初めての失せもの探し・5
「……ザックさん、すごいです」
ロザリーはほう、とため息をついた。錆びた硬貨を元に戻せるなんてロザリーは知らなかった。もし知っていたら、昔変色したと嘆いていたあの人にも、教えてあげられたかもしれないのに。
「いや? 君がいなければ解決しなかった話だろう。鼻が利くというのは本当のようだな。昔からなのか?」
「いえ……あの」
ロザリーが口ごもったのを見て、「まあ、まずは解決のお祝いといこうじゃないか」とさびた記念硬貨を指ではじき上げた。くるくると回転して再びザックの手の内に戻ったそれを見て、ザックは口もとを緩める。
「表だ」
それがいいことなのか悪いことなのかロザリーにはわからない。ただ、ザックがとても楽しそうに見えたので、よしとすることにした。
解決の一部始終を見ていたレイモンドはご機嫌だ。
早速帰路に着くというゲイリー親子を見送り、ロザリーを食堂のテーブルに座らせる。
「本当に助かった。ありがとう。今日は泊っていってくれ。宿代はいらない。チェルシーへの疑いを晴らしてくれたんだからな」
感謝の言葉とともに用意してくれたのは蜂蜜酒だ。
「ありがとうございます」
「いいや。あんたはずっとチェルシーを信じてくれていたとザック様に聞いた。それが何よりうれしい」
レイモンドの満面の笑みは、ロザリーの……というよりはリルの記憶に引っかかるものがあった。
「あ……」
記憶が、ポロリと飛び出してきた。
昔この宿でよく出会った少年だ。たしかこの宿で働いていた人の息子で、お母さんの仕事終わりの時間によく迎えに来ていた。仕事が忙しいご主人様は、リルの散歩をこの子によく頼んでいたっけ。
(リルは……何年前に死んだのでしょう。私の前世だというなら、十六年よりは前ですよね……?)
とすれば、当時のレイモンドは十歳前後の少年だろう。計算としては合う気がする。
「お嬢さんもここに泊めてもらえるなら心配は無くなったかな? さてそろそろ屋敷に戻ろうか? ザック」
立ち上がったのはケネスだ。腰のベルトに巻き付けてあった懐中時計を確認している。
「いや、俺はもう少しここにいる」
ザックは椅子の向きを変え、ロザリーに向き直って彼女をじっと見つめる。
「君は、仕事を探していると言ったな。なぜここの宿を選んだ? 見たところ君は仕事をしたことがない。そしてこの街には店がたくさんある。敢えて職探しで切り株亭を選んだ理由はなんだ?」
「それは……」
口ごもるロザリーに、ザックは内緒話でもするように声を潜めた。
「所作を見ていればあんたがどこかの貴族の令嬢だってことはわかる。どこの娘だ? 自分から言う気がないなら調べさせてもらう。両親が亡くなったという線からたどれば、候補はいくらか絞れるだろう」
「え、あの。それは困ります」
未成年の娘を放り出したと祖父が責められては困る。
「であれば自分から話してくれ。君のその鼻の能力はちょっと特殊だし、どっちみちこの先も君がひとりで生きていこうと思ったら綺麗なことだけしてはいられない。……俺は、力になれると思う」
「ザックさん……」
ロザリーは困り果てた。
前世の犬の記憶があるなどと言ったら、気が狂っていると思われるかもしれない。しゅんとなって首を振る。
「なんて言ったらいいか……分かりません。話しても信じてもらえるとは」
「たった数時間とはいえ、先ほどの失せもの探しの間に、俺は君が信用に足る人間だと判断した。だから、どんな荒唐無稽な話でも信じる。あとは君が、俺を信じるかだ」
落ち着いた声ではっきり言われて、ロザリーはドキリとした。
ザックの澄んだ緑色の瞳を見つめていると、安心する。信用できる……ような気がする。だけど、本当に話してもいいのか判断がつかない。
「ほ……ほかの人には秘密にしてもらえますか?」
「ケネスとレイモンドを除くなら。レイモンドはここの宿主だ。君の正体を隠したままなら雇えとはいえない。ケネスは領主子息で俺は彼の家に今厄介になっている。隠し事はできない」
簡単にイエスと言われるよりも、その返答には説得力があった。
それでもまだ迷いのあったロザリーは、勢いをつけるために蜂蜜酒を一気に飲んだ。
「あっ、馬鹿っ」
蜂蜜酒は、そこまで強い酒ではない。大人は水代わりに飲むくらいの弱い酒だ。しかし、普段アルコールを口にしないロザリーにはそれなりに効果があった。
「う、おいひぃです」
「普通そんな一気に飲まないだろ? 君、まだちゃんとした礼儀を習ってないな?」
「これから教わるところだったんですぅ。社交界デビューも間近にひかえてましたし」
ロザリーのろれつが怪しくなっていく。お酒に酔うのは人生で初めてのことだ。
「デビュー前か。……年は?」
「十六ですぅ。なったばっかりで……。その、誕生日に劇を見に行ったんです。その帰りの事故で、……父母が死にました」
思い出しても、相変わらず涙は出てこない。
大切なはずの父母への情。取り戻したくて焦る。そんな焦燥だけはきちんと存在するのに。
「……悪い」
いきなりの深刻な話にザックは驚き、思わず目をそらして口を押さえる。
その態度に気遣いが感じられて、ロザリーはホッとした。
お尻のあたりが、嬉しさでムズムズする。彼はきっといい人だ。優しさがほんのり伝わってくるから。
「大丈夫です。だって私、悲しくないんです。……心が、感情が、おかしくなってしまって。だから私……」
ぽつり、話し出したロザリーの横顔は寂しさに憂いていて、先ほどまでの無邪気な少女の一面がかき消えたことに驚きながら、ザックは彼女が紡ぐ不思議な話に耳を傾けた。




