オー窟条約締結日
・・・翌朝を迎え、習慣の漁にでる。筋肉痛はすっかり癒えたようだ。網を取りに熊田さんの部屋に入ると隅で丸く収まっている熊田さんがいた。昨日の言葉は伝わったようで安心した。
滝壺で網を投げる。おお、今日は大漁だ。14匹が獲れた。急いでオー窟に向かう。半数を堀に放して玄関をくぐると、リビングのテーブルで姿勢を正して待つ熊田さんがいた。・・・このまま待っていれば食事ができると思っているのだろうか。滞在は条件付きで許可したが、そんな義務はない。気づかない振りをして通り過ぎ流し台に網を下ろすと、流しの中に熊田さんの果実・・・仮にクマダミと呼ぼう。クマダミが2つ置いてあった。そうか。義務は果たしたから責任を果たせという訳か。座して食を待つその堂々たる姿に納得がいった。いいだろう。今回だけだと告げて朝食を用意した。
熊田さんの為に大量に用意した焼き魚は彼?の胃袋に全て収められた。その為、こちらの朝食はなくなった。・・・これは。・・・これは、怒ってもいいんだろうか。いや、待て。後の教訓と為すべきでは上策ではないか。一時の感情に押し流されて、ここまでフレンドリーな生き物を排他してよいのか。自重、自重と繰り返す。・・・なんとか落ち着いてきた。そうだ、今後は出す物を別の皿に分けよう。
食後の午前中は、今後彼?が増えることによって食料備蓄計画に破綻がみられたため、爆裂弾と星狐の採取に赴くことにした。まだ堀には魚がいそうだったか、昨日一日で如何程食われたか解らない。クマダミの場所は何度問いかけても頑なに返答を拒んだため、今後の食料事情の改善にむけ唯一とれる選択肢だった。一人でいくだけでは数日分しか獲れないため熊田さんに声を掛け、大きな麻布を持たせた。熊田さんは何をするのかわかっていないようだったが、昼飯以降の食料がないことを告げると渋々ついてきた。豚橋を渡る時、束の間プールの方を見ていたようだが先を急いだ。
結果、実は大量に採取できた。しかし、果樹園はまだまだ完熟してないものも残しており穫り尽くすといった心配はなさそうだ。あとは昼食で何れ程の量が消費されるかが最大の懸念事項だが・・・。帰り道、大きな麻布を風呂敷替わりにし背負った熊田さんは、幾度となく小休止を主張してきたが知らぬ存ぜぬで通した。その理由は単純明快だ。彼?の表情は読みづらいながらも疲労感を精一杯だしていたが、口もとからは唾液がだだ漏れだったからだ。気づいていないと思ったのか熊田さん。いくら小刻みに震えたって流石にそれはわかる。
豚橋を越え、オー窟へとたどり着く。荷物をテーブルに降ろすと、熊田さんはもう鼻をヒクつかせていた。口から漏れる唾液はテーブルに大きな染みを作っている。駄目だ、このまま野放しにしたらあっという間に食い尽くされる。果実を挟み、テーブルに向かい合わせに座ると熊田さんある提案をもちかけた。
「毎日もらう2個の実は家賃代。そしてここまで背負ってもらったのは今朝の朝食代だ。」熊田さんは、鼻をヒクつかせるのをやめてこちらを見ている。「こちらに食事を提供する義務はない。この果実も食べたら駄目だ。」途端に、自分にも解る程熊田さんの表情が絶望の色に染まった。「だが、こちらもそこまで非道ではない。歩み寄る用意がある。」・・・熊田さんは静かにこちらの出方を伺っている。「要は物々交換だ。失礼ながら仮に熊田さんと呼ばせてもらうが、熊田さんが食べられる物、今まで食べていた物一つにつきこちらも一つ食料を提供する。こちらが用意するのは魚、この爆裂弾、星狐だ。」爆裂弾と星狐はそれぞれの実を手にしながら説明した。・・・熊田さんは微動だにしない。通じているのか、いないのか。「熊田さんは食べられる物なら何を用意してもいい。一つにつき一つだけ。このテーブルに置けば、堀の魚を食べてもいいし、この果物を食べてもいい。要望があれば調理もする。」熊田さんが僅かに反応を示す。もう昼過ぎだ。お互い朝から動いて空腹。条件を提示するにはいい時分だろう。「家賃と食料を提供するならあとは自由に過ごして構わない。こちらも魚と果実は絶えず用意する。そういう条件で、どうだ。」・・・長い沈黙が訪れた。あっさり折れない所をみると、彼?にも何か葛藤があったのではないかと考える。しかし、沈黙の中でも絶えずテーブルの染みは広がりつつあった。駄目押しとばかりに堀の魚を焼く。そこで、折れた。焼き魚をテーブルに並べたところで、彼?尻尾がそろそろと焼き魚に伸び、手ではたくとこちらの顎をしゅるりとなでた。相変わらず頭にくる肯定の仕方だが、その尻尾をがしりと掴む。熊田さんがニヤリと笑った(ような気がした)。・・・ここに交渉は成立した。貴方が顎を撫でたから、七月六日はオー窟条約締結日。どんだけ引っ張んだこのネタ。
その日から、一週間が経過した。その間、こちらは投網漁と果実の採取を日課とし、せこせこと食料補充と周辺探索に努めた。一方熊田さんはというと、相方の食に対する情熱を甘くみていた感は否めない。条約の締結翌日から彼?は早速行動を起こした。漁から帰るとクマダミ4個と共に堀の魚2匹がテーブルに置いてあった。当人である熊田さんはというと、テーブルで座して待つを体現した格好だ。悔しいながらも堂に入っている。そうか、家賃差し引いて2匹を調理しろってことか。とりあえず焼くと、ペロリと丸呑みしてのそのそと家を出ていく。朝は毎日そんな感じだった。驚いたのはその日の夕刻。採取と探索から帰ってくるとテーブルに山盛りの様々な種類の果実や草、茸、小動物、川魚が置いてあった。熊田さんは座して待つを体現した格好だ。やや得意気だった。少しながらも表情がわかってきてしまった自分に更に驚く。・・・あれ、俺、彼?を理解し始めてる・・・。
食せる物、食せない物を慎重に判別すると、およそテーブルの山はおよそ10分の1になった。これだけでも結構な量がある。熊田さんに、ここにあるものだけ食料と判断すると伝えると、やや不満気な表情だったが仕方がない。熊田さんが用意した数量と同数の果実を出すと、貯蔵の3分の1にもなった。あれ、なんていうんだっけこれ、自転車操業。その日は食事を終えるとお互いの歩み寄りがいかに有効であるかを熊田さんに説いた。骨は折れたが、これは必要な行程だった。その中で、生き物は魚と言わず川辺のものは生きてる内は堀に放して欲しい、小動物は食料に数えないと伝えた。小動物に関しては、鼠や土竜、イタチの類だったので食料換算は難しい。飼うにも餌や糞のリスクが伴うのだ。今はウチに愛玩動物を養う余裕はない。
その日からは、熊田さんは朝食を済ますとこちらが示した物を午前中に獲りにいき、午後はプールや温泉で過ごす。こちらは午前に漁と採取、午後探索か熊田さんと共同作業といった流れになった。時折、堀やプールの傍で大きな蛙や蟹、豚橋を渡る白銀のイタチ、果敢にも押入れ草畑の壁をよじ登ろうとする熊田さんの姿を見かけるようになったが・・・。とりあえず、壁にはねずみ返しをつけて置いた。
そんなこんなで過ごしていたある日。その日の午後は熊田さんに声をかけ、果樹園から大量の仕入れを行った帰りだった。熊田さんには果実10個で手を打った。帰途の彼?は、もう口元が滝。豚橋を渡り、庭の歩道を歩き、そこで気づいた。あれ、ネットが低い。オー窟の入口の辺りがこんもり盛り下がっている。・・・。やば。あったのか。最悪身投げか。熊田さんに急いで背中の荷物を降ろすよう伝え、ネットの手前で前脚をついて踏み台になってくれるよう頼む。熊田さんも、自分の慌てように何事か異常を察したようで素直に従ってくれた。ありがとう、今日は魚2匹おまけするわ。
ネットに上がり、慎重に近づく。モンスターの類かもしれない。一応、偽装は施していたが、誤って獣の類が落ちたかも知れない。慎重に枯れ枝や葉、土を取り除いていくとようやく、その全貌が見えてきた。髪は亜麻色、肩より長い髪で雪の様に白い肌の女性、そして胸元に抱えられた女性とよく似た少女。共に意識がないようだが、間違いなく2人の人間だった。
それを発見した瞬間、身体が稲妻が走った。直感で理解したのだ。ああ、樹海エンドのフラグは折れたなと・・・。
プロット達成率10%




