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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第1章 時の止まった公園
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開幕:時間停止中の過ごし方

 校庭には、物理現象を無視したように硬直する人間の姿ばかりがあった。

 男子生徒が片足を上げたまま固まっている。普通だったらそんな状態で停止していると左右前後に倒れ込んでしまう。しかし今は、アンバランスなままでもまったく倒れ込む気配がない。

 自転車に乗った生徒も、ペダルを漕いでいる途中で止まっている。こちらも停止していたら倒れるはずなのに、真っすぐの状態でピタッと固まっている。重力の影響すら受けていない。

 これら全て、時間が再び動き出せば、何事もなく進んでいくのだろうか。


「君の家はどっち?」


 俺と一緒に体育館を出た恋鐘先輩がそう聞いてきた。


「西門を出て右ですけど、どうやって行くんですか」

「どうって、歩いてだけど」

「結構距離ありますよ。俺、チャリ通学です」


 第一校舎に隣接するように作られた駐輪場を指さす。古びたトタン屋根の下に並べられた自転車の列には、今まさに乗ろうとしている生徒や、自転車を押している生徒たちが、そのままの格好で固まっている。


「恋鐘先輩なら俺のチャリの時間停止も解除できますよね。何なら後ろに乗っけていけますけど」

「いいの~そんなこと言って? 乙女ゲーならフラグ回収だよ君?」


 ニヤニヤ笑った恋鐘先輩は、しかし首を振って言った。「でもやめとこ」


「この世界では道路でも容赦なく色んなものが停止してる。触ってわかっただろうけど、コンクリとか目じゃない。アダマンタイトとかオリハルコンとかカッチン鋼も比較にならない。なにせ“世界の法則がそう”なんだ。スピード出してぶつかりでもしたら、衝撃が吸収されず全部こっちに返ってくる。痛いよーぶつかったら」


 比較対象が不真面目だが、理解はできた。車だろうが人だろうが猫だろうがコーンだろうが、全て障害物になっているわけだ。どれにぶつかっても跳ね除けることすらできず競り負けてしまう。障害物を二人乗りで器用に避けながら進むのは、確かに危険だ。


「その口ぶりだと、先輩も試したことがあるんですか」

「うん。時間停止中にどこまで行けるか確認しようとしてね。自転車漕いで結構遠くまで行ったよ。10キロくらいかな?」


 そう言った恋鐘先輩は、こちらを見て意地悪げに唇の端を釣り上げた。


「いま、こいつ暇そうだなって思ったでしょ?」

「……まぁ」

「もうこいつ呼ばわりなんて、自分の所有物のつもりかしら」

「事実を改変するな話を戻してください」


 容赦のない言葉にも恋鐘先輩は笑いながら、頭の後ろで手を組んだ。


「まぁ続けるとね、他にやることないんだもん。いつ終わるかわかんないしさぁ。これまでたくさん色んなことを試したもんだよ。君も時間停止中の暇潰し、考えておいたほうがいいよ」


 暇潰し。急に言われてもあまり浮かばない。音楽を聞いたり漫画を読むくらいか。映画は見れるのだろうか。今はとてもじゃなが、どんなことをして過ごそうだなんて考えられなかった。

 俺達は歩いて西門を抜け、右へと曲がる。今から向かうのは俺の家だ。正確には祖父母宅。

 恋鐘先輩は体育館から出る前に、俺にこう説明した。


 ――今回の時間停止が24時間以上続く場合、さすがに学校でずっと待っているわけにもいかないでしょ。でも帰って寝ようとしたら、君の布団は時間停止してカッチカチだよ。ボクが解除しておいたほうがよくない?


 学校で寝泊まりするなんて発想がなかった俺は面食らったが、しかし彼女の言う通り24時間学校で過ごすなんてことはできれば回避したかった。家で過ごしているほうがまだ安心できる。

 ここで一つ問題がある。俺達以外の人間は、時間停止現象が知覚できない。つまり俺が時間停止中に自宅に戻ってしまうと、他の人間からは俺が急に消えたように(あるいはテレポートしたように)見えてしまう。それはどうするのかと尋ねたら、うまく帳尻を合わせて、と言われた。良い解決策は無いらしい。恋鐘先輩自身も、その時々で色々誤魔化しながら生きてきたと言っていた。さっそく不安ではある。


「先輩は、この現象にいつから巻き込まれたんですか」


 道すがらに聞く俺の声はよく響いた。

 周囲には田園や用水路や住宅、遠くには県道とそれに沿うように連なる商業店舗が見えるのに、どこからもまったく音がしない。曇りのない晴天でも暑さを感じず、頬を撫でる風もない。バーチャル空間を歩いているような錯覚を覚える。


「十歳のときだね」


 恋鐘先輩が前方を向いたまま答えた。

 予想よりもかなり昔だった。今までの会話からして少なくとも半年以上前だと踏んでいたのだけど、優に超えている。


「じゃあ、今回で何回目ですか」

「さぁ、わかんない。途中から数えるのを止めちゃった」


 おどけたような答え方だったが、胸の奥がざわついた。

 たとえば10歳から開始したとして、恋鐘先輩は17歳くらいだから、7年間の経験期間になる。1年に数回程度の発生頻度なら、せいぜい50回以下だ。数えられなくなるほどの回数じゃない。

 恋鐘先輩がものぐさで単純に数えなくなっただけか、それとも覚えられなくなるくらい数が多かったか。前者であることを願いたい。


「多いことは間違いないんですよね?」

「そだね、たぶん」

「そうですか……でも、納得しました。どうりで慣れてる」

「もう飽きたよね正直」


 恋鐘先輩が歩くたびに、やたらに長い髪の毛が腰の辺りで揺れていた。長すぎて鬱陶しくないのかな、なんて考えてしまう。


「でも、最初は違ったんですよね」

「そりゃね、大変だったさ。ボクがこの現象に巻き込まれたとき、ボク以外に動ける人はいなかった。しかも十歳だし。自分ではどうにもできずに泣きわめくしかなかった。あ、次はどっち曲がるの?」

「右です。そのときは、どうしたんですか」

「幸運なことに一日で元の世界に戻った。死なずに済んだ」


 のどかな景色とは不釣り合いな台詞が出てくる。

 一日。それは幸運と呼べるのか。24時間も一人で、しかも十歳なら生活能力などほとんど無いはずだ。

 俺の疑念は、次の言葉で当たっていたことに気づく。


「と言っても、何もできないから衰弱しててさ。両親は凄くびっくりしてた。ほんの一瞬前まで娘は元気にお喋りしてたのに、瞬きしたらいきなり倒れてたんだ。そりゃ慌てるよね」

「自宅で起こったんですか」

「うん。そのときは時間停止を解除できるなんて分からなかったから、家から出るって発想もなかった。ひたすら両親に呼びかけて泣き叫ぶしかできなかった」

「それは……」


 さぞかし辛い経験だっただろう――という言葉が出かかって、俺は飲み込んだ。

 恋鐘先輩にとっては既に過去のことだ。初対面の他人が同情しても、鬱陶しがられるだけのような気がした。


「それでも時間停止はやってくる。二度目は三週間後に起こった。そのときは三日間続いた」


 単なる過去の情報なのに、実際に目にしたわけではないのに、俺は気分が悪くなった。


「夜中だったんだけどね。さすがに一度経験しているし、自室から出るときにドアの時間停止が解除できたから、自分だけはこの世界でまともに動けるんだって確認が取れたのも大きかった。何とかするしかないと思って、食べられるものの時間停止を解除して食いつないで、元に戻るまで凌いだ」

「両親はどうされたんですか」

「元に戻った後、大学病院にボクを検査入院させたり、薬物治療を試みた。有名な神社でお祓いさせられたり、霊媒師とかに会わせられたりもした。もちろんどうにもできなかったよ」


 話しぶりからして、両親がかなり錯乱していたことが伺える。

 娘が急に痩せこけて、時間停止に巻き込まれたなんて非現実的な話をすればそうもなるだろう。普通に恐怖体験だし、祈祷なんて非科学的な手法を頼ったのも、呪いとかそっちの類だと疑ったのかもしれない。


「じゃあ、その後は」

「紆余曲折あって、結果的に両親は諦めた。今はただボクが死なないようにサポートしてくれている、という感じかな。次はどっちに行くの」

「真っ直ぐでいいです」


 説明しつつ彼女の横顔をチラと覗き見る。深刻な話をしているのに、悲嘆も苦痛も浮かんでいない。凪、という言葉が似合うくらいに平然としている。

 これまでのことを色々聞きたかったのだが、逆に俺は躊躇ってしまう。“紆余曲折”でまとめたのは、あえて誤魔化した、とも受け取れる。根掘り葉掘り聞いてもいいのか、逡巡した。


「――暇つぶしって、何すればいいんでしょうね」


 迷った末、俺は少し前に聞いた当たり障りのない発言を蒸し返していた。

 歩道で止まる人たちを避けながら「そうだねぇ」と恋鐘先輩が人差し指を顎に当てる。


「君って趣味とかあるの?」

「特にこれといったことは。体を動かすことは好きですけど」

「一人でできる範囲のこと? それとも複数でやること?」

「ん? あぁ、たとえばキャッチボールとかですか? ……そっちは、あんまり」


 無意識に、左手を右手で握りしめていた。

 俺は小学校まで野球部だった。キャッチボールも大好きだった。

 今は疎遠になっている。この左手じゃボールがうまく取れないから。


「一人でも十分です。ていうか、部屋に篭ってるのが性に合わない」

「そうなんだ。ボクと一緒だね」

「――へぇ」


 俺は目を見張った。恋鐘先輩は小柄で華奢で色白で、とても運動しているタイプには思えない。


「君は部屋でだらけているボクを想像したね?」

「違うんすか?」

「違わないけど、違う」


 どっちだよ。


「いやね、時間停止前のボクはだらけてるよ? それはそれはだらけている。ひたすら惰眠を貪るか海外ドラマを鑑賞するだけで休日が終わる。もちろん一歩も外に出ない。主食はポテチ。髪の毛洗っても自然乾燥させている。怖いか、ボクの怠惰が?」

「怖いっていうかヤバいっす」


 そうだろうそうだろう、と満足げに頷いている。褒めてない。


「そんなボクでも時間停止が始まったら活発に外に出ているんだよ」

「何して過ごしてるんです?」

「そのときが来たら教えてあげる」


 意味深な言葉だ。“そのとき”という言い方は受動的なニュアンスだが、この時間停止の世界で突発的なことが起こるはずもない。あるとすれば、空腹が来たときのように自分の変化によるタイミング、だろうか。


「ボクの暇つぶしはちょっと特殊だからね、真似はおすすめしない。君は君なりに暇潰しを見つけるといいよ」


 引っかかるアドバイスを聞いているとき、ちょうど田んぼの間の田舎道から県道に差し掛かった。この街は大きな駅を中心に栄えていて、俺達が歩いている県道を北上すればその駅に着く。昔は城下町でもあったらしく、野垣城跡地という名所もある。県道沿いには商業施設、オフィスビル、住宅が密集していて、上北垣高校を含めた高校生はこの周辺で遊ぶことが多い。自然と停止中の車や人間の数も増えてきている。

 祖父母宅はこの県道を南下し、途中にある藪木橋やぶきばしという大きな河川を渡る橋を渡った先の、堤防沿いに居を構えている。俺は恋鐘先輩にもう少しだと説明しつつ先導して歩いた。

 互いに無言の時間が続いて、俺は歩きながら自分の世界に入った。

 本当に気になっているのは、これからの生活をどうするか、将来的にどうしたらいいのか、という人生に関わる問題だ。暇潰しのことなんて後回しでもいい。

 さっきは日和ってしまったが、やはり恋鐘先輩にもっと色々突っ込んで聞いてみたい。

 俺は意を決して顔を上げた。「恋鐘せんぱ――」


 隣に、恋鐘先輩がいなかった。


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