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熊道的措置

 巨体の熊が水堀で壮絶に溺れている。迫力のある光景だった。そして、あまりにもシュールだった。

 ・・・気を取り直して倉庫化している空室からロープを持ってきた。気づくかな、熊田さん。一方を輪にして投げた。まったく気がつかないようだ。「熊田さーん」と声をかける。水面から顔を出した時、ちらりとこちらを見た。良かった、気づいたようだ。熊田さんが必死でロープに前脚を通した。よし、今引き上げるからな。熊田さんがロープを引っ張った。瞬間、俺は空を舞った。


 それはそうだ。熊田さん、推定体重300kgはあろうかというご立派な体格の持ち主であらせられる。片や体重70kgという中肉中背のいわゆる典型的な日本男児。長い滞空時間を経て見事熊田さんの横に着水する。二人してしばらくそのまま溺れていたが、その内に土魔法で足場をつくることを思いつき何とか難を逃れた。始めからこうしていればよかった・・・。


 ・・・荒い息を整える。シャツを脱ぎ、水を絞った。一息つけた所で熊田さんの方に目をやると俯き地面にへたり込んだまま微動だにしない。目も虚ろだ。濡れそぼって3割程萎んだ姿を見て、・・・なんだか憐れになってきた。仕方ないので、風呂場からタオルを持ってきて拭いてやる。熊田さんは拭いている最中でもまったく反応せずされるがままだった。後悔しているのだろうか。じゃあ、何で水の中入ったんだよアンタ・・・。

 こちらにも被害が及んでいるのでこれ以上の関わり合いになるのは御免だったが、見捨てるには流石に良心の呵責が大き過ぎた。拭いている最中気づいたのだが熊田さんは小刻みに震えている。彼?はおそらく寒いんじゃないのか。せめて身体が温まるぐらいまでは面倒を見てやるか。仮にも自分が設置した水堀で溺れたわけだし。人道的にも熊道的にもそこら辺が落としどころだろう。


 足場を築いた水堀を元の形へと戻し、熊田さんを家に招く。招待する際は、別れの合図が役に立った。それまで一切の反応を見せなかった熊田さんだが、唯一それだけには応答した。のそりと身体を起こし、ついてくる。そのまま風呂場まで連れて行き、まず始めに自分が湯に入ってみせた。熊田さんはやはり最初こそ警戒していたものの、危険がないとわかると堂々たる姿で湯に浸かった。今は風呂の縁にもたれ、景色を楽しみながらくつろいでいる。鼻歌でも歌いだしそうな佇まいだ。熊でもわかるのか、この粋を。


 十分湯に浸かった所で、熊田さんに「そろそろ上がろう。」と一応声をかける。熊田さんも上がるようだ。脱衣所で「これ、よかったら。」と荒い麻布を渡し、自分はタオルで身体を拭く。熊田さんは毛皮もあるから一枚じゃ足りないかもしれないが、これしかない。麻布はすぐにびしょびしょになったが、浴室の床でタオルを踏んで水を絞ることを教えると次から自分でするようになった。熊田さんは随分と賢い。もしかしたら、人語を理解しているのだろうか。


 リビングへ移り、テーブルを挟んで二人でうお茶を飲む。熊に合うコップはないため土鍋で出した。熊田さんは荒い息をしながらちびりちびり舌で舐めていた。そんな所は猫なのかよ。・・・このパターンは2回目だった。

 良いお茶請けもないため、生簀から獲ってきた魚を捌いた。調理中、熊田さんはまだうお茶と格闘していたが思い切って話かけてみる。

 「名前、熊田でいいか?」・・・熊田さんは土鍋へ向けた注意を止め、?といった感じでこちらを向いた。今度は熊田さんを指差し、丁寧にく・ま・だと発音した。熊田さんは、そこで始めて自分を言われている事に気がついたようだった。重ねて、熊田さんと言うと彼?の長い尻尾がしゅるりと俺の顎を撫でた。・・・何だ、この表現は。YESか、熊田流YESと受け取っていいのか。なんとなく上から見られている気がして不愉快になったが、熊田さんだしな。いいか。

 調理した刺身と焼き魚を熊田さんの前に並べてみた。勿論、陶器は使わず大きな葉でだ。熊田さんは暫く匂いを嗅ぎ、瞬く間に平らげた。平らげたはいいが、いつまでも葉を舐めている。・・・時折り、こちらをちらりと見てくる。俺は見て見ぬ振りをした。

 食後、熊田さんに帰るのか確認する。・・・通じていないようだった。やはり人語は理解できていないのだろうか。仕方ないので空室を片付け寝床をつくる。といっても物を寄せただけだ。それ以上する義理はないだろう。帰るならいつでも帰ればいい。こちらは明日の丸一日、強敵(筋肉痛)の襲来に備えなければならないのだ。他人を気にかけている余裕はない。熊田さんに寝るならこの部屋を使うよう伝え、何とか日が暮れるまでに果物を採取した。時間的に多くは摘み取れなかったが、明日一日やりすごせればいい。


 採取のついでに小ぶりだが可憐な花を二輪摘み、自室と客室の机に花瓶に活けて飾った。明日は一日この花で心の平安を得よう。そう安堵して床に就く。心の準備は整った。後は受け入れるだけだ。若さの代償(老い)を・・・。



 


 

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