こじれた恋愛模様・1
結局、ニールの行動はすべて仕立て屋に報告され、彼の妻が連れ戻しにやって来た。
夫が憲兵につかまれば、商売は上がったりだ。妻の必死の懇願にも揺るがないザックに、ケネスが割って入り、話をまとめる。
結果、憲兵に突き出さない代わりに、クリスの怪我に対する見舞金の支払いと、伯爵邸の草むしりという実地労働を三ヶ月行うことで話はまとまった。
「本当に申し訳ございません。うちの亭主が」
「うん。まあ。男というものは多少余裕がないと窮屈さを感じてしまうものだよ。首根っこ掴むのもいいけれど、少し緩めてやることが肝要かもしれないね」
年の割におっさん臭いことをいうケネスに苦笑するおかみは、次にクリスに向き直った。
「お恥ずかしいですわ。こちらのお嬢さんにも本当にごめんなさい」
ぺこりと大人に頭を下げられ、クリスは戸惑った様子でオードリーにしがみついた。
「……いいえ。そもそも私がクリスをひとりにしたのもいけなかったんです」
オードリーは苦笑しつつ頭を下げた。
嵐のような仕立て屋夫妻が去り、ロザリーも仕事に戻ろうとしたが、チェルシーが戻ってきていないことを思い出した。探しに行く許可をもらおうかとレイモンドを見上げると、彼はオードリーのほうをチラチラと見ながらも、言葉にするのをためらうように何度も口を開けては閉じていた。
クリスは無邪気に二人の間を行ったり来たりしているが、オードリーは彼と目を合わせるのをためらっているようだ。
「あー、で、どうするんだい。君たちは」
やれやれといった様子で促すケネスに、レイモンドは顔を赤くして頭をかく。
「どうって……」
オードリーも頬を染めて一瞬何か言いかけたが、クリスがスカートを引っ張っているのに気付き、苦笑する。
「いったん帰ります。レイモンド……夜の食堂が終わったころにまた来るわ」
「あ、ああ」
「クリス、帰りましょう」
「……でも」
クリスがちらりとロザリーを見る。
「まだロザリーちゃんにちゃんとお別れしてない。明日には帰るんでしょう?」
クリスは母親のスカートから手を離さないまま、ロザリーにも手を伸ばす。全身で愛情を訴えてくるクリスが可愛らしかった。
「予定を変えたの。首都に戻るのは一日ずらすわ。明日、もう一度ちゃんとお別れしましょうね」
オードリーはクリスにそう言い聞かせ、改めてロザリーに向き直り、「いろいろありがとう。クリスがたくさんお世話になって」と頭を下げた。
「そんな。……クリスさんとはお友達です。私もクリスさんと一緒にいられて楽しかったです。……また明日、お話しましょうね」
「うん!」
たくさん泣いて、たくさん走って、クリスは相当疲れたのだろう。オードリーに抱き上げられると途端にとろんとした目つきになる。
「本格的に寝られる前に帰らなきゃ」
オードリーは焦ったように、クリスを抱いたまま切り株亭を出ていく。
彼女が出ていったのを見届けたところで、ケネスがおもむろに椅子に腰かける。
そして、いつまでも彼女たちが出ていった扉を見つめ続けているレイモンドの背中に問いかけた。
「どうするんだ? プロポーズするのか?」
レイモンドはゆっくり振り向いた。ケネスの座る椅子の周りに立つザック、ランディ、ロザリーも彼がなんと返答するのか、息をのんで見つめた。
「……正直、考えてはいませんでした。俺にとってはずいぶん前に振られた相手だったし。……ただ」
ケネスは興味深げに彼の顔を観察する。ランディはもう悲鳴でも上げそうな顔だ。
「久々に、胸は疼きました。彼女を思ってひとりでいたつもりはなかったけど、他の人に目がいかなかったのはやっぱり吹っ切れていなかったのかもしれない」
ケネスがひゅうと冷やかすような口笛を吹いた。チェルシーの気持ちを知っているロザリーは複雑だ。困り果ててついザックを見上げたら、彼もなんとも言えないような表情だった。
そこに、タイミング悪くチェルシーが戻ってくる。
その場にいたみんなが、しまったというような顔つきになり、チェルシー自身も気まずい雰囲気を察知したのか身を固くする。
けれども彼女は、逃げはしなかった。気丈にもまっすぐレイモンドのもとへ向かい頭を下げる。
「……ごめんなさい、レイモンド。急に飛び出したりして」
「チェルシー。いや、……こっちもごたごたしていたから」
レイモンドとて、薄々チェルシーの気持ちには気づいている。けれど、頼りにしているランディの思い人でもあり、宿の大切な従業員であるチェルシーを、恋愛感情をもって見つめたことはなかった。
だからこそ、今まで気づかぬふりをし続けてきたのだ。
「……疲れた顔をしている。今日はもう上がって休んでもいいぞ」
優しさのつもりでレイモンドは言ったが、チェルシーはきっぱりと首を横に振る。
「いいえ。最後まで仕事をするわ。……させてください」
どこまでも弱みを見せたくないチェルシーは、うつむいたまま投げ出した箒を拾いに向かった。
レイモンドとしてはこれ以上どう声をかけていいか迷うところである。弱り果てて頭をかいていると、ランディがほれぼれとした顔でチェルシーを見つめていた。
「格好いい……。さすがチェルシー」
若干呆れたレイモンドではあったが、ここはランディのひたむきさに期待するしかない。
「……ランディ。ここはいいから、チェルシーを手伝ってやってくれないか」
「ああ」
「厨房の手伝いにはロザリーが入ってくれ」
「はいっ」
言われて、ロザリーは顔をあげた。ロザリーもチェルシーのことが心配だが、雇われの身としてはレイモンドの指示に従わざるを得ない。
「じゃあ俺たちは帰ろうか、ザック」
「ああ。そうだな」
ケネスとザックは立ち上がり、ザックは通り過ぎようというロザリーの腕を軽くつかむ。
「夜に迎えに来るよ」
「え?」
「話があるんだ」
それだけ言うと手を離される。腕にいつまでも彼の手の熱が残っているようで、ロザリーはいつまでたっても落ち着かなかった。




