街にやってきた女性・4
「……どうした?」
「何してるんだい? こんなところで」
ザックとケネスの登場だ。
よく真昼間にやって来るが、彼らは仕事をしなくていいのだろうかと心配してしまう。
「いらっしゃいませ。ケネス様、ザック様」
「おチビさん、ふたり揃って涙ぐんでどうした」
ザックがひょいとクリスを持ち上げる。
「わあ、高い!」
「はは。子供は高いところ好きだよな」
急に視界がよくなって、クリスにはあっさりと笑顔が戻ってきた。
(笑いましたね、よかった)
ホッとしてロザリーが見つめていると、ザックはからかいを込めて彼女を見つめる。
「君にもしてあげようか? お嬢さん」
「なっ……私、そんな子供じゃないですっ」
一気に真っ赤になって、ロザリーはぷいとそっぽを向く。
それでも、彼の反応が気になってちらりと伺いみると、何にも気にしていないように笑っている。歯がゆいのと同時に恥ずかしくなってしまった。
ザックに抱かれたクリスが、ロザリーの髪を軽く引っ張る。
見上げると、彼女もにっこり笑っていた。
「ロザリーちゃん、元気になった?」
言われて、ロザリーは自分が笑っていることに気づいたのだ。
*
その翌日のことだ。
汗だくのオードリーが、泣きじゃくるクリスを引きずるようにして入ってきた。
「どうした、オードリー」
ただならぬ様子に、レイモンドは調理の手を止めて駆け寄る。
「探しものが得意っていう子がいたわよね? お願い、探してほしいものがあるの」
「落ち着けよ。まずは座って……。クリス、大丈夫か? 泣かなくていいんだぞ?」
レイモンドはオードリーを近くの椅子に座らせ、泣きじゃくったまま母親の服を掴んでいるクリスを抱き上げた。
「レイィ」
レイモンドの首に腕を巻きつけるようにして、クリスは必死に泣き止もうと鼻をすすっている。
食事を楽しんでいたケネスとザックも思わず黙って彼女たちを見つめた。
「どういうことなんだか説明しろよ。……おい、ロザリーはどこだ? 一緒に話を聞いてくれ」
「は、はい!」
掃除をしていたロザリーは、慌てて駆けつけ、クリスが顔を涙まみれにしているのを見て思わず手を伸ばした。
「大丈夫ですか、クリスさん」
「ロザリーちゃぁん。えっ、うえっ」
クリスはレイモンドに抱きかかえられたままロザリーへと手を伸ばした。
その掌にはこすったような擦り傷があり、うっすら血が出ている。
ロザリーはレイモンドから彼女を受け取り、ギュッと抱きしめる。
それを、オードリーは疲れたようにため息をついて見つめた。
「明日……王都に帰る予定だから、荷造りをしていたの。そうしたら指輪がないことに気づいて。問い詰めたら、この子が勝手に持ち出して失くしたっていうのよ」
クリスはびくりと体を震わせて、ロザリーにしがみつく。
「指輪? どんなやつだ?」
レイモンドの問いかけに、オードリーは目を泳がせ、何度か言いよどんだ。けれど意を決したようにぽつりとつぶやく。
「金のリングに琥珀の石のついた指輪よ」
「琥珀の……?」
レイモンドがハッとしたように息をのむ。
オードリーは気まずそうに眼を伏せたまま、再び大きなため息をついた。クリスが怯えたように再び泣き出してしまう。
「ごめんなさぁい」
「ごめんじゃすまないでしょ? おもちゃじゃないことくらいわかるでしょう。しまってあるものをわざわざ取り出して……」
「だって……、だって」
オードリーのいら立ちは生半可ではないようだ。
テーブルを指でトントンと苛立たし気に叩いたかと思うと、今度は大きなため息をついてうつむいた。吐き出された声は涙声だ。
「お願い。……探してほしいの。指輪を」
ロザリーは困ってしまった。いくら何でも情報が少なすぎる。
「あの……、その指輪がどんな大きさとかをまず教えてもらわないと。それに失くしたときの状況も……」
「……探さなくていい」
なぜかそんな返事をしたのはレイモンドだ。
「え? でも」
「指輪なんて小さなもの、すぐに見つかるわけがない。まして、失くしたのはここじゃないんだ。街中を探すのは人ひとりでは無理だよ。第一なんで今更……」
「レイモンド」
傷ついたようなオードリーの声。レイモンドの険しい横顔。
ふと、ロザリーの中のリルとしての記憶の引き出しが開いた。
くらりとめまいがして、クリスを落としそうになり慌てて抱え込んだまましゃがみこむ。それを見たザックが慌てて駆け寄ってきた。
「ロザリー、大丈夫か? クリスはこっちにくるんだ」
クリスは不安そうな顔をしつつ、ロザリーの腕から離れた。「大丈夫?」と心配そうにのぞきこんでくる。それに笑顔を返す余裕もロザリーにはなかった。
「……ですか」
「どうした、ロザリー」
「指輪……は。あのときの指輪はどうなったんですか」
記憶に引っかかりができると、糸でひきこむように蘇ってくる。
頭の中に急激に広がる記憶を、ロザリーは脳内で必死に追った。
それは、リルが死を迎えた日の記憶だった。




