初めての失せもの探し・2
「香りだけで何か分かったのか?」
一歩後ろをついてくるザックが問いかけるので、ロザリーはとりあえず今の所見を告げる。
「まだ何とも……。ただやっぱり、チェルシーさんは違う気がします」
「ほう」
階段を上る途中で、騒がしい声が聞こえてきた。
「お客さん、俺たちは宿のお客のために一生懸命やってるんだ。それを疑われるんじゃ、やってられないよ」
男性の声だ。ロザリーは不思議に思って一気に階段の残りを駆け上がる。
ゲイリー親子に向かって、必死に訴えているのは大柄な男性だ。レイモンドと同じエプロンを付けているから彼もこの宿の従業員なのだろう。四角い輪郭で、たれ目が特徴的だ。年齢はレイモンドと同じくらいだろう。
「ああ、あいつはランディ。昔からいるここの従業員だよ」
疑問に答えるように、後ろから追いかけてきたザックが教えてくれる。
「そうなんですね」
「チェルシーが一生懸命やっているのは、あいつが一番近くで見ているから、疑われたのが悔しいんだろう。だが今の状況でゲイリー殿を怒らせるのは得策じゃないな」
はあ、とため息をついてロザリーを追い抜かした彼は、厳しい顔でランディを叱咤する。
「お客に向かってその態度はないな、ランディ。下がっていろ」
「ですが、ザック様」
「チェルシーの疑いはこの令嬢が晴らせてくれる。心配するな」
ランディは、ロザリーに目を向ける。たれ目だが、顔つきがいかついので迫力がある。
「え、えっと。私はチェルシーさんが犯人だとは思っていません。ちゃんと真犯人を見つけますから」
怯えつつ答えると、ランディは途端にくしゃりと顔をゆがませ、ロザリーの両手をギュッと掴んだ。
「頼む。頼むぞ。チェルシーみたいないい子が疑われるなんてあんまりだ。俺、俺はっ」
さめざめと泣き始める。
どうやら見かけによらず、この青年はかなり人がよさそうだ。レイモンドと同じくらいの年齢の男にさめざめと泣かれて、ロザリーはどうしたらいいかわからなくなる。思わずザックに助けを求める視線を送る。
「ほら、ランディ、邪魔だ。お前は仕事をしていろ」
「ザック様ぁ。頼むよ、頼むよー。チェルシーがかわいそうだぁ」
なんだか責任が増した。しっかりやらなきゃと思うと同時に、ちゃんと見つけなかったらランディはまた泣いてしまうのではないかと気が気ではない。
前を見れば、ボビー少年が頬を膨らませている。
「僕だって嘘なんてついてない。無くなったんだ。……大事なものなのに」
疑った自分が責められていると思ったのだろう。ボビー少年が落ち込み、それを見たゲイリーがランディに腹を立てている。どちらの気持ちもわかるだけになんとも言い難い。
「……あの子が、嘘をついているとも思えないんです」
「だな」
「でもチェルシーさんがやったとも思えません」
言い切ったロザリーにザックは興味深げにつぶやく。
「なぜそう思う? 君はチェルシーのことを何も知らないだろう?」
ロザリーは階段の上から階下を眺めた。
たしかに、彼女自身の人柄は何も知らない。だけど、つくりの古いこの宿に入った瞬間、清浄な空気を感じた。階段の手すりも磨き上げられ、細かなところの掃除も怠っていないのがわかる。
「空気が、綺麗なんです。それってチェルシーさんが丁寧にお掃除されているからですよね。それに、この宿は温かみがあります。入口の花壇にあったお花が、そこかしこに飾られています。おそらくあれもチェルシーさんが飾っているんですよね? ……お仕事に、プライドを持っている人だとお見受けします。そういう方が、盗みを働くことはないと思います」
「へぇ」
「お姉ちゃん! この部屋だよ!」
「あ、はーい」
ボビー少年に呼ばれて駆け出したロザリーは、後ろにいるザックが、穏やかな微笑みを浮かべていることを気づかなかった。
さてはて、部屋の検分である。
親子が泊っていたのは小さめの個室で、ベッドが二つ入っていっぱいいっぱいという感じだ。
ベッドは一つが窓際、もう一つが壁際にくっついている。
「ボビー君が寝ていたのは窓際のほうですね?」
「そう。そこの窓の桟に濡れた宝物袋を干していたんだ」
「中身は入ったままで?」
「うん。入れたまま置いておいた。朝にはちゃんと乾いていたよ」
「……ちょっと失礼しますね」
ベッドに乗らないと窓にも近づけないので、靴を脱いで布団の上を膝立ちで移動して匂いを嗅ぐ。
布団からは、ボビー少年とチェルシーの匂いがする。ベッドメイクをしたのだからそれは当たり前だろう。
ラベンダーの香りはほんのりとついているにとどまっている。むしろ窓の桟のほうが強い匂いを発している。
ここに干していたというのは間違いなさそうだ。
ふたつのベッドの間には小さな机があり、そこからも強くラベンダーの香りがした。
「ここで、宝物袋を開けたりしましたか?」
「したよ。朝にそこの机に広げて中身が確認したんだ。それで、硬貨が無くなってることに気付いたんだよ」
机にはランプがのっていて、後は本を一冊のせる程度の大きさしかない。だとすれば床にこぼれることもあるだろう。聞いてみると、小石やガラス玉は落としたけれど、拾いあげたとボビーは証言する。
「ちょっとベッドをよけてみましょうか。男手もありますし」
じっとザックを見つめると、彼は観念したように「わかった。いいよ」といい、ゲイリーとともにベッドをずらす。部屋が狭いので、そう大きくは動かせなかった。
さすがに清潔を誇るチェルシーの掃除も、家具をどかさないと行えないところにまでは及んでおらず、綿埃が落ちているが、これといって大きな落し物はない。
「これは……石ですもんね」
「あ、でも、これも俺の!」
ボビー少年はロザリーの手から平べったい小石を奪うと、腰の宝物袋に戻した。
この様子だと、ボビーは宝物袋の中身の総数は覚えていなさそうだ。
大型の家具の隙間もくまなくチェックしたが、特にそれらしいものは見つからなかった。
「……ありませんねぇ」
ロザリーもわずかに困り果てる。部屋の中にもう少しヒントがあるのではないかと思ったのだ。
今の状況からわかることは、記念硬貨は袋から落ちて転がったりもしただろうが、最終的には袋に戻っただろうということだけだ。




