龍造寺恋鐘との出会い③
龍造寺恋鐘――声には出さず、胸中で呟く。こちらは中々古風な苗字と可愛らしい名前のセットだ。まぁ他人の名前なんてどうでもいいが。
「教えてくれてありがとう。じゃあ輝路くん」
「ちょっと待て」
思わず中断させる。
「どしたん?」
「なぜ、名前呼び?」
「だって可愛いよ?」
「いきなり馴れ馴れしくないすか」
「きーくんならいい?」
「加速してどうする」
「じゃあこうしよう。私を恋鐘もしくは恋ちゃんと――」
「そういうことじゃないっ」
頭が痛くなってくる。この先輩は本当に俺を警戒してるのか?
「わかったよ。じゃあ小林君、話の続きだ。このバレーボールを触って」
気を取り直したように言った恋鐘先輩は、もう一度バレーボールを指さした。
「腕は伸ばせるでしょ。指でバレーボールを触ってくれるだけでいい。ネット越しで構わないから」
やはり意味が分からない。そんなことをしてどうなるというのか。
しかしこの検証とやらを終わらせないことには、あっちも素性を教えるつもりがないようだ。
俺は仕方なく、バレーボールの方へ腕を伸ばす。ネットが絡まっていて動きづらいが、それくらいは問題なかった。
指でバレーボールに触れる。思い出に残っている球の感触ではなく、コンクリートの彫刻を触ったかのような手触りだった。
「これでなにが分かるんですか」
手を引っ込めて、恋鐘先輩の方へ首を巡らせる。
「よかった。解決だ」
声が近かった。彼女はなぜか、俺の正面にしゃがみ込んでいた。
先ほどまでとは打って変わって、愛想よくニコニコしている。
「意外に早く結論が出せたね。こちらとしてはありがたい」
「は?」
急に何を言い出したのか、この人は。
俺が呆けている間に、恋鐘先輩は俺に絡まっているネットを引き剥がし始めた。ぐちゃぐちゃに絡まっているネットが取り外され、俺はようやく立ち上がることができた。
「……どういうことか分からないけど、俺は危険がないって判断されたんですか」
後遺症の残る左腕を揉みながら、流し目を送る。こうまであっさりと態度を翻されると、逆に俺が不信感を抱いてしまう。さっきの問答で一体なにが判明したのか分からない以上、相手の考えも読めない。
「見てて」
俺に回答することなく、ネットを置いた恋鐘先輩がおもむろにバレーボールに近づく。
彼女は右手でボールに触れると、その手でひょいと掬うように、ボールを持ち上げてみせた。
「――は?」俺の口から間抜けな声が出た。
「なんで……? それ、動かせないんじゃ」
「うん、動かせなかったよ。正確には、君だったら、だね」
恋鐘先輩が目元を和らげた。
「そして、これが君への警戒を解いた理由でもある」
恋鐘先輩がボールを足元に投げる。バウンドしたボールを両手でキャッチして、それを静かに置いた。
見間違いじゃない。彼女が触った途端、ボールが動き出した。
「君はどうやら、時間停止解除ができないらしい」
「時間停止、解除?」
「ボクには出来るんだよ、なぜかね。世界の時間停止現象っていうのは急にやってくるんだ。ずっと前からそうだった。そしてボクだけが世界の中で動けて、ボクだけが時間停止状態を解除できた。なのに、急に君が現れた。なぜかは分からないよ? ボクが動ける理由だって分かってないんだ。能力に差が生じている理由だって見当つかない。そうなんだと受け入れるしかない」
情報の波が一気に押し寄せてきて思考が追いつかない。
徹底的な無音の世界で、俺は彼女を見つめながら、与えられた情報を咀嚼した。
「龍造寺先輩は、止まった物の時間停止が解除できる、と」
「その呼び方やだな。堅苦しくて好きじゃない。恋鐘か恋ちゃんでおk」
なんで真面目な話のときに茶化しだすんだこの人は。初対面だぞ俺。
「……恋鐘先輩で」俺はぶっきらぼうに返す。
「君も頑固だね」何が気に入ったのか、恋鐘先輩が面白そうに笑った。
「ずっと前からって言ってましたけど、どれくらいからですか」
「順を追って説明するよ。君はもう安全だって分かったからね」
彼女は指を三本立てる。「三つのルールがある」
「一つ。この時間停止現象は突然やってくる。予測することはできない。君もそうだったでしょ? ボクも同じ。毎回だね」
予測不能で、回避できない超常現象ときた。本当にオカルトに巻き込まれてることが確定して、気分が落ちていく。
恋鐘先輩は、体育館の中をゆっくり歩き始めた。
「この時間停止現象は突然始まって、あるときに終わる。今回もそうだと思う」
「終わる? 本当に?」
「おねーさんを信じなさい」
その言い方が既に胡散臭いが、しかし彼女の態度からしてこれが初回ということはなさそうだ。
「時間停止現象が終わるとき、時が止まる前の瞬間から何事もなかったかのように全てが動き始める。たとえばこの世界が動画のコマとコマの連続だとすれば、私たちはそのつなぎ目にはまり込んで動けない、って感じかな。当然コマの外に出ている私達のことは誰も認識できない」
俺はその説明を半ば聞いていなかった。終わりがある、ということが分かれば細かい仕組みはどうだってよかった。
しかし次の説明で、俺はまた緊張を強いられた。
「時間停止現象の終わりも予測できない。いつ終わるのかボク達は把握できない。一瞬で終わるときもあれば、数時間かかったり、数日経過するケースもある」
「数日って……!」
考えたくはなかったが、嫌な想像が浮かんできた。
「最長でどれくらい、ですか」
「一ヶ月」
絶句した。
一ヶ月。そんな長期間もこの超常現象に巻き込まれ続ける場合があるというのか。
こんな無音で何も動かせない世界で、時が動き出すのをじっと待っていなければいけないなんて。
いや、それよりも。俺は、もっと悲惨なことになる可能性に気づいた。
「現象の期間がどれくらい続くかは神のみぞ知るって感じで、ボク達はひたすら待つしかない。そこで重要なのが2つ目のルール」
体育館の中を歩いていた恋鐘先輩が、バレー部員の近くで立ち止まっていた。
「ボクはこの世界の中で“無生命体”の時間停止を解除することができる。無生命体っていうのは、自己増殖できず自己変化できないもの、と定義してる」
面白かったらブクマ・レビューよろしくお願いします




