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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
序章 時の止まらない少女と俺
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龍造寺恋鐘との出会い①

 気づいたら時間が止まっていた。

 そうとしか考えられないことが、俺の目の前で起こっていた。


「おい、どうしたんだよ」


 上垣外かみきたがき高校一年A組の教室。30人強の生徒が集う一室は下校時間ということもあって、さっきまでは騒々しく、教室を出入りする生徒達の足音が途切れることもなかった。

 今は、まったくの無音に包まれている。

 俺が発した声以外に、誰の声も聞こえてこない。

 誰もが硬直し、身動ぎ一つしない。

 目の前に立つ同級生の男子に声をかけた俺は、そいつの肩を叩く。

 反応はない。

 というか、触った感触が想像していたものと違った。詰め襟の制服は、コンクリートの壁を叩いたみたいな無機質で硬質な感触だった。

 男子生徒は隣の席の男子と談笑している。

 談笑したまま、固まっている。

 俺は男子の前に回った。彼の目は開きっぱなしで、瞼を上げ続けている。

 何かの言葉を紡ごうと、唇が開いた状態で止まっていた。

 ドッキリか? なんて可能性も考えたが、俺はすぐに否定した。こんなにも筋肉を動かさないでいることは人間には不可能だ。それが1人ならまだしも、教室全員が唐突にそんなことをする確率なんて、途方もなく低い。


「なぁ、冗談なのか? そういうドッキリとかじゃないよな?」


 自分で否定しておきながらつい聞いてしまう。自分の中にまだ信じられない気持ちが残っている。

 しかし返答はない。全員、時が止まったかのように停止している。

 ――いや、文字通り、かもしれなかった。

 俺は教室の窓から外を見て、息を呑んだ。空を飛ぶ鳩が空中で浮かんだまま停止している。その場で羽ばたきしているわけじゃない。なにせ羽も止まっているのだ。もちろん釣り糸を垂らしているような仕掛けもない。

 信じたくはない。だけど俺の気持ちとは裏腹に、この状況が冷徹に事実を告げている。

 俺以外の全てが、時間停止している、と。


 つい一分前はこんな状態じゃなかった。何で急に?

 俺は自分の席に座り直そうとして、ギョッとした。

 びくともしなかった。

 地面に縫い付けられたかのように固定されている。どれだけ動かそうとしてもまるで変化しない。

 思うところがあって、俺は前の席の男子にもう一度触った。硬いだけじゃない。冷たい。体温というものがまるで感じられない。

 そして彼もまた、結構な力を入れて動かさそうとしても、微動だにしない。


「何なんだよ、これ……」


 独白に答える人間はいない。こんなにも人間に囲まれているのに、まるで人形に囲まれているかのようだ。


(オカルトとか、冗談だろ……勘弁してくれよ)


 俺は超常現象とかあの世とか一切信じていない。そういうのいいから、と文句を言いたくなる。だが嫌がってみても、何も変わることはない。

 とにかく、動いてみるしかない。そう考えて俺は、停止中の生徒の間を縫って教室のドアまで進んだ。同級生に少しぶつかっても、そんなことではビクともしなかった。やっぱり時間停止?しているものは、とてつもなく固い。

 教室の出入り口まで来て、スライド式のドアの取っ手に触れる。ぐっと力を込める。スライド式のドアはビクとも動かない。

 ハッとして、自分の椅子を思い出す。

 この教室のドアは閉まっている。俺が動かせないのであれば、

 

(閉じ込められ、た?)


 どうすんだこれ。

 もしも時間が動き出さなければ、元に戻らなかったら――俺はこの部屋で餓死するのか?

 想像して薄っすら笑ってしまった。こんなに人がたくさん居る場所で急に死体が現れるとか、迷宮入り事件間違いなしじゃないか。

 額を手で押さえながら、頭を振る。笑い事じゃない。あり得るかもしれない自分の末路だ。

 俺はすぐにもう一つのドアに行く。教室には前後にドアがある。ここは後方で、前方は教師が入ってくるときに使うドアだ。たとえ動かせなくても体が通れるくらい隙間が空いているなら、この理不尽な空間から脱出できる。

 ドアの前には女子が立っていた。ちょうどドアをスライドさせて、廊下に出ようとしている瞬間で停止していた。


 ホッと息を吐く。彼女の左右に余分なスペースはなくてすり抜けられないが、完全に閉まっているわけじゃない。上下には隙間がある。つまり女子の頭上か、股下だ。

 現実的には股下をくぐるしかない。


(ごめん、えーと、誰だっけ。まぁいいや)


 上垣外高校に入学してからまだ一週間しか経過していない。男子はともかく女子はまだ顔も名前も覚えていない生徒が多い。特に俺は隣県からこの高校に通学するようになったので、中学時代の知り合いが誰も居ない。

 とはいえ、知らないからといって何をしてもいいわけじゃないだろう。自分の中の倫理観に照らし合わせて、俺は決して上を見ないようにしながら女子の股下をくぐり抜けた。結構狭かったがなんとか強引に抜けられた。

 立ち上がって廊下を見回す。やはり教室と同じだ。誰も彼もが停止した状態だった。


「おーい、誰か。俺以外で、動いてる人いませんか」


 廊下を歩きながら、誰かいませんか、と声を上げ続ける。その間も停止している人間達を避けて進む。人形みたいに固まっている人間はかなり不気味で、目を逸らしたくなる。

 廊下を歩き、階段を下り、昇降口まで出た。帰路につく生徒、部活に向かおうとする生徒が、それぞれの方向へ歩き出した状態で停止している。

 例外は見当たらない。

 外へ出ようかと一瞬迷ったが、やめた。学校の中には大勢の人間がいる。俺しか動けないと決めつけるのはまだ早い。俺は校内に引き返した。


 歩き始めて、30分は経過しただろうか。未だに動いている人間とは出会わない。

 一人一人観察し声をかけながら、俺は置かれている状況のことを考えていた。

 この学校――県立上北垣(かみきたがき)高等学校は、一言で説明すれば、普通の高校だ。まずまずの難関大学進学率を誇るが、部活の強豪校ではないし、潤沢な学内イベントや特別なカリキュラムもない。良くも悪くも特徴らしいものがない平凡な公立校だ。

 当たり前だが、謎の組織が巣食っているとか、裏世界と繋がっているなんてことはない……はず。若干自信がないのは、俺がこの地域に詳しくないからでもある。

 俺は今年から、父方の祖父母の家に居候して上北垣高校に通っている。いわば父の生家に住んでいる。なので俺にこの辺りの土地勘や風習の知識はない。

 だけど、たとえ地元民じゃなくても、この高校に妙な噂があったらさすがに祖父母経由で聞いているはずだ。小学生の頃は夏休みに祖父母宅へ帰省していたこともあるが、上北垣高校の噂なんて一言も聞いたことがない。


 そうなると、この学校がおかしいのではなく――俺がおかしい、ということになる。

 少しだけ寒気がした。身に覚えなどまったくないのに、何か異変が起こっているのだと想像すると、空恐ろしくなる。

 どんどん大きくなる不安を抱えながら校舎を歩いて、たぶん一時間は経過した。たぶんと言うのは、時計も軒並みストップしていて時間が分からないからだ。スマホも操作できなくなっている。

 相変わらず時間停止は変わらない。そして、校舎の見て回れる場所は全て確認し尽くした。

 と言っても、固まってしまったドアはいくら引いても押しても開けられないので、閉じられた室内は確認しようがない。外から声をかけても誰も反応しなかったので、動く存在がいないと判断するしかない。

 残るは校庭か体育館。もはや絶望的な気持ちだったが、無視する理由もない。

 体育館は各教室のある第一校舎の一階と渡り廊下で繋がっている。向かってみると、体育館の扉は開いていた。部活の準備をするために生徒が入っているのだろう。内部は見れそうだ。

 そのときだった。

 体育館の入口で何かが動いた――気がした。


「……っ!」


 俺はすぐさま走った。この際どんな存在でもいい。俺のように動けるやつがいるか確認したい。

 ドアの外から体育館を覗く。数人ほど停止した生徒が見えた。ジャージに着替えているバレー部の女子生徒たち。もしかしてあの中の誰かが動いたのか?

 体育館の中に入ったとき、


「そーい!」


 女性の声が響いた。

 振り向いた瞬間、俺の頭上に何かが落下してきた。


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