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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
序章 時の止まらない少女と俺
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龍造寺恋鐘との出会い④

 恋鐘先輩は、おもむろにバレー部員の肩に触れた。

 女子部員に変化はない。器具を設置しようとしている格好のまま、動き出すことはない。


「つまり道路や食べ物や自動車なんかの“生きているとは言えない”ものに限って、ボクが触れれば時間停止を解除できる。さっきのボールもネットも、ボクが時間停止を解除した」


 最悪な想像に思考を奪われていた俺だったが、黙って聞き流すことはできなかった。


「俺には、時間停止を解除する力がないんですか」

「そーみたいね」

「どうして……」

「さぁ? さっきも言ったけど、巻き込まれたことも君が能力を持たない理由も、ボクにはさっぱり分からない。神様しか答えられないんじゃないかな」


 投げやりな口ぶりだが、決して俺に悪意があるからじゃない。散々考えても解決できなかった諦観から、そう言うしかないのだと伝わる。

 実際、理由を知ることよりもまず自分の置かれた状況をどうにかすることが先決だし、恋鐘先輩はそうしてきたのだろう。

 だがここに来て、時間停止が解除できない俺という存在が加わった。

 恋鐘先輩が二番目のルールを“重要なこと”と強調した意味が、分かりかけていた。


「そして三つ目のルール。時間停止世界で動ける者の時間は、普通に経過していく。これがどういうことか分かる?」


 奇しくも、俺が考えていた可能性の話だった。


「ボクと君はこの世界で老化していくということだよ。つまりお腹も空けば睡眠も必要だし、排泄だって済まさないといけない」


 恋鐘先輩が俺の方へ歩き始める。


「要するに、俺が飯を食わなかったり寝なかったら、死ぬってことですか」

「うん」


 俺の目の前で立ち止まった恋鐘先輩が、簡潔な返事を寄越す。

 天井を仰いだ。当たってほしくない可能性が当たってしまって「最悪だ」と口走っていた。

 自分の体内時計も止まっているんじゃないかと想像したが、甘かった。

 仮に一ヶ月もこの時間停止現象が終わらなかった場合、まともな生活が送れない状態で一ヶ月放置されることになる。この世界では食事はおろか水を飲む手段もない。

 教室の中で急に餓死した遺体が現れた――前に考えた絵空事が、本当に冗談ではなくなる。

 しかし、最悪という言葉は、そんな悲惨な末路に対してのものじゃない。


「大丈夫、安心して」


 照明の光が揺らぎもしない体育館の天井から、目の前の女子に視線を戻す。

 恋鐘先輩は腰の後ろで手を組んで、得意げに笑っていた。


「君はボクと一緒に居れば無事に過ごせる。さっき言った通りボクの方が先に巻き込まれたから。つまり年齢だけじゃなくこの時間停止世界に関しても君の先輩さ。生きていくためのご飯や水も提供できるし、寝床の確保とか解除までの過ごし方なんかもアドバイスできる」

「……そうなりますか」


 俺は目眩がしそうになって、額を手で押さえる。

 彼女に助けてもらえるなら死なずに済む――大いに結構だ。餓死した高校生としてニュースの一面を飾ることはない。

 その代わり、この強引で掴みどころのない女子と関係を築かなければいけない。この先輩に合わせて行動することを余儀なくされる。死ぬまでこうだったら、なんて想像して、あまりの最低さに目眩がした。

 せっかく過干渉な親から離れて自由を得たはずだったのに、別の行動制限(しかも特大の)がついてしまっては、不運としか言いようがない。

 俺は目の前の先輩女子を見つめる。面倒くささは両親よりマシ、と思いたいが。


「俺への警戒心が無くなったのって、ここだと先輩に敵わないから、ですか」

「さすがにわかっちゃった? 正直なところボクとしても安心しててさー。男の子と二人きりで数日間とかちょっとな~ってビビってた。でも君の現状を考えるに、そうはならないと思うんだよね」


 彼女の目が観察するように俺を見つめてくる。

 俺に足かせが嵌められていること、手綱を握っているのは自分なことを、言外に伝えてきている。


「さっきから俺がすぐ手を出しそうな野蛮人に思われてますけど、そんなことしませんからね? たとえ俺が能力的に同じ立場だったとしても、しません。ゲスとして扱われるのは不服です」

「えー? だって二人きりだよ? ボクしか見えない状況だよ? 単純接触効果的にヤバくない?」

「ないです。もっと自分に自信を持ってください」

「何の自信!? えっ、じゃあ君はこの、割と美少女なボクを見ても何とも思わないっていうの?」


 恋鐘先輩は自分の胸に手を置き、心底不思議そうに聞いてくる。

 自分を美少女と評するとか、いい度胸してやがる。

 よって俺は諭してやった。

 

「先輩、そんな考え方じゃいけない。美人だからって男がみんな襲いかかるわけじゃないんです。男にも相手を選ぶ権利があります」

「そっかぁ勉強になるぅ……あれ? ボクけなされてる?」

「たぶん勘違いです」

「たぶんがつくのおかしくない?」


 恋鐘先輩は腕を組んで首を傾げている。

 このまま不毛な漫才をやるつもりは無いので、俺は話題を戻した。


「まぁいくら言っても所詮言葉だけですし、今の状況で結果的に安心したなら別にそれでいいです。それよりも、俺が頼ることになって迷惑をかけることがその……先輩はいいんですか?」

「心配ナッシング」


 恋鐘先輩が親指をあげる。昭和世代がやりそうな動作だ。


「ボクだって、君を放置するなんて寝覚めの悪いことしたくないもん。君はボクに遠慮する理由ができたわけだし、ボクも身の危険を心配しなくて良くなった。確かにお世話することになるけど、それで互いに程よい距離感が保てるなら安いもんさ。いきなり拘束した非礼もあるしね」


 蓋を開けてみれば、俺達は妙に釣り合った関係だったわけだ。

 俺自身に生き抜く術がないのは非常に腹立たしいが、逆に考えれば恋鐘先輩に出会えなかったら本当に死んでいたわけで、そこは幸運と言える。果たして不運を嘆くべきか、幸運を喜ぶべきか、もはや分からない。

 だが現実問題として、ある程度の不都合や窮屈さは許容するしかなさそうだった。死んでしまっては元も子もない。

 終わりの見当たらないない不安は、一旦は心の中にしまっておいた。

 俺は鼻から息を吸ってゆっくりと吐く。一分程度をかけて、腹をくくった。


「……よろしくお願いします」

「うんうん、こちらこそ」


 俺が頭を上げると、「いやー、一時はどうなるかと思った」と、恋鐘先輩が頭の後ろで手を組んで快活に笑う。自称美少女にしてはあまり可憐さは感じられない。


「この現象中で動く人に会ったことなかったからさ、ボクも凄くビックリしたよ。やっぱりボク達以外にも結構いるのかなぁ? そのうち出会ってみたいね」


 俺はその言葉に改めて衝撃を受けた。動ける人間が全然いない、ということも驚きだが、そこは置いておこう。

 いつから巻き込まれているか知らないが、この人は1人きりの絶望的な孤独にどうやって耐えてきたのだろうか。


「あの、今までどうやって過ごしてたんですか」

「そういうのも移動しながら教えたげる」

「移動? どこに?」

「小林君のおうち」


 そう言った恋鐘先輩はニヤリと笑って、体育館の入口へ歩き始めた。


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