ワンコ系令嬢の仕事はじめ・3
ロザリーはぱたぱた走りながら、切り株亭まで戻る。
ご婦人は、食堂でお茶を飲みながら待っていた様子だが、ロザリーが手に持っている帽子を見ると満面の笑みで立ち上がった。
「それよ! すごいわ、あなた。もう見つけてくれたのね?」
「いえ、その。これはザックさんが」
「ありがとう! 何かお礼させてちょうだい」
しかしロザリーの説明を聞く気などないように、夫人はまくし立て、ロザリーに喜びを訴える。
「お礼なんて……」
「いりませんよ。良かったら【切り株亭】をひいきにしてください。この通り、宿屋の客じゃなくとも食事もとれますから。あと、失せもの探しの令嬢がいる、という宣伝をしていただければ十分です」
続きを口にしたのは、追ってきたザックだ。
「まあまあ、それだけでいいの?」
「ええ。この子は【切り株亭】の従業員です。宿が流行るのが一番ですから」
「そう? じゃあ宣伝しておくわね。本当にありがとう」
夫人は「気持ちだけだけど」と飲み物の代金を少し多めに払っていった。
本当のことを言う間はなく、ロザリーは困ったようにザックを見つめた。
「ザックさん」
「宣伝を頼んだだけだろ? 何も罪悪感を持つ必要はない。金銭を要求したわけじゃないよ」
「そうでしょうか」
「今回だけは俺の言うことを聞きな。あの年齢のご婦人は、宣伝にはうってつけだ。明日には君の存在が街中に広まっていることを約束するよ」
「まさか」
「それに、君がズルをしたわけでもない。仕組んだのは俺だ」
それはたしかに、と思って、ロザリーはふと考える。だけど、ザックにだってメリットがあるわけでもないのだ。
ここで雇ってほしいのはロザリーであって、ザックが手助けする必要など本当はない。
「ザックさんはどうして私の手伝いをしてくれるんですか?」
「あまりに世間知らずなお嬢さんを放っておけないだけだよ。これも貴族の義務だろう?」
この国では、貴族のような特権階級は慈善活動にいそしむよう教育されている。財産・権力を持つものは、持たざる者を守る義務を負う、というものだ。
法的に決まっているわけではないので、もちろん慈善事業に興味のない貴族もいるが、多くの貴族が孤児院への支援をするし、地方領主は領内の街を活性化させるべく、さまざまな支援を行っている。
(私を支援するのはその一部になるの?)
やがて、ガヤガヤと数人がまとめて切り株亭に入ってきた。
「失せもの探しが得意な子がいるって本当かい? 探してほしいものがあるんだけど」
「俺が先だよ。かーちゃんのへそくりを探してほしいんだ」
「馬鹿だね、そんなの見つけられるわけないだろ?」
我先にとやって来る人を見て、ロザリーは目をぱちくりとさせる。
「ほらね。明日どころか今日中に知れ渡りそうだ」
ぱちりとウィンクをされて、ロザリーは思わず絶句してしまった。
* *
こうして、ロザリーの失せもの探しは、【切り株亭】のちょっとした名物となっていった。
三日に一度くらいは物を失くした人がやってきて、ロザリーが嗅覚を駆使して見つける。
お礼は【切り株亭】の宣伝だ。それだけじゃ申し訳ない、と食事をしに来てくれた人たちは、レイモンドの料理に魅了され常連になりつつある。
レイモンドもチェルシーもランディも、素直なロザリーを気に入っていた。
動きは鈍重ではあるが、一生懸命でまじめだ。働くことへの意欲もある。最初こそ失敗も多かったが、やがて仕事を覚えてくるとミスも減ってきた。焦げそうになった匂いをいち早くかぎつけ、三十人分の食事を救ってくれたこともある。
特に、唯一の女性仲間であるチェルシーとは仲良くなった。
一日の仕事の終わり、ふたりは一緒に温泉につかることもたびたびだ。
風呂場では裸になるせいか、いつもよりも踏み込んだ話になってしまう。
「ロザリー、住む部屋、見つかった?」
「まだです。とりあえず、見つかるまではお給料から宿代を抜いてもらうことにしました」
「私の家に部屋が余っていればよかったんだけど」
チェルシーは両親と弟と暮らしている。弟は王城勤めの官吏になる試験のために、勉強中なのだという。
「チェルシーさんはずっとここで働いているんですか?」
「ええ。レイモンドのお母さんとうちの母さんが仲が良くて。人手が足りなくて困っているって言っていたから。向いていたみたいね。仕事は楽しいわ。レイモンドもいるしね」
チェルシーの頬がうっすら染まる。それはキビキビと仕事をしているときには見せない、女らしい恥じらいだ。
(チェルシーさんはレイモンドさんが好きなんでしょうか)
明らかにチェルシーに好意を示しているランディを思い出し、複雑な気持ちになる。これは三角関係というやつなのだろうか。
(ああでも)
こんな複雑な感情も、今までは持っていなかった。
思えば、ロザリーが持っていた感情はなんて少なかったんだろう。
嬉しい、悲しい、悔しい。そんな一言で表せる単調な感情ばかりだった。
それはつまり、ロザリーがそれだけ狭い世界でのみ、生きてきたことを意味する。
(だから、感情が無くなってしまったのでしょうか。まるで、生き直しているみたいです)
リルとしての記憶をもって目覚めた自分は、両親に愛され、甘やかされて育ったロザリーとは同じようで違う人間のような気がする。この街に来て、人に触れ、少しずつ新しい感情と向き合うごとに、新しい自分になっていくようだ。
だとしたら、これからどう生きていけばいいのだろう。
ロザリーはロザリーとしての感情を取り戻すつもりで旅に出たのだ。だけど、今のままでは元のロザリーに戻れない。でももう、戻りたいとも思っていなかった。
新しく得た感情は楽しいばかりではないけれど、失くしたいとは思えないから。
「さて、そろそろ上がりましょうか」
仕事終わりの温泉の効果で、ロザリーもチェルシーも肌が滑らかだ。一日中頑張ってもこのご褒美のおかげでまた元気が出てくる。
着替えを終え、ロザリーはこれから家に帰るチェルシーを見送った。
辺りはもう暗いので心配だったが、チェルシーはここから近いから大丈夫だと笑う。
見送りながら暗くなった街並みを見つめる。
頭に浮かぶのは、ザックのことだ。
ケネスの従弟だという彼は、妙にフットワークが軽く、よく昼時に【切り株亭】にやって来る。
失せもの探しを頼まれた日は、そのまま居残って一緒に探してくれることもよくある。
彼は貴族の義務だと言うが、ロザリーはなんだか彼に甘えてしまっている気がして落ち着かない。
だけど、突っぱねる気にならないのは、一緒にいれば楽しいからだ。
格好良くてちょっと口が悪くてだけど優しい貴族様。
ロザリーとて本当ならば男爵令嬢だが、彼はきっともっと格上の貴族だろう。
(……って、なんでそんなことを考えてしまうのでしょう)
彼がロザリーを助けてくれるのは、あくまでも貴族の義務。身寄りのないロザリーを、心配してくれているだけなのだ。
だけどロザリーは気づいてもいる。
ザックに触れるくらい近くにいるときだけ香る、甘い優しい匂い。あの香りを、気が付けば探している自分に。
「こんな気持ちも、初めてです」
名前のわからない気持ちはロザリーの耳の辺りをむず痒くさせる。そっと手で耳を押さえた彼女に、冷たい風が吹きつけた。
ロザリーは一つくしゃみをして宿の中へと戻った。




