こじれた恋愛模様・5
ケネスはいつの間にか席を外していて、部屋の中にはふたりきりになっていた。
ロザリーが焦って辺りを見回すと、ザックもその事実に気づいたらしく、苦笑しながら人ひとり分くらいの距離を離して座り直した。
「ロザリー、提案があるんだが」
声を潜められて、ロザリーも前のめりになる。ザックの整った顔を見て、さっきまで抱きしめられていたことを思い出し無性に恥ずかしくなった。
ザックの態度が変わらないから、かしこまるタイミングを逃してしまったけれど、王子と知ってしまったからには、もっと敬意を払わなくてはいけないのに。
途端にロザリーは青ざめる。「どうした?」と不審げにのぞき込んでくるので、ロザリーは慌てて離れた。
「なんでもないです。それより、提案とは……」
「うん。……ルイス男爵に会いに行かないか?」
それは、ロザリーは予想していなかったことだ。
先ほどまでの安心感がふっと消えていく。受け容れてくれていたこの街から追い出されるような気持ちだ。
「そ、それは、記憶が戻ったからですか? 私……ここにいちゃだめですか?」
感情が戻ったとたんに、涙腺が緩くなる。せっかく見つけた居場所から追い出される不安に、ロザリーは怯えた。
「え? 違うって。ちょ、誤解」
「嫌です。私ここにいたいです」
「落ち着けって」
「ここでもっと一緒にいたいです。レイモンドさんや、チェルシーさんやランディさんと……」
それになにより、ザックといたい。
その言葉が声になる前に、ザックが落ち着かせるようにロザリーを抱きしめる。
「ちゃんと聞けって。俺はロザリーをこのままアイビーヒルにいさせてほしいと言いに行きたいんだ!」
白檀の香りに包まれたまま、ロザリーは目をぱちくりとさせた。ザックの言葉が信じられない。
「どうして……」
体を離し、ザックを見つめると、彼は緑色の瞳でそれを受け止め、茶化すように笑った。
「さあ。俺が君といたいからかな?」
ロザリーの顔が真っ赤になる。彼女の百面相にくっくっと笑いをかみ殺す彼に、ロザリーはほほを膨らませた。
「もうっ、またからかってますねっ?」
「違うよ。本心だって」
「いつもいつも子ども扱いしてっ、私だって……」
でも、ロザリーがまだ社交界デビューもしていない小娘なのは本当だ。そう思ったら急に喉の奥が詰まったようになった。
「……どうした? ロザリー」
「いえ。……よく考えたら、私が怒ったりなじったりしてはいけない相手だったと思って」
尻尾を振って縋り付きたいくらい、ザックがそばにいると幸せな気持ちになれる。
ロザリーは恋をしたのだ。彼を好きになってしまった。だけど、彼が第二王子だというなら、この恋は実らない。身分違いもいいところだ。
「それは傷つくな」
「でも」
「俺が、身分違いを理由に手離すような相手のために、わざわざルイス邸まで出向きたいと言っていると思っているのか?」
「……でも」
「今言うのは弱っているところに付け込んでいるようで気が引けるけど、誤解されたくもない。ロザリー、いや、ロザリンド・ルイス殿」
「はいっ」
ザックはかしこまり、ロザリーに対して膝をつく。最上の礼を尽くされて、ロザリーは驚きすぎて青くなった。
「ザック様、立ってください。そんな」
「俺は君に傍にいてほしい。ケネス以外の人間は信じられないと思ってきたが、君のことなら信じられる。どうか、俺と一緒にいて、君の力を貸してくれないか?」
真剣なまなざしで見つめられて、ロザリーの胸はドキドキする。
父母の記憶も取り戻し、ロザリーはこの街に来た本来の目的はもう果たした。
だけどもし、ザックの傍に居場所があるなら、彼の役に立てるのなら、いくらでも力を尽くそうと思える。
まあ、特技と言っても、鼻が利くことくらいしかないけれど。
「はい! 喜んで」
涙で潤んだ瞳でほほ笑んだら、ザックは再びロザリーを抱きしめた。再び頭を埋め尽くす白檀の香りに、ロザリーは幸せな気持ちになる。
「……それで、私は何をすればいいですか?」
「何って?」
「私の力が必要なんですよね? 残り香でザック様を狙う人を当てることができるでしょうか。自信はありませんけど、頑張りますからっ」
「おい、ロザリー、俺は……」
そんなことをさせるつもりで力を借りたいと言ったわけではない。
そう説明しようと思ったところで、扉の向こうから大笑いするケネスの声が聞こえてきた。
「ケネス! お前、聞き耳を立てていたな?」
ザックの怒鳴り声に、ケネスは笑いながら扉を開けて中に入ってくる。
「いや、未婚の女性と若い男をふたりきりにさせて何かあったら申し訳ないからね。一応、監視させてもらっていただけだが……。いやはや、第二王子も形無しだね。今日は面白いものを見せてもらった」
「え? あの」
「ああ、ロザリー嬢は気にすることはないよ。それより、今後君はここに住めばいいと思う。切り株亭にはおそらくオードリーが越してくるし、部屋が足りなくなるだろう。なあに、切り株亭までは毎朝送ってあげるよ」
「でも、そんなの申し訳ないです」
「いや? ザックが君を守りたいというならば、彼を預かるイートン伯爵家にも君を守る義務もある。当然のことだよ」
ケネスはぱちりと片目を閉じて笑った。
ロザリーは困ってザックを見上げる。
なぜか真っ赤になっている彼は、きょとんとしているロザリーに大きなため息をついた。
「まだ社交界にも出ていないんだったな。……分かった。長期戦でいこう。俺からも頼むよ、ロザリー。ここにいてくれ。俺の傍に」
「……はい!」
なぜため息をつかれたのかはわからなかったけれど、ザックが笑ってくれたから、ロザリーもホッとして嬉しくなった。
『傍にいてほしい』そう言ってもらえる自分になれたことが嬉しい。
最初にこの街に来たときとは、また違ったワクワクがロザリーの中で膨らんでいた。




