失せもの探しのお嬢さん・2
それから一週間後、外の掃除をしていたロザリーのもとにザックがやって来た。
「こんにちは、ザック様」
「ロザリー、今晩暇か?」
「大丈夫ですよ。どうかしました?」
「会わせたい人がいるんだ。また夜に迎えに来る」
「はあ」
そのままそそくさと帰ってしまう。今日は食べていかないのかと不思議に思いながら見送っていると、「見てたわよー」といつの間にか背後にチェルシーが忍び寄っていて、ロザリーは飛び上がるほど驚いた。
「チェルシーさん!」
「なんかいい雰囲気だったじゃない? 前からちょっと怪しいなぁって思ってたのよね。もしかして……ザック様といい感じ?」
「いい感じ……とは?」
ロザリーの頭にははてなマークがいっぱいだ。
「やあね、ふたりは好き合ってるの? ってことよ」
「え? いえいえいえ、まさか。そんな滅相もない。……ザック様は伯爵家の方ですよっ。そんな身分違いな……」
「そりゃ結婚ともなれば身分違いとかあるけど、ロザリーまだ十六歳でしょ? いいじゃない。恋愛するだけなら」
「はあ、そういうものなんですか?」
「そうよ。私みたいに一人に固執して青春時代を無駄にしたらもったいないわ。この年になって上手な恋愛の仕方もわからないなんて、目も当てられないわよ」
自戒の念をこめて言われれば反論もできない。たしかにチェルシーのまっすぐな七年愛は格好いいと思えるものだが、それが報われるのは実ったときの話だ。チェルシーがそう思う気持ちもわかる。
ザックが好きだと自覚したことで、ロザリーは過度な期待をしないようにと思いこんでいた。
ザックとは年齢も立場も離れているし、恋愛的な意味で好かれることなどあるはずがない。
以前伯爵邸でザックからもらった言葉も、リルの記憶にあるような、かわいいものに向けられる単純な愛情なんだと思うことにしていた。
「そんな風には思われていないでしょうけど、私はザック様と一緒にいるの楽しいです」
「そうよね。青春を謳歌しなきゃダメよ。私も新しい恋を見つけるわ。できればオードリーさんが来る前に」
意気込むチェルシーの様子はから元気にも思えるが、泣かれているよりはずっと安心だ。ロザリーはホッとした面持ちで彼女を見つめる。
*
その夜、事件はザックとの待ち合わせ時間の前に起こった。
夕食時の切り株亭は食堂が忙しい。チェルシーが注文を聞き、レイモンドが料理を作り、ランディがそのサポートをする。ロザリーも次々と出る汚れたお皿を洗っていた。そのタイミングだ。
ふいに、懐かしい匂いが鼻をかすめた。
(加齢臭……でも近所のおじさんのとは違いますね。これは……なんか懐かしいような)
思いいたって、顔をあげると、切り株亭の戸口に険しい表情で祖父であるエイブラム・ルイスが立っていた。
「いらっしゃいませ。おひとりですか?」
何も知らず、話しかけに行くのはチェルシーだ。ロザリーは思わず隠れてしまう。
(どうして! たしかに、いつか行こうとザック様とは言っていたけど、まさかおじい様のほうが来るなんてビックリですけど!)
エイブラムはきょろきょろと辺りを見回している。チェルシーが「誰かお探しですか?」と気を利かせる。
(いやいや、待って、チェルシーさん。私、心の準備がまだですー!)
急にしゃがみこんだロザリーを、厨房内にいるレイモンドやランディが不審そうに見ている。
慌てふためいていると、よく知る声が聞こえてきた。
「ここにいたんですか! ルイス卿」
「ザック殿」
「連れてくるからお待ちくださいと言ったでしょう」
一瞬、食堂内がざわめく。
更に後から追いかけてきたケネスが、ゆったりした口調でつぶやく。
「まあ、来てしまったからには仕方ないだろう。夕食はここでいただくことにしよう。チェルシー、テーブル席は空いているか?」
「え? あ、もうすぐ空きます。少々お待ちください」
家族連れの泊り客が食べ終わったので、チェルシーはそっちにテーブルを整えるために向かった。
ザックの言動を鑑みるに、ザックが昼間言っていた会わせたい人とは祖父のことなのだろう。
ロザリーは心を決めた。食事までしていく以上、その間ずっと隠れているなんて不可能だ。ロザリーは足手まといになるためにここで働いているわけではない。見つかったら見つかったで仕方ないではないか。
立ち上がり、再び洗いものを始める。
「ロザリ……」
「しっ、彼女は仕事中です。邪魔をしてはいけませんよ」
祖父はロザリーに気づき、声をかけようとしたが、ザックが止めてくれた。
心の中で感謝をし、平然を装って洗い物を続ける。
しかし、目ざといレイモンドはロザリーの変化を見逃さなかった。
「ロザリー、もしかしてあのご老人は知り合いか?」
窓際の奥の席に案内された祖父は、庶民の店である切り株亭の内装をうさん臭そうに眺めている。
ロザリーは迷った。男爵令嬢であることは、ザックとケネスしか知らない。貴族の子女だということが本当にバレたら、レイモンドに解雇されてしまうのではないかと不安だ。
「あの、……えっと実は」
だけど、レイモンドに嘘をつくのかと思うと気が重かった。
身寄りがないと言ったロザリーを雇ってくれ、前世がリルだと言ったことさえも信じてくれた彼を、この状況になってまで騙していたくはなかったのだ。
「ごめんなさい。実は、おじい様なんです」
「ロザリーの? 身寄りがないと言っていなかったか?」
「父母は事故で死にました。彼は、父方の祖父なんです」
「そうか。……ずいぶんと身なりのいい……」
レイモンドは手を止めることのないまま視線を奥のテーブルに移し、何やら考えている様子だった。
それからしばらくして、洗い物をしているロザリーを呼ぶ。
「ロザリー、運んでくれ。ケネス様たちのテーブルだ」
「私が……ですか?」
「ついでに休憩していい。事情は分からんが、お前に会いに来てくれたんだろう。ゆっくり話してこい」




