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ワンコ系令嬢の仕事はじめ・1

 ロザリーは酔いに任せて、自分の過去を紡いだ。


 事故から目覚めてから異様に鼻が利くこと。

 この街の夢を見るようになったこと。

 代わりのように自分の記憶が抜け落ちていて、感情が欠落してしまったこと。

 感情を取り戻したくて、屋敷を抜け出して旅をしていること。


 酔ってはいたものの、夢の主人公がリルという名の犬であることを伏せることは忘れていない。屋敷からは勝手に抜け出したことにした。そのために話はずいぶん分かりにくかったと思うが、ザックはずっと頷きながら聞いていた。つじつまが合わないところは酔っ払いの話と聞き流しているのだろう。


「つまり、君は一度も来たことのないこの宿のことを夢で見たと」


「はい。夢の中の私にはちゃんと感情があるんです。だからここにいれば、私の失っている感情も取り戻せるんじゃないかと思って」


(こんな変な話、本当に信じてくれるんでしょうか)


 ロザリーは酔いでぼんやりしたままザックを見つめる。彼はしばらく考え込んでいたかと思うと、頷いた。


「なるほどね。恐ろしいほど計画性はないし、不思議ではあるけれど、実際ここにたどり着いたんだから、嘘やまやかしではないことはわかる。この場所に固執する気持ちもわからないでもない。……だからここで雇って欲しいってことなんだな?」


「はい……でも」


 ロザリーはちらりとレイモンドを見つめる。

 先ほどお願いしたときは、とても迷惑そうな顔をしていた。

 ランディもチェルシーも動きに無駄のない慣れた従業員だ。自分に同じような働きができるか、ロザリーには自信がない。


「この宿は人手不足だ。だが、役に立たない従業員は必要ない。ここで雇ってほしいなら君にしかない特技が必要だ、わかるかい?」


「特技ですか?」


「そう。役にたたなければいる意味がない。仕事なんだから。君は君の能力でこの宿屋を盛り立てれる?」


「私にできること……。どうしよう」


 ロザリーは自分の手をじっと見つめる。ザックに最初に指摘された通り、ロザリーの手は何の労働も覚えていない。もちろん、今から覚える気はあるが、チェルシーのような無駄のない動きができるようになるまでには、尋常じゃない時間が必要だろう。それ以外で、なにかあるとすれば……。


「鼻くらいしかないです。匂いを嗅ぎ分けるくらい? でもそれで何ができるでしょう」


「それだよ。君は失せもの探しができる。それを売りに、人を呼ぶことが可能だ。おーい、レイモンド」


 ザックがレイモンドを呼び出し、長々と説明している。その間、落ち着かずにロザリーは手近なグラスを手に取りぐっと飲み干した。

 それはザックの分の蜂蜜酒で、ただでさえ酔っていた頭がますますぼんやりしてくる。


「昔、この宿は【失せもの探しの切り株亭】って呼ばれていたんですよ。俺がここで働く前ですけどね。飼われていた犬が、よく落とし物やら失くしものやらを探してくれたから」


「そうか。じゃあ【失せもの探しの切り株亭】復活というわけだ」


 ロザリーの耳に届く、レイモンドとザックの話。

 レイモンドがリルのことを覚えているのが、ロザリーには嬉しかった。


 そこにケネスが楽しそうに割って入る。


「知ってる知ってる。俺がすごく小さい時にいたぞ、犬。懐かしいな。面白そうだ。では、軌道に乗るまで俺が資金援助してやろう」


 ケネスがいかにも金持ちな言動をするので、レイモンドは苦笑する。


「午前中までここがつぶれたら伯爵家に来いって言っていたくせに、えらい変わりようですね」


「このお嬢さんも一生懸命でかわいいしな。ひとりで放り出したら、すぐにどこかの妓館に放り込まれてしまう。それを見過ごすのは貴族の義務に反する気がするしね」


「決まりだ。ロザリー。話はついたぞ。君は明日からここの従業員……」


 ザックがテーブルを見つめると、ロザリーは机にぺたんと頭を付けたまま寝息を立てている。

 無邪気な寝顔で、普段の彼女よりも幼く見えた。


「……寝ちゃったのか。うわ、俺の蜂蜜酒まで飲みやがったな」


 空になったグラスを振り、ザックはあきれ顔だ。


「面白いお嬢さんだね。さてどうしようか、部屋に運んであげようか」


 ケネスが手を伸ばす前に、ザックは彼女を腕に抱きかかえる。


「レイモンド、こいつにあてがう部屋に案内してくれ。荷物はだれか頼む」


「はい! 私が」


 チェルシーがそう言い、大きなスーツケースを手にもって運ぶ。

 細身の割に、長くこの仕事をしているせいかチェルシーは力持ちだ。


 ロザリーは眠りながら、甘い香り……ザックから嗅ぎとったあの香りを嗅ぎ分けて、どこか幸せな気持ちになった。



* *


 朝日のまぶしさで目を覚ましたロザリーは、嗅ぎなれないリネンの香りに不思議に思って飛び起きた。


「ここ……、そうか! え? 私、いつの間に寝ちゃったの?」


 ここは宿屋の一室のようだ。こじんまりとした個室だが、ベッドもベッドサイドの机も綺麗に整頓されている。スーツケースがクローゼットの脇に立てておいてあって、とりあえず全財産は失っていないとホッとした。


 廊下に人の気配を感じて、こっそりと扉を開けてみる。すると、今まさにノックしようとチェルシーが構えているところだった。彼女は突然開いたドアに驚いたようだったが、ロザリーと目が合うとにっこりとほほ笑む。


「起きた? 昨日は私にかけられた疑いを晴らしてくれてありがとう」


「い、いえ。それは私だけじゃなくてザック様が」


「あなたが晴らそうって言ってくれなかったらザック様だって動いてくださらなかったわ。ねぇ、それより、体は大丈夫? あなた昨日はお酒を飲んで寝てしまったの」


「そ、そうなんですね! すみませんっ」


「元気になったのなら、働いてもらいたいんだけど、……いいかしら?」


 チェルシーの微笑みに、ロザリーは目をぱちくりとさせる。


「わ、私。雇っていただけるんですか?」


「レイモンドは私の恩人を追い出したりしないわ。それにザック様が口添えしてくださったの。あなたの失せもの探しは宿の名物になるはずだって」


「ザック様が?」


 黒髪の青年を思い出し、ロザリーの胸が高鳴る。昨日は、硬貨探しに付き合ってくれ、解明に協力してくれた。終わった後は労をねぎらってくれもして、ザックに対しては信頼感が生まれている。


 ぽうっとなった自分に気づき、慌てて首を振る。


「で、ではっ、すぐに着替えます。チェルシーさん、入ってください」


 女性同士ならば見られても恥ずかしくはない。

 ロザリーはスーツケースを広げ、中からワンピースを取り出した。

 チェルシーは部屋の中を確認しながら、蜘蛛の巣を目ざとく見つけ、箒に引っかけて取っていた。


「狭い部屋でごめんね。でもここも一応客室なのよ。住むところが決まるまではここにいるといいって、レイモンドが。仕事は、とりあえず私がいろいろ教えてあげるわね。でもあなたは失せもの依頼が来たらそちらを優先にするようにって」


「失せもの探し?」


「得意なんでしょう? それを売りにすればいいってザック様が言っていたわ。温泉地であるここには観光客が多いし、物を失くしたとかの騒ぎは結構多いのよ。昨日みたいに、従業員やほかのお客様に言いがかりをつけてくる人も結構いるの。そういうトラブルがない宿って噂が立つだけでもイメージアップよ」


「なるほど?」


 たしかに失せもの探しは得意ではあるけれど、リルのときよりは嗅覚が落ちている。

 看板にまでされると荷が重いのだが。


(ザック様、一体何を考えているのでしょう。まあでも、ここで雇ってもらえるのなら頑張るしかないのですけど)


「でもそっちの仕事がない日は私と一緒に掃除よ」


 きらんとチェルシーの目が光った。プロのまなざしだ。屋敷の使用人にもこんな目つきをする人がたまにいた。とにかく自分の仕事にプライドを持っているのだ。


「が、頑張りますっ」


「これからよろしくね、ロザリーちゃん」


 チェルシーににっこりとほほ笑まれ、嬉しいのと同時にぞくりとしたのは、彼女の手から消毒薬の匂いがプンプンしたからだろうか。


 午前中、やる気になったチェルシーに掃除の仕方を仕込まれたロザリーは、昼休憩の頃にはあっさりと筋肉痛になったのだった。



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