第三章 手掛かり
ルーカス・グレイヴスとの授業は、その日も静かに始まった。
朝の書斎には柔らかな光が差し込み、机の上には資料が整然と並べられている。
何も変わらない光景だった。
だが、エリアスの中には説明できない引っかかりが残っていた。
家系記録に感じた歪み。剣術訓練の最中に頭をよぎった疑問。そして、腕の傷を見た瞬間に見せたルークの一瞬の反応。
どれも小さなことだった。それでも、なぜか忘れられない。
「今日は貴族制度と家系管理について確認します」
ルークは淡々と告げた。
エリアスは黙って資料を受け取る。
授業が始まった。
継承、婚姻、出生。王国の貴族社会を支える制度についての資料が並んでいる。
資料は整っていた。少なくとも、そう見える。
ページをめくりながら、エリアスはわずかに眉をひそめた。
一部の記録だけが途中で途切れている。参照先が見当たらないものがある。だが、それだけなら珍しいことではない。古い資料にはよくある話だ。
問題は、それが何度も現れることだった。
別の資料を開いても、別の家系を調べても、年代が変わっても、似たような欠落が残っている。
情報そのものが消されているわけではない。存在はしている。だが追おうとすると途中で途切れる。
気のせいと片付けるには、同じような欠落が多すぎた。
エリアスは無意識にページをめくる手を止めた。
その時、一つの死亡記録が目に留まった。
特別な内容ではない。
それでも視線が止まった。
記録そのものではなく、処理の流れに妙な空白がある。理由は分からない。ただ、その記録だけが不自然に浮いて見えた。
先ほどから見ていた欠落。途切れた記録。説明のつかない空白。
頭の中で、それらが少しずつ重なり始める。
偶然なのだろうか。
それとも――
「そこまでです」
不意に落ちた声に、まとまりかけていた考えが霧散した。
ルークは資料から目を離していない。
それなのに、まるでエリアスが何を考えていたのか知っていたかのようなタイミングだった。
「次へ進みます」
淡々とした声だった。
感情は見えない。説明もない。ただ授業だけが先へ進んでいく。
エリアスは資料へ視線を落とした。
自分は何を考えようとしていたのか。
証拠はない。結論もない。資料の欠落に意味があると決まったわけでもない。
それでも、考えがまとまりかけた瞬間に遮られたことだけは気になった。
その後も授業は続いた。
話題は変わり、資料は閉じられる。書斎の空気も元の静けさを取り戻していく。
ルークも変わらない。
最初から何もなかったかのように。
やがて授業は終わった。
ルークは静かに立ち上がり、一礼する。そして部屋を出ていった。
足音はほとんど聞こえない。
気配だけが、わずかに遅れて消えていく。
残されたエリアスは机の上の資料を見つめた。
資料の不自然さは説明できるかもしれない。自分の考えすぎだったのかもしれない。
そう思おうとしたが、うまくいかなかった。
答えは見つからなかった。
それでも、何かを見落としている気だけはしていた。




