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ワンコ系令嬢の仕事はじめ・2


「賄い入れよ。三人とも」


 お昼の食堂の客足が途絶えてきたあたりで、レイモンドが言う。そういう彼は、立ったまま自分の分の賄いを口にしていた。

 今日のお昼はシチューをアレンジしたドリアだ。クリームソースのいい匂いに、ロザリーの見えざる尻尾はぶんぶんと揺れまくっている。


「うまそうに食うなぁ」


 大柄なランディが、ニコニコしながらロザリーを見ている。どうやらランディは見かけによらずかわいいものや小さいものが好きらしい。ロザリーに対する態度は、完全に子供に向けたものだ。


 あれから、皆とちゃんと自己紹介をした。

 レイモンドが二十八歳。切り株亭店主だ。実際の店主はレイモンドの父のアランだが、母親の実家にふたりとも行っていて不在なため、彼が取り仕切っているのだという。おそらくだが、リルの“ご主人様”はアランなのだろう。

 ランディは三十歳で、十七歳のころからここに勤めている古株だ。宿の修繕、荷運び、風呂の管理など宿屋全般の整備をレイモンドの父親とともにやっていた彼は、主に厨房の知識しかないレイモンドにとって、失うことのできない相棒なのだという。


「いっぱい食えよ」


 ニコニコしながら頭を撫でるランディに、チェルシーが茶々を入れる。


「あら、ランディ、女性の髪を軽々しく触るものではないわ」


「女性って……ロザリーはまだ子供だぞ?」


「子供ならレイモンドが雇わないわよ。ロザリー、いくつなんだっけ」


「十六です」


「ほら、私が働きだした年と一緒よ。いつ大人扱いされてもおかしくないわ」


 チェルシーにやり込められて、ランディは黙り込んだ。


 チェルシーは二十三歳で、十六歳からずっと切り株亭で働いている。レイモンドの母とふたり、室内清掃や、かき入れ時の食堂のウェイトレスをやっていた。

 レイモンドの母がいなくなってからも宿が清潔なままなのはひとえにチェルシーのおかげだ。

 しっかり者で物おじしないので、年上のレイモンドやランディにも平気で食って掛かっていく。

 ランディはそのあたりが気に入っているようで、困っているのかと思えば表情は喜んでいる。


 すべての動作が早いチェルシーは一足先に食べ終え、「先に仕事に戻っているわ」と片付けに向かった。

 ロザリーは焦って一気にかっ込み、そしてむせる。慌ててランディが背中をさすってくれた。


「慌てることないよ。チェルシーは食うのが早いんだ。今の時間はお客少ないから大丈夫」


「すみませぇん。ごほっ、ごほっ」


「ほら、水だぞ」


 脇から手が伸びてきて、「ありがとうございます」と受け取って、その匂いが水ではなく蜂蜜酒のものだと気づく。


「違います、これ、お酒で……」


 慌てて顔を上げれば、そこに立っていたのはザックだった。


「気づいたか。はは」


「ざ、ザック様!」


 ロザリーの胸がまた高鳴る。どうしてだろう、ザックを見ると心臓の奥のほうが変な動きをする。


「元気か? 早速チェルシーにしごかれているようだが」


「わかります?」


「顔に疲労が乗ってる」


 ぱっと見で言い当てられるとは情けない。もっと体力をつけなくてはと決意を新たにする。


「君にプレゼントだ」


 ほら、と渡されたのはレース生地で作られた折りたためる扇だ。薔薇の刺繍がされていて、可愛らしい。


「素敵! ……でも、どうして?」


「君の特技を生かせばいい……とは言ったが、残念ながら君の特技は見た目があまりよくないからな」


「え……あ!」


 クンクンと人の匂いを嗅ぐ所作のことか、と思いいたる。

 たしかに、女性がするにははしたないかもしれない。ロザリーが気にしなくても、嗅がれるほうが気にする場合もあるし。

 顔が一気に赤くなってくる。


「これだけで、印象は変わるだろう」


 ザックが扇を広げ、ロザリーの顔の前に差し出した。

 匂いを嗅いでいる鼻と口もとを隠すことができる。


「……ありがとうございます」


「どういたしまして。そして君の客を連れてきたよ。先ほど宿屋の前でうろうろしていたご婦人だが」


 後ろからひょっこりと顔を出したのは、三十代くらいの女性だ。


「風に飛ばされた帽子を探しているの。南の方向へ飛んだと思ってここまで来たのだけど、見つからなくて。夫に買ってもらった帽子なの。失くしたと知れたら怒られるわ」


 オロオロとして、今にも泣きだしてしまいそうだ。

 旦那様が厳しいのか、それともよほどお気に入りだったのか。

 動揺している女性に、ロザリーは微笑みかける。


「大丈夫です。見つかりますよ。すみませんが、あなたの香りを覚えさせてくださいね」


 そして早速、扇を使って人目から隠しながら彼女の髪の香りを嗅がせてもらう。


「南の方向へ飛んだんですね。探してきます」


 ロザリーはチェルシーに失せもの探しをしてくると告げ、宿を出た。


「俺も行こう」


 ザックは楽しそうにロザリーについてくる。

 外に出て、まずはあたりを見回す。女性は髪粉を付けているらしく、化粧品に似た香りがしている。

漂う空気の中から香りをかぎ分けられないかと頑張ってみたが、温泉の香りが強いアイビーヒルは、どうしてもほかの香りが消されてしまう。


「ロザリー、こっちだ」


 ザックに手招きされて向かうと、橋の近くの街路樹に帽子が引っかかっていた。


「これは」


「彼女のものか香りで判断できるか?」


「多分。……でも届かないです」


「それは問題ない」


 ザックは助走をつけてジャンプすると、帽子のつばを掴んで手に取った。

 木々は揺れ、川に落ちた葉がゆったりと流れていく。


「ほら」


 差し出された帽子の香りを嗅げば、たしかに依頼の彼女のものだ。


「……ここに帽子があるの、知ってたんですか?」


「ああ。そのあとであの女性とばったり出会った」


「だったらそのまま教えてあげれば……」


「君のいい仕事になるかなと思って」


 悪びれもせずそう言われ、ロザリーは考え込んでしまった。

 たしかに仕事にはなるが、ロザリーは別にこの能力で金稼ぎをしたいわけではないのだ。


「でも、最初からある場所が分かっているなら、直ぐ教えてあげればいいじゃないですか。……もし川に落ちてしまっていたら、見つけられないくらい遠くに流されてしまったかもしれません」


 ロザリーがうつむいたのを見て、ザックは若干ムッとする。


「何が気に入らない? べつに君は今回の失せもの探しで金をとるわけじゃないだろう?」


「でも、嘘をつくのは苦手です。なんかこう、居心地悪いというか」


 胸のあたりがキリリと痛んで、ロザリーは右手で心臓のあたりを押さえる。

 ザックはため息をついて、その手に向かって指差した。


「……心苦しい?」


 今の気持ちを言い当てる、適切な言葉だった。

 よくわからずにいた感情が、言葉と絡みついて、ようやく自分のものとなった気がした。


「そうです」


 思い切り首を縦に振って肯定してくるロザリーに、ザックは苦笑する。


「やれやれ。ただ危なっかしいだけじゃなくてお人よしか。こんなもん、放っておけってほうが無理だろう」


「え?」


「いや。……たしかに俺はこの帽子をご婦人に会う前に見つけていたよ。だけど、これがあの女性のものかどうかは、君に確かめてもらわなければわからないことだったんだ。だから、これは君が見つけたのと同じってこと。……これでどうだ?」


「屁理屈です」


「屁理屈で結構。早くこれを持っていってやればいい。君がしたいのは、失せものを見つけて人を喜ばせることだろう? ここで俺と言い合いしていたら、それは遅くなるだけだ」


「あっ」


 それもそうだ。言い合いなんて後でもできる。まずはこれを届けてあげなくちゃ。


「と、とにかくこれ、届けてきます」



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