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こじれた恋愛模様・4


 ここに来る前のチェルシーとの会話が脳内を駆け巡った。


『……望みがないってわかっていたのに、私はこの恋を忘れられなかった』


 ずっと、ザックへの気持ちを量りかねていた。

 一緒にいると嬉しくて安心するのに、ドキドキして落ち着かなくもなる。

 この気持ちにつけるべき名前、今なら思いつく。それは【恋】だと。


(かなうはずもない身分の人だと分かってから、どうして気づいちゃったんでしょう)


 チェルシーと同じ、はじまりとともに終わりが見えている恋だ。

 切なさで胸が痛くなる。

 しかし、ザックはそんなロザリーの心中になど気づきもせずに話を続ける。


「まあ、俺がいる以上、開放的なように見えても街の中の警備は万全なんだ。護衛がいろんな場所に張り付いているからな。君が見た、黒服の男たちもそうだ。いつ俺を狙う輩が現れてもおかしくないから、見知らぬ旅人には特に留意していた。そうしたらある日、見慣れない男を見つけてな」


 ザックはそういうと腕を組みなおした。

 真面目な表情で見つめられ、ロザリーも息をのむ。


「どうも君のことを調べているようだった。気になってとっつかまえて話を聞いたら、ルイス男爵……君の祖父に頼まれたというんだ。どうやら、一人旅を許可したものの心配になって人を頼んで尾行させていたようだ」


「おじい様が?」


「ああ。それでしばらくその男を通じてやり取りをしていた。イートン伯爵家の遠縁という立場で話させてもらったんだが、男爵は君を旅に出したのがよかったのかどうか、ずっと思い悩んでいたようだ。年若い孫が縁者もいないような土地で苦労をしてはと心配だったのだろう。旅に出た理由も大方聞いた。君が前に酔っ払って言っていたことは本当だったようだな。事故に遭い、両親を亡くしたのにそれを実感できず泣くこともできない……。感情を取り戻すためにいろいろな体験をしたいから旅に出たい……であってるか?」


「はい」


「だが俺は、この街で君と一緒にいて、君から感情が欠落しているとは思えなかった。そこであるものを持ってきてもらったんだ」


「あるもの?」


「これだ」


 ザックが差し出したもの。それは、薄汚れた男物の上着と女性用のネックレスだった。ロザリーには見覚えがあるものだ。


「事故に遭ってから、異様に鼻が利くようになったと言っていただろう。おそらく、情報量が多すぎて君の体は処理しきれなくなったんだ。感情が鈍くなったり、記憶があいまいになったのは、体が自己防衛した結果だろう。そして記憶を戻すきっかけはおそらく香りだ。事故に遭ってから、実家には戻っていないと聞いた。両親のことを悲しめない原因はそこじゃないかと思うんだ」


「ザック様、それは」


「事故に遭った日に身に着けていた、君のお父上の上着とお母上のネックレスだ。ルイス男爵にできるだけ香りが濃く残っているものを、と頼んだんだ」


 差し出されたそれを、ロザリーは恐る恐る手にする。

 瞬間に、父の上着からふわりと香りがした。

 馬車が大きく揺れた瞬間、ロザリーを守るように包んでくれた香りだ。


「……お父様」


 カチャリと音を立てるネックレスからは、母が好んで使っていた香水の香りがする。品がよく、貴族であることに誇りを持っていた母だった。幼いロザリーはいつか自分もこんな素敵な香水をつけて社交界に出るのだと母を見ながら胸をときめかせたものだ。


「お母様」


 香りが、どんどん記憶を引き出していく。

 優しい声、温かい手、感触も温度も取り戻せそうなほど鮮明な記憶。それはロザリーに、忘れていた悲しみも連れてきた。

 目のふちいっぱいまで広がった涙が熱い。父親の上着の上に滴が落ち、生地の色を変えていく。

 自然に手が震えて、ロザリーは思わず口に出していた。


「……や、いや。……いやです。お母様、お父様」


 忘れていたのが嘘だったかのように、一気に押し寄せてきた優しい記憶とそれを愛していたという感覚。同時に悲しみもあふれ出し、胸を圧迫して息をするのも苦しくなる。


「本当にもういないなんて、嫌です。……私を……置いて行かないでください……」


 ボロボロと涙がこぼれて、ロザリーの胸はつぶれそうになる。

 けれど次の瞬間、ロザリーを白檀の香りが包んだ。いつの間にか隣にきたザックが、彼女を抱きしめ背中をさすってくれているのだ。

 ロザリーは彼の固い胸にほほを押し付けた。軽く吸い込むだけで全身を包む甘い香り。それは、今のロザリーの心を埋め尽くすのは、悲しみだけではないと思い出させてくれた。


 この街に来て、たくさんの出会いがあって。

 ロザリーは信じられる人を見つけたのだ。

 頼もしい宿主のレイモンド。格好いい先輩従業員のチェルシー。いかつい顔をしているくせに優しくて、ロザリーをマスコットのようにかわいがってくれるランディ。それにいつもにこやかなケネスと、 どんな時も傍で守ってくれたザック。


 両親を失っても、ロザリーはひとりじゃない。

 自分の力で人と関わり合い、ちゃんと生きてこれた。今側にいる人たちは、ロザリーの肩書も立場も知らない。ただ、ありのままのロザリーを認めて受け入れてくれた人たちだ。


 そう思ったら、心がしゃんとなった。

 ロザリーの様子が変わったことに、ザックも気づいたようだ。腕の力を緩め、彼女の顔を覗き込む。


「ロザリー?」


「大丈夫……です。思い出しました」


 自分の力でも生きていける。上手な生き方かどうかは置いておいて、働いてお金を稼いでこれまで生活できた。

 それを笑顔で支えてくれている人もいる。


「私、もう、ひとりじゃないです。ここに、居場所がありますもん」


 そのつぶやきに、ザックは心底嬉しそうに笑う。

 涙にぬれた瞳に映る彼の優し気な瞳に、ロザリーは見とれた。




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