表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

17/39

ワンコ系令嬢の仕事はじめ・3

 ロザリーはぱたぱた走りながら、切り株亭まで戻る。

 ご婦人は、食堂でお茶を飲みながら待っていた様子だが、ロザリーが手に持っている帽子を見ると満面の笑みで立ち上がった。


「それよ! すごいわ、あなた。もう見つけてくれたのね?」


「いえ、その。これはザックさんが」


「ありがとう! 何かお礼させてちょうだい」


 しかしロザリーの説明を聞く気などないように、夫人はまくし立て、ロザリーに喜びを訴える。


「お礼なんて……」


「いりませんよ。良かったら【切り株亭】をひいきにしてください。この通り、宿屋の客じゃなくとも食事もとれますから。あと、失せもの探しの令嬢がいる、という宣伝をしていただければ十分です」


 続きを口にしたのは、追ってきたザックだ。


「まあまあ、それだけでいいの?」


「ええ。この子は【切り株亭】の従業員です。宿が流行るのが一番ですから」


「そう? じゃあ宣伝しておくわね。本当にありがとう」


 夫人は「気持ちだけだけど」と飲み物の代金を少し多めに払っていった。

 本当のことを言う間はなく、ロザリーは困ったようにザックを見つめた。


「ザックさん」


「宣伝を頼んだだけだろ? 何も罪悪感を持つ必要はない。金銭を要求したわけじゃないよ」


「そうでしょうか」


「今回だけは俺の言うことを聞きな。あの年齢のご婦人は、宣伝にはうってつけだ。明日には君の存在が街中に広まっていることを約束するよ」


「まさか」


「それに、君がズルをしたわけでもない。仕組んだのは俺だ」


 それはたしかに、と思って、ロザリーはふと考える。だけど、ザックにだってメリットがあるわけでもないのだ。

 ここで雇ってほしいのはロザリーであって、ザックが手助けする必要など本当はない。


「ザックさんはどうして私の手伝いをしてくれるんですか?」


「あまりに世間知らずなお嬢さんを放っておけないだけだよ。これも貴族の義務だろう?」


 この国では、貴族のような特権階級は慈善活動にいそしむよう教育されている。財産・権力を持つものは、持たざる者を守る義務を負う、というものだ。

 法的に決まっているわけではないので、もちろん慈善事業に興味のない貴族もいるが、多くの貴族が孤児院への支援をするし、地方領主は領内の街を活性化させるべく、さまざまな支援を行っている。


(私を支援するのはその一部になるの?)


 やがて、ガヤガヤと数人がまとめて切り株亭に入ってきた。


「失せもの探しが得意な子がいるって本当かい? 探してほしいものがあるんだけど」


「俺が先だよ。かーちゃんのへそくりを探してほしいんだ」


「馬鹿だね、そんなの見つけられるわけないだろ?」


 我先にとやって来る人を見て、ロザリーは目をぱちくりとさせる。


「ほらね。明日どころか今日中に知れ渡りそうだ」


 ぱちりとウィンクをされて、ロザリーは思わず絶句してしまった。


* *


 こうして、ロザリーの失せもの探しは、【切り株亭】のちょっとした名物となっていった。

 三日に一度くらいは物を失くした人がやってきて、ロザリーが嗅覚を駆使して見つける。

 お礼は【切り株亭】の宣伝だ。それだけじゃ申し訳ない、と食事をしに来てくれた人たちは、レイモンドの料理に魅了され常連になりつつある。


 レイモンドもチェルシーもランディも、素直なロザリーを気に入っていた。

 動きは鈍重ではあるが、一生懸命でまじめだ。働くことへの意欲もある。最初こそ失敗も多かったが、やがて仕事を覚えてくるとミスも減ってきた。焦げそうになった匂いをいち早くかぎつけ、三十人分の食事を救ってくれたこともある。


 特に、唯一の女性仲間であるチェルシーとは仲良くなった。

 一日の仕事の終わり、ふたりは一緒に温泉につかることもたびたびだ。

 風呂場では裸になるせいか、いつもよりも踏み込んだ話になってしまう。


「ロザリー、住む部屋、見つかった?」


「まだです。とりあえず、見つかるまではお給料から宿代を抜いてもらうことにしました」


「私の家に部屋が余っていればよかったんだけど」


 チェルシーは両親と弟と暮らしている。弟は王城勤めの官吏になる試験のために、勉強中なのだという。


「チェルシーさんはずっとここで働いているんですか?」


「ええ。レイモンドのお母さんとうちの母さんが仲が良くて。人手が足りなくて困っているって言っていたから。向いていたみたいね。仕事は楽しいわ。レイモンドもいるしね」


 チェルシーの頬がうっすら染まる。それはキビキビと仕事をしているときには見せない、女らしい恥じらいだ。


(チェルシーさんはレイモンドさんが好きなんでしょうか)


 明らかにチェルシーに好意を示しているランディを思い出し、複雑な気持ちになる。これは三角関係というやつなのだろうか。


(ああでも)


 こんな複雑な感情も、今までは持っていなかった。

 思えば、ロザリーが持っていた感情はなんて少なかったんだろう。

 嬉しい、悲しい、悔しい。そんな一言で表せる単調な感情ばかりだった。

 それはつまり、ロザリーがそれだけ狭い世界でのみ、生きてきたことを意味する。


(だから、感情が無くなってしまったのでしょうか。まるで、生き直しているみたいです)


 リルとしての記憶をもって目覚めた自分は、両親に愛され、甘やかされて育ったロザリーとは同じようで違う人間のような気がする。この街に来て、人に触れ、少しずつ新しい感情と向き合うごとに、新しい自分になっていくようだ。


 だとしたら、これからどう生きていけばいいのだろう。

 ロザリーはロザリーとしての感情を取り戻すつもりで旅に出たのだ。だけど、今のままでは元のロザリーに戻れない。でももう、戻りたいとも思っていなかった。

 新しく得た感情は楽しいばかりではないけれど、失くしたいとは思えないから。


「さて、そろそろ上がりましょうか」


 仕事終わりの温泉の効果で、ロザリーもチェルシーも肌が滑らかだ。一日中頑張ってもこのご褒美のおかげでまた元気が出てくる。

 着替えを終え、ロザリーはこれから家に帰るチェルシーを見送った。

 辺りはもう暗いので心配だったが、チェルシーはここから近いから大丈夫だと笑う。


 見送りながら暗くなった街並みを見つめる。

 頭に浮かぶのは、ザックのことだ。

 ケネスの従弟だという彼は、妙にフットワークが軽く、よく昼時に【切り株亭】にやって来る。

 失せもの探しを頼まれた日は、そのまま居残って一緒に探してくれることもよくある。

 彼は貴族の義務だと言うが、ロザリーはなんだか彼に甘えてしまっている気がして落ち着かない。

 だけど、突っぱねる気にならないのは、一緒にいれば楽しいからだ。


 格好良くてちょっと口が悪くてだけど優しい貴族様。

 ロザリーとて本当ならば男爵令嬢だが、彼はきっともっと格上の貴族だろう。


(……って、なんでそんなことを考えてしまうのでしょう)


 彼がロザリーを助けてくれるのは、あくまでも貴族の義務。身寄りのないロザリーを、心配してくれているだけなのだ。


 だけどロザリーは気づいてもいる。

 ザックに触れるくらい近くにいるときだけ香る、甘い優しい匂い。あの香りを、気が付けば探している自分に。


「こんな気持ちも、初めてです」


 名前のわからない気持ちはロザリーの耳の辺りをむず痒くさせる。そっと手で耳を押さえた彼女に、冷たい風が吹きつけた。

 ロザリーは一つくしゃみをして宿の中へと戻った。





評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 貴族の義務。 ノブリス・オブリージュってヤツですね。 そしてロザリーちゃん。 その気持ちとは、ちょっとずつでいいから向き合っていこう。すぐにどうこう結論を出しちゃ空回るだろうしね( ´∀`…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ