失せもの探しのお嬢さん・1
再び馬でザックに切り株亭まで送ってもらうと、宿屋にはまだオードリーがいた。
扉が開いたとたんに、レイモンドが驚いたように立ち上がり、「なんだロザリーか」と息をついた。
宿の客はみんな部屋に入ってしまったのか、一階にいるのはふたりだけのようだ。
「邪魔だったか? 悪かったな」
「ザック様、何言ってんですか。おかえり、ロザリー。ザック様、ありがとうございました」
冷やかしの視線を投げるザックに、レイモンドはまるで保護者のように戸口まで迎えに出て、ロザリーを引き取った。
「ザック様に変なことされてないよな?」
「へ、変なこととは?」
「おい! 失礼だな、人を間男のように言うな」
突っ込みを入れるザックは、不機嫌顔だ。
「一応確認ですよ。ロザリーだって一応年頃の女の子ですからね。預かっている以上俺にだって責任があります。まあでも、この反応なら大丈夫そうですけどね」
「全く……」
うんうんと納得するレイモンドに、奥からくすくす笑いが聞こえてくる。
「すっかり保護者なのね、レイモンド」
「オードリー」
立ち上がって歩いてきたのはオードリーだ。ふたりの間にどんな会話があったのかはわからないが、オードリーは憑き物の取れたような、穏やかな顔をしている。
最初に宿屋の前で見たときの、思いつめた様子を思い出せば、彼女がこれまで気を張って生きてきたのだろうという予想はついた。
「また明日来るわ。……ロザリーさんもまた明日ね」
「え、帰っちゃうんですか?」
「待てよ、オードリー。送っていく」
「平気よ。そんなに遠くないわ」
オードリーはザックにぺこりと会釈すると宿を出ていった。ロザリーはふたりの邪魔をしてしまったような気がして、気が気ではない。
「すみません。なんか。……大事なお話し中だったんじゃありませんか?」
「いや。……いいよ。問題ない。それよりロザリーももう休めよ。ザック様もお気をつけて」
さすがに深夜に近いとあって、レイモンドもザックを招く気はないらしい。
ザック自身もそのつもりのようで、「オードリー殿は俺が送って行くよ。お休み、ロザリー」といい、ロザリーの頭を撫でて出ていった。
リルの気分で、お尻のあたりがムズムズする。
(子供か犬みたいに思われてそうですけど……。嬉しいから何でもいいです)
ロザリーはその夜、父や母のことを思いだして少し泣いた。だけど、ザックの手の感触が悲しみに沈むたびにロザリーを引き上げてくれる。
記憶と感情が押し寄せた長い夜だったが、ロザリーから、生きる希望が失われることはなかったのである。
*
翌日、オードリーとクリスは旅姿で切り株亭を訪れた。
クリスは別れの寂しさに目に涙をため、レイモンドとロザリーに交互に抱き着きに来る。
「ロザリーちゃん、お手紙かくね」
「クリスさんは文字が書けるんですか?」
「うん! ママに習っているの」
幼い言動からは想像がつかないが、秀才の子は秀才らしい。
「今度は割とすぐに会えるよ、クリス」
「どうしてぇ?」
「まだ内緒だ」
レイモンドはクリスをギュッと抱きしめ、お昼をごちそうしてふたりを送り出した。
昼過ぎにやって来たケネスとザックは、オードリーが帰りの馬車に乗るのを見送った。そしておもむろにケネスがレイモンドに問いかける。
「……結局、君たちの間はどうなったんだい」
誰もが気になっていつつも、レイモンドが言い出さないので聞けなかったことだ。
はっきり聞いてくれたケネスに、ロザリーだけでなく、ランディやチェルシーも心の中でエールを送る。
「どうもこうも。まずはオルコット家のご両親を説得するところから始めなきゃいけませんしね。長期戦ですよ」
「そうかい。僕はてっきり、すぐにでもあのふたりが越してくるのかと思っていたよ。ロザリー嬢を伯爵家で預かろうかと思っていたのだけどね」
ケネスがさらりとそういうと、レイモンドだけでなくランディやチェルシーまでもが「ダメですよ!」と寄ってきた。
「ロザリーは今やうちの宿の看板ですよ? 連れていかれたら困ります。他の誰が失せもの探しができるって言うんですか」
とレイモンド。
「そうですよ。厨房だって、ロザリーがいてくれれば人数が少なくても焦がして失敗することもないし」
「今更、ロザリーは渡しませんよ? ケネス様、私にこの宿の掃除ひとりで全部しろって言うんですか」
噛みつくような調子のランディとチェルシーも、普段はケネスとの話になど入ってこないというのに。ケネスは苦笑してつぶやいた。
「……君たち、以前と言っていることが違ってないかい?」
聞いていたロザリーは嬉しさで胸がうずく。尻尾があったらぶんぶん振っているところだ。
リルの記憶だけを頼りに来たこの街で、半ば無理やり雇ってもらって、役に立てるか不安しかなかったけれど。切り株亭の仲間たちもロザリーをちゃんと認めてくれていた。それが分かって、ロザリーはホッとする
タイミングよく、宿に泊まっていた客も「懐中時計が見当たらないんだけど探してもらえないか。どこかに置き忘れたかな」とやって来た。
顔を見合わせて頷き、ロザリーとチェルシーが対応するため二階へと上がる。
一階にいるレイモンドやザックのもとにも、「これだよ! ありがとう!」と歓喜する客の声がすぐに響いてきた。
頬杖をついていたザックは、大きくため息をつき、「これは、数日の休みを取らせるのも当分は無理そうだ」とひとりごちた。




