街にやってきた女性・1
その女性がやって来たのは、よく晴れた日のことだった。ロザリーは足りなくなった食材を買い足すよう言いつけられ、市場で買った野菜を入れたかごを両手に持って宿に戻ったところだ。
宿屋の前に背の高い三十代前後の女性と、五、六歳くらいの小さな女の子がいる。
宿屋の入り口を、思いつめた様子でじっと見つめてたたずんでいる女性の姿は異様だ。娘と思しき女の子も「ママ? 入らないの?」と何度も服の袖を引っ張っている。
「あの……お客様ですか?」
「え?」
振り向かれて、ロザリーはその女性に懐かしさを感じた。
見上げてくる娘も、彼女の子供時代を彷彿とさせるような顔をしている。ロザリーの記憶にある十代半ばの彼女と一致させるのはそう難しくなかった。
(この方知ってます! 昔、レイモンドさんとよく一緒にいた女性。お姉さん……でしょうか?)
ロザリーがまだリルだったころ、忙しいご主人に代わって、なぜかレイモンドが散歩に連れて行ってくれることが多かった。そのときに、レイモンドが親し気に話していたのを何度か見たことがある。
「あの、宿に用事でしたらどうぞ?」
「あなた……新しい従業員さん? 初めて見る顔だわ」
その言いぶりからすると、彼女はよくこの宿を訪れるようだ。しかしロザリーはこれまで、街の中で彼女を見たことはなかったのだが。
「あの……」
ロザリーが答えようとするのを遮るかのように、宿の扉が話し声とともに内側から開いた。
「遅すぎじゃないか。俺が見てこよう」
「ザック、過保護が過ぎるよ。ロザリー嬢は子供じゃないよ」
声の主はザックとケネスだ。自分のことを探されていると知って、ロザリーは焦った。慌てて中に入ろうとした瞬間にザックが扉を開いたため、押そうとした手が空振りし、バランスを失ってよろけてしまう。
「おっと、失礼。……なんだ、ロザリー。帰っていたのか」
ロザリーは籠ごとザックに受け止められた。後ろから追いかけてきたらしきケネスは、ロザリーの近くに立っている女性を見て驚きつつも笑顔を見せる。
「おや、オルコット夫人じゃないか。久しぶりだね」
対する女性もかしこまり、スカートの先をつまんで深々と礼を取る。
「これはケネス様。ご無沙汰しております」
「里帰りかい? 今回は何日滞在するんだ? レイモンドも今なら手が空いていそうだよ」
そうして、中へと招き入れる。どうやら、ケネスも彼女を知っているような様子だ。
興味深く見つめているうちに、ひょいと目の前から野菜の入った籠を取り上げられる。ザックが持ってくれたのだ。
「大荷物だな」
「ザック様、いけません。返してください」
「運ぶだけだよ」
「ザック様に運ばせるとか、あり得ません」
ザックはおそらく上級貴族だ。同じ貴族同士ならばともかく、現在庶民の扱いになっているロザリーには気遣われる理由がない。
「俺としては、俺より小さくて力のない君に運ばせるほうがあり得ないな」
軽々と持ち上げ、有無を言わさず厨房まで運んでしまう。
でもでも、というロザリーの反論は全く取り合ってもらえなかった。
それをほほえましく眺めていたレイモンドは、ケネスの陰になっていた女性に気づいて、目を見張った。
「あれ、オードリーじゃないか。クリスも久しぶりだな。元気か?」
「レイ!」
レイモンドを見つけた少女は、満面の笑みを浮かべ、母を押しのけるようにして駆け寄った。
「大きくなったな。どれ。……うん。重くなった」
抱き上げられた少女は、「きゃー」と喜びの歓声をあげた。レイモンドの子どもでもないだろうに、すごく懐いていることにロザリーのほうが驚いてしまう。
「レイモンドさんのお知り合いでしょうか?」
ポソリとつぶやくと、「そうだ」と答えたのは、厨房にいたランディだ。
「王都で学者をしていたオルコット博士の奥さんだよ。レイモンドとは幼馴染なんだ。年に一度は里帰りで戻ってくるから、クリス嬢もすっかり懐いている」
「幼馴染……」
(……お姉さんではなかったんですね)
リルの記憶の中の彼らは、姉弟のように仲が良かった。体格的にはそこまで年齢差を感じさせなかったが、明らかに女性のほうが落ち着いていて、やんちゃなレイモンドをときに諫めたり、見守っていたりしたものだ。
(でも、……あれ?)
先ほど、宿屋の扉の前にいた彼女は、なにか神妙な顔をしていなかっただろうか。
幼馴染の顔を見に来るという気軽さには見えなかったのだが。
「座れよ。腹減ってないか。何かつくってやるよ」
レイモンドは親子をカウンターに案内するとロザリーが買ってきたばかりの野菜を取り出した。
オルコット夫人はちらりとロザリーを見て、レイモンドに尋ねる。
「見たことのない子がいるけれど、まさかあなたのお嫁さんじゃないわよね?」
「違うよ。俺はロリコンじゃないぞ。……ロザリー、こっちにおいで。紹介しよう。俺の幼馴染のオードリーとその娘のクリスだ」
「初めまして。ロザリーです」
「最近雇ったんだ。失せもの探しが得意なんだぜ? オードリーも失くしたものがあれば彼女に頼むといい」
「そうなのね。初めましてロザリーさん。オードリー=オルコットです。よろしくね」
「よろしくお願いします」
オードリーは落ち着いた物腰でロザリーに微笑みかける。
ちょこんと隣に座っていたクリスは、すぐに飽きてしまったのか足をぶらぶらとさせた。
「遊んできていい?」
「危ないから駄目よ、クリス。少しここでおとなしくしてて」
小さな少女はほほを膨らませる。大人の話なんて、小さい子には退屈なだけだ。ロザリーにも覚えがある。
遊んであげたい気もするが、ロザリーも仕事を投げ出すわけにもいかない。
「やだ。おすわり、つまらないもん」
「仕方ないわね。宿から出てはダメよ?」
オードリーはそう言うと、すぐにレイモンドとの話に戻ってしまう。相当積もる話があるようで、話は途切れることがなく、レイモンドが相槌を打ちながら、間違わずに料理をし続けられるのが、ロザリーには不思議で仕方ない。
ふらふらと、窓際によって外を眺めているクリスが気になったが、「ロザリー、ベットメイキングを手伝ってちょうだい」とチェルシーに呼ばれ、後ろ髪を引かれながらも二階へと向かった。




