言われれば、黙っていられません。俺はロザリーを、誰にも渡したくないんだ」
ザックの宣言に、あたりが歓声をあげる。
ケネスは笑みを浮かべたまま悠々としているようだが、よく見ると口もとが引くついている。内心では、どう収拾つける気なんだいと気が気ではない。
ロザリーもエイブラムも彼の言葉が空耳だったのかとでも言うように目を見開いて彼の口元を見つめた。
「ザック様?」
「……なんでそんなに驚くんだ。前にも言っただろう? 俺は君といたいと」
ザックは不満げだ。ロザリーに気持ちが通じていないのが腹立たしいのだ。ザックにしてみれば、あの晩の告白はそれなりに勇気がいるものだった。のんきな態度のロザリーがかわいさ余って憎らしい。
「でも、それって犬に対するものみたいなんじゃないんですか? ペットみたいに傍に置いておきたいだけで」
「なんでいきなり犬が出てくるんだ。俺がいつ君をそんな風に扱った?」
「でも。だって」
頭が混乱する。だってロザリーは彼の隣を望めるような立場じゃない。ザックが本当に伯爵家の遠縁くらいなら何とかなるだろう。腐ってもロザリーとて男爵令嬢だ。だが、王子の相手になど、なれるはずがない。
「身分違いじゃないですか……!」
その瞬間、ぼろりと涙がこぼれだした。自分でも焦って慌てて顔を隠すと、ひょいと腰回りを掴まれて抱え上げられた。
「ルイス卿、しばらくロザリーをお借りします!」
誰が止める間もなく、ロザリーはザックによって店の外まで連れていかれる。
エイブラムには声をあげる暇さえなかった。店の客たちは、彼がロザリーをさらっていったという場面のみをみて、「ひゅーひゅー」と冷やかしの声をあげている。
「えー、あー。うちの身内が申し訳ありません。ルイス男爵」
内心でザックをぼろくそにののしりつつ、ケネスはその場を取り繕ろおうと穏やかに男爵を仰ぐ。
男爵は呆けたような表情で、ふたりが消えた扉を見つめていた。
「……あの子。泣いていましたな」
「そうですね」
「本当に、感情が戻ったんだな。……良かった」
ルイス男爵は善良である。そう判断したケネスは、おもむろに話を進めた。
「もしよければ、ロザリンド嬢をイートン伯爵家にお預けくださいませんか? 結婚前のご令嬢ということを考慮し、彼女に悪いうわさが立たないよう、私がしっかり監視します。……ザックにとっても、彼女がいることでいい変化が訪れている気がするのです」
「伯爵家に?」
「相手が誰になるかは置いておいても、彼女が最良の結婚相手を見つけるまで責任もって保護いたします。もちろん、あの男の行動もちゃんと私が監視しますので」
ルイス男爵はしばらく考え込んだ。
ザックから、息子夫婦の遺品と手紙を返してもらって、ロザリーの感情が戻ったことを知り、彼はロザリーを迎えに行くことを決めた。縁談のこともあったし、可能なら自分が元気なうちにロザリーの将来を任せられる男を探したかった。
男爵家にはほかに跡継ぎがいない。エイブラムが死ねば爵位は返上だ。その前に後見人として、エイブラムには彼女の嫁ぎ先を見つける義務がある。
だが、ロザリーがそれを望まないのならば。ここにいて、働くことに幸せを見出しているのなら。それも悪くないかと思えた。
「……よいのですか? なんの縁故もありませぬのに」
「おもしろいお嬢さんですよ。彼女がいると、なぜか楽しくなります。この宿の人間がみな、そう思っているでしょう。それに縁故は、あいつが意地でもつくりそうですしね」
ケネスはザックが消えていった扉を苦笑しながら見つめる。伯爵家に連れてきたときの憔悴しきった様子とは打って変わった最近の楽しそうな様子に、何としてでも協力してやらなければならないと感じている。
「……よろしくお願いいたします」
うやうやしく頭を下げたルイス男爵に頭をあげさせるのに、それからケネスはしばらく苦労した。




