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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
序章 時の止まらない少女と俺
2/15

龍造寺恋鐘との出会い②

「うおっ!?」


 驚きで声を上げながら、咄嗟に両腕で頭を守る。覆いかぶさってきた何かが当たっても痛くはない。しかし、それは全身に絡みついてきた。立っていられず床に転ぶ。


「な、んだ、これ」


 俺に絡みついているのは網だった。腕で押しのけようとしても絡まって遠ざけられない。全身を覆っていることからして、かなり大きい網だ。

 触りながら気づく。これ、バレー部が使っているバレーボールネットじゃないか。

 察した瞬間、背中に軽い衝撃と重みがのしかかって来た。

 俺は床に這いつくばるような格好になる。


「さてと」


 首だけ巡らせて、俺の背中に乗ってるそれを確認する。

 女子生徒だった。

 網の隙間からなので見えづらいが、紺色のセーラー服は確かにうちの高校の指定制服だ。


「君、何者だい?」


 俺の背中に座っている女子は、どこか形式張った問い方をする。

 喋っている。動いている。俺は何度も瞬きをしてそれを確認した。


「おーい? 人が質問してるんだから答えなさーい」


 間違いない、意思疎通できる存在だった。


「あの、動けるん、ですか?」

「見れば分かるでしょ。君も動けるみたいだけど、どこまで動ける?」

「どこまで?」

「これは何回目?」


 矢継ぎ早の質問に、俺は答えられなくなる。質問の意図がまるで読めない。

 感動が薄れ、警戒心に変わっていく。

 女子は、この状況にもまるで動揺していない。こちらを値踏みするくらい落ち着き払っている。俺とはテンションが違いすぎる。

 冷静になって考えれば、このネットはどこで調達したのだろう。ここに来るまで俺はなにも動かせなかったのに。というかネットを投げてきて俺の動きを封じたのはなぜだ?

 この女は、危険な人間なのか?

 女子が立ち上がった。何をしているのか確認しようと態勢を変えたとき、いきなり引っ張られ始める。

 なぜか俺は寝転んだ状態で、ネットごとズルズル引きずられていた。


「重ーい! 君、何キロあるんだよ!」


 彼女の体格はかなり小柄で手足も細い。片や俺は175センチある長身の部類だ。床と接するネットの網目の接触面は点になるので、摩擦抵抗はほとんどないにしても、運んでいくのは相当苦労するだろう。そこまでして一体なにがしたいんだ。


「おい、俺をどうするつもりだ!」

「ねー何キロか聞いてるんですけど?」


 不満げに言われる。そこまで重要な会話だったのか、いまの。


「――65キロ」


 どう返されるか気になったので答えてみる。うへぇ、と引っ張る女子はげんなりしたように言った。


「明日は筋肉痛決定だね」


 それで会話が終了した。

 ズルズルと牛歩のスピード感で引きずられ続ける。


「――っおい!」


 俺が声を上げると、「えー?」引きずる女子生徒が投げやりな感じで振り返る。


「何で聞いたんだ!」

「え、雑談?」

「今することじゃないだろ!? ていうか質問に答えろよ!」

「こっちの体重も教えろって?」

「違う!」

「ボクはね、ひ・み・ちゅ」


 なんだこのダルい会話。緊張しているのが馬鹿らしくなるくらい適当な態度だ。遊ばれているのだろうか。

 すると、引きずられる動きが止まった。チャンスだ。この隙にネットから脱出しようと藻掻く。が、うまくいかない。左手がうまく動かせず、網が退けられない。

 俺の左腕には障害がある。日常生活で不便はないが、今の状態では露骨にハンデになっていた。

 心中で舌打ちしていると「逃げないの」と静かに言われる。

 俺の目の前には女子が立っている。そこでようやく、相手の姿をしっかり視認できた。

 背丈は低い。150センチ無いかもしれない。手足もほっそりとして、陽に当たっていないのかと思うくらい肌が白い。ただ病的な細さではなくて、女性らしい丸みを帯びた体型だ。

 顔も小さいが、目と瞳が大きい。鼻や唇が小さいので余計に目の大きさが目立つ。パーツそれぞれが均整が取れていて、美人の部類に入るのだろうと感じる。

 一番印象的なのは、艶のある長い黒髪だった。あまりにも長くて、肩どころか腰まで届きそうになっている。教師に注意されそうな長さだ。

 地べたに這いずった格好で見上げると、彼女は床を指さした。


「それ、動かせる?」


 彼女の指先を視線で辿る。体育館の床にはバレーボールがあった。バレー部が出してきたものの一つだろう。そういえば、バレー部の部員たちに近い場所まで移動させられていた。


「触ってみて」

「ど、どうして」

「検証だよ」


 理解できない。検証とは何を確かめるのだろう。

 しかし彼女はそう言ったきり、また観察するように俺を見つめている。

 黙っているだけではずっとこのままのような気がした。言うとおりにしないと先には進めないのだろうか。

 仕方なく手を伸ばそうとして、網が邪魔になっていることに気づく。


「あの、ネットが巻き付いてる」

「うん」

「動かしづらい」

「はい」


 はいじゃないが。


「そうじゃなくて、手に網が絡まってるから持てない」

「大丈夫、触ってほしいだけ。それで分かる」


 なにが分かるというのか。

 俺は眉間に皺を作る。不安が一つも解消しない。


「……ていうか、俺は何でネットで拘束されてんだ」

「分からない? 君が男で、ボクが女だからだよ」


 この女子生徒の一人称は「ボク」なのか。変わっているという印象が更に強化される。


「この時間停止中の世界では助けを呼んでも誰も来ない。なにせ皆、固まっちゃってるからね。時間停止が解除されるまで二人きりなんだ。君に変な気を起こされたら非力なボクはあっという間に組み伏せられてエロ同人みたいな目に遭うじゃん? 君がド変態だったとしても抵抗できなくて泣き寝入りでしょ。ボク、最初はラブラブがいいんだよね。変態はお互いの信頼度があってこそ成り立つものだと思う。制服プレイは結婚10周年がベストタイミングってやつ」


 恥の概念を持っていないのかこの女は。

 違うそうじゃない。さっきなんと言った。 


「時間停止が解除されるって……この世界はやっぱり、時間が止まってるってことなのか?」

「ああ、やっぱりね」


 女子生徒は思わせぶりに言って顎に手を添える。そのまま考え込み、後に続く言葉はない。俺は痺れを切らして問う。


「どういうことか説明してくれ! 一体何が起こってるんだ」

「まぁ待ちなさいな。さっきも言った通り、君と二人きりになるんだ。危険な人間じゃないか確かめさせてもらうのが先決」


 女子生徒はそう言うと、俺の足元を見つめた。


「上靴のラインが赤だから、一年生だね。君、名前は?」


 上北垣高校は、高等学校にしては珍しく学校指定の上履きがある。一年生は赤、二年生は黄、三年生は緑のラインが入っている。

 ネットの間から女子の上履きを確認すると、黄。相手は二年生だ。先輩なのか、と軽くショックを受けてしまう。


「ダンマリしててもその状態は変わらないよ? いいの?」


 別に強情を張っているわけではない。

 謎の先輩女子の説明は、納得できるものだった。本当に全員が動かないかどうか疑いの余地はあるが、現状がこうなのだから、女性として警戒するのは当たり前だろう。

 素直にそう言ってくれればいいのにと思わなくもないが、今は置いておく。様々な疑問も置いておく。

 俺が信用できず拘束しているのであれば、そういう人間じゃないと証明するのが手っ取り早い。名乗らないのは余計な不信感を生む。

 胸中に抵抗感はあったが、俺は割り切った。


「小林です。小林輝路(きいろ)

「そう。じゃあ小林きい……輝路きいろ?」


 先輩女子が目を丸くした。


「きいろ? 名前が?」

「……そう。輝くに、路地の路」


 小林輝路(きいろ)。黄色という、色と同じ呼び方だ。

 これまでの15年間、教えた人たちは面食らったような顔をするか、気まずそうにしてそれ以上触れないか、盛大に笑うか、どれかだった。

 目の前の女子生徒は――


「――きいろ。きいろかぁ! ふふ、可愛いね、きいろって響き……ふふっ」


 笑ってくる方だった。女子は割とこういう反応が多い。

 もう慣れっこではある。入学初日の自己紹介の時間もざわつかせた。不必要に注目を集めるのは好きじゃないし、名付け親のこともかなり恨んでいるが、さすがに経験値もあるので自分の気持ちを切り離して受け止められる。

 が、散々翻弄してきたこの女子には嫌味くらい言ってやりたくなる。


「人の名前で笑うなって、親から教わらなかったんですか」

「ごめんごめん、可愛い響きに、はしゃいだの。君を不快にさせたかったわけじゃない。お詫びにボクの名前を教えてあげるから許して?」

「そんなのが詫びになるとでも?」

「体重にする?」

「どっちも同じだ!」


 俺のツッコミに彼女がコロコロ笑う。疲れる。


「ボクは龍造寺恋鐘りゅうぞうじこがね。恋という字にベルの鐘で恋鐘。君の1個上の先輩にあたる。よろしくね」


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