初めての失せもの探し・3
「あんなに自慢しているからだ。無くなっても自業自得だよ」
戸口からの声に振り向くとランディがいて、睨むようにこちらを見つめている。
「さっきのおじさん!」
「宿に着くなり自慢していたじゃないか。ここから王都までは馬車を使っても六時間だ。おいそれとはいけない。皆羨ましがっていたじゃないか。誰が盗んだっておかしくないだろう」
どうやら気持ちが落ち着かずに再び文句を言いに来たらしい。
突っかかっていくランディを止めに入ったのはチェルシーだ。
「ランディ、やめて」
「チェルシー、だって」
「ザック様たちが疑いを晴らそうとしてくれているのよ。邪魔をしてはいけないわ」
若々しいチェルシーとランディとは十歳近い年の差がありそうだが、チェルシーのほうがしっかりしていそうだ。
「疑われてるんだぞ? 悔しくないのかよ」
「悔しいわ。だから信じて待っているのよ。私のために、疑いを晴らすって言ってくれたのよ? その人を信じなくてどうするの」
(チェルシーさん、いいひと)
ロザリーはチェルシーの言葉にジーンとしつつ、頷いて見せた。それを見たランディはしょげたように黙る。
ボビーが唇を尖らせて吐き捨てるように言った。
「あのおじさんは僕のせいだって言いたいの?」
「いいえ。チェルシーさんが疑われているのが許せないんですよ。あなたも、お父様が盗人って言われたらいやでしょう」
「パパがそんなことするはずないよ」
「彼もチェルシーさんがするはずないって思っているんです。信頼している人が疑われたら誰だって悲しいし悔しいです」
「でも僕だって悔しいよ。大事な硬貨だったのに……」
またもやボビー少年を納得させる手間が加わった。ランディの気持ちもわかるが、子供をあおるのはやめてほしい。
人の気持ちを想像するのは、小さな子供には難しいのだ。まして、自分だって大切なものを失くしてショックで、それに頭がいっぱいなのだから。
ロザリーは根気よくボビー少年にランディの気持ちを説明した。興奮していた少年は、少しずつ落ち着きを取り戻す。
「私ももっと頑張って探しますね。ではお部屋はこのくらいにしましょう。他にこの宿の中で行った場所はありますか?」
「風呂だよ」
「さっき言ってましたね、お風呂でも袋を落としたって。フロントで預かってくれるのに、お風呂に宝物袋を持って行ったのはなぜですか?」
「だって誰にとられるかわからないもん」
「お風呂のほうがよっぽど危険な気もしますけど……」
「ずっと手に持っていたもん。大丈夫だよ。バンザイしながら入ったんだ。袋はお湯に入れてないし、中身もバラバラにはなってないよ」
ではお風呂を確認したいところだ。けれどボビーが入ったのは男湯なので、ロザリーは入れない。
ちらりと時計を見ると、今はまだ昼を過ぎたところだ。温泉に入る客は少ない時間ではある。
「ザックさん、ちょっとレイモンドさんに相談があるんですが」
「え?」
「お風呂を覗かせてほしいんです」
一瞬、ザックが変態を見る目でロザリーを見る。怯んでは肯定することになってしまうので、堂々と言い放った。
「覗きをしたいって言ってるわけじゃありません! 現場としてのお風呂を見たいので、人が入ってこないようにしてもいいか確認したいんですっ」
「ああ、だよな。焦ったー」
ザックからレイモンドに話を通してもらい、今入浴している人が出たタイミングで一度閉めきることにする。
準備が整うまでの間、ロザリーはチェルシーやランディの仕事ぶりを見ていた。
チェルシーは空いた部屋をすかさず掃除し、すぐに新しいシーツをセットしていく。古いシーツはかごに入れられ一部屋に収められた。あとで、ランディが食材の買い出しに出るタイミングで洗濯屋へ持っていくらしい。レイモンドは食堂が落ち着き出すと、ランディに任せていた食器洗いを手伝い始める。みんないつ休んでいるのかと思うほど、無駄がない動きだ。
「もういいぞ、ロザリー」
最後の客が風呂から出たのを確認したザックに呼ばれ、ロザリーは小走りで浴場へと向かった。急いでいるとろくなことがないもので、脱衣所にできた水たまりに足を滑らせ、ロザリーは激しい音をたてて転んだ。
「おいおい、慌てすぎだ。大丈夫か?」
「すびばせんー」
ザックに引き上げてもらい、お尻のあたりをポンポンと払う。
リルの記憶に目覚めて以降、お尻のあたりが敏感だ。自分で触っているというのになんだか変な感覚がある。
「あいたた」
「そそっかしいな、お嬢ちゃん」
「大丈夫です。……お嬢ちゃんって呼ばないでくださいっ」
乗合馬車のおじさんに呼ばれた時は何とも思わなかったのに、ザックに言われるとなんだか不快だった。馬鹿にされているような気がして、心が沈んでしまう。
気を取り直して、ロザリーは浴室の匂いを嗅いだ。街中にそこはかとなく漂っていた匂いを濃くしたような感じだ。この匂いはお湯から出されるものだったのか。匂いが強すぎて、他の匂いがかき消されてしまう。
「……匂いが強いですね」
街中に漂っていたからこの匂いには慣れたつもりだったが、さすがに眉をひそめてしまう。
そんなロザリーを見て、ザックが苦笑する。
「ここは硫黄泉だからな」
「硫黄?」
「温泉にも種類がある。ここの主成分は硫化水素と言われるもので、匂いを嫌がる客もいるだろうが、病気に効果がある。痰が出やすくなるし、皮膚病……特にしもやけにも効く。解毒作用もある万能湯だ」
「温泉……」
独特の、卵が腐ったような匂い。記憶に引っかかるものがあった。
以前も嗅いだことがある。それはリルじゃなくて、ロザリーの記憶だ。
祖父母も含めた家族で出かけた、数少ない記憶。
まだ七、八歳だったロザリーは、祖母と温泉というものに初めて入った。
貴族が大浴場に入ることは通常無く、宿に泊まったとしても小さな浴室を借り切って入る。
だが、祖母はそのあたりの貴族意識が緩い人で、まだ幼いロザリーと大浴場に入りにいったのだ。
『みんな、はだかだねぇ』
『そうだね。こうしていると貴族とか平民だとかこだわっているのもおかしな気がするけどねぇ』
祖母は元が商家の出で、嫁いだ先も辺境の男爵家。そこまで身分に凝り固まってはいなかった。だが、母は生粋の貴族だったため、祖母がロザリーを大浴場にいれて行こうとしたことに腹を立て、部屋に閉じこもっていた。
せっかくならお母さまもいれば楽しかったのに……と思った幼いロザリーは、その後、母とふたりきりになったときにこっぴどく叱られた。せっかくの旅行が嫌な思い出になって悲しかったことも思い出せる。
記憶にはまだ続きがある。
『やだ、変色しちゃった』
誰かの声にロザリーは顔を上げる。
若い女性が首にかかったネックレスを触って眉をひそめている。
『そんなものをつけてくるからよ』
『だって、せっかく買ってもらったのに。うそー真っ黒だわ』
『おばあ様、あれなに?』
『ああ、お湯でまれに変色することがあるんだよ。なんなのかねぇ』
匂いがロザリーが奥底にしまっていた記憶を引き出した。
「そうです。……あの温泉もこんな匂いでした」
だとすれば……。
ロザリーは思い立って駆け出す。
「あ、おい!」
あとからザックが追いかけてくるのがわかったが、確かめたいと思ったら足が止まらない。
一直線にボビーたちがいる食堂へと向かった。
「お姉ちゃん、どうしたの?」
「ボビー君、袋の中をもう一度見せてください!」
「え? どうして? 袋の中なら何度も確かめたし」
「いいから」
机の上に、すべての宝物を広げてもらう。匂いを嗅ぎながらそのうちの黒ずんだ小石――変色した硬貨を見つけ出す。そのうちに、ザックが追い付いてきた。
「おい、いきなりどうした……」
「やっぱりあった。これです。よく見てください。記念硬貨です」
ロザリーが拾いあげたのは、小さな黒く平べったい石だ。
しかしよく見ればこれは石ではない。黒ずんで変色したコインだ。よく見れば、ちゃんと国王陛下の顔も文字も刻まれている。
「嘘だよ。記念硬貨って金ぴかのキラキラなんだよ? こんな黒いのじゃない!」
「でも見てください。ここにちゃんと在位三十年と書いてあります」
袋にはない、というボビーの言葉をうのみにしていたこともあり、ロザリーも色で判別してじっくり刻印までは見ていなかった
だから、気づかなかったのだ。
コインは最初からずっと袋の中にあった。ただし、自ら色を変えていただけだ。




