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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第1章 時の止まった公園
6/15

遭遇:龍造寺恋鐘の暇潰し、開始

 「――あれ?」


 俺は立ち止まり、背後を振り返る。歩幅がズレて置いてきてしまったのかと思った。

 しかし後方にも彼女の姿は無い。逆に置いていかれたかと前方を探したが、やはり居ない。慌てて周囲を見渡す。

 いま俺達が歩いていたのは県道沿いの歩道だ。車道側には街路樹が規則的に植えられていて、2車線道路が通っている。

 自動車も自転車も歩行者も鳩も虫も全てが停止し、茜色の夕日を受けて伸びた影もその場所から動かない。全てに生命の躍動を感じず、だからといって紛い物としての稚拙さもない。ひたすらに精巧なオブジェたち。

 そんな中で、動いている物体が視界に入った。

 俺がいる歩道の反対側、つまり車道を超えた先の歩道に制服姿の女子が居た。

 恋鐘先輩だ。なぜか、停止している人間をかなりの至近距離から覗き込んでいる。


(なにしてんだ……?)


 一体いつ移動したんだと訝しみつつ、車道を超えて彼女の元へ走る。


「どうしたんですか」


 俺が声をかけても恋鐘先輩は返事をしなかった。なぜか真剣な眼差しで停止中の人間を観察している。

 彼女が見ているのは、会社員と思しき女性だった。

 髪型は茶髪のボブカット。白いブラウス姿で、足元はすっきりとしたシルエットのレディーススラックスと低めのパンプスを合わせている。手首には細身の腕時計。長袖のブラウスは袖をまくっていた。大人らしく主張しすぎないメイクで、耳のピアス以外に装飾類はつけていない。

 綺麗にネイルを施した左手でスマートフォンを左耳に当てている。誰かと通話している格好で停止していた。視線はどこか遠くに向けられている。少し眉根を寄せている表情は、真剣に仕事の話をしている最中、と言えるだろうか。

 総じて気になる箇所はない。強いて気になることと言えば、4月でまだ10℃代が続くのにジャケットなどの上着を羽織っていないことくらい。それも暑がりだからとか、近くに事務所があって少し外に出ていただけ、などいくらでも説明できる。

 恋鐘先輩はブラウスの袖を見ていた。肘までまくられたシャツには薄く染みがあった。

 すると彼女は、急に地面にしゃがみ込んだ。


「ちょ、先輩?」


 両手を地面に置いて、這いつくばる格好になっている。

 恋鐘先輩は女性の足下をじっと見つめていた。ほとんど地べたに頬をつけんばかりの形だ。

 俺は絶句しながら見ているしかない。何をしているんだ一体。

 しばらくして立ち上がった彼女は、女性が左手で持つスマホを、おもむろに右手で掴んだ。力を入れてぐぐっと引き抜こうとしている。


「あの、何してるんですか」

「スマホ取れないかなと思って」

「……どうして」

「誰と電話していたか見たいんだよ」


 たった数時間程度の関係でしかないが、恋鐘先輩の特徴が分かった気がする。

 この人は致命的に、まったく、説明不足な人だ。


「だから何の目的で!? いやその前に、人の私物ですよ!」

「心配無用、時間停止中のことは誰も覚えてない。それとスマホはこの世界では使えないよ、基地局も止まっているから電波が繋がらない。悪用しようってわけじゃなくて、履歴だけ覗かせてほしいんだ。たぶんパスコードや指紋もしくは顔認証がかかってて中身は確認できないだろうけど、いま通話している人の名前なら一瞬だけ表示されてるはず」


 目的の方が無視されている。第一、相手が覚えてなくても無断でスマホを見ようとするのは倫理的に問題がある。

 恋鐘先輩は右手で引っ張っていたが抜けず、左手に変えてもやはり抜けなかったようで、諦めて手を下げていた。


「取り出せないか。まぁいいや、大体合ってると思うし」

「合ってる?」

「小林くん、ちょっと寄り道するよ」


 そう言って恋鐘先輩は、祖父母宅とは別の方向に歩いて行ってしまう。

 「ちょっと」俺はすぐさま追い掛けて、早歩きの彼女の隣で歩を合わせた。


「説明してください、一体なにしてんですか」

「探偵」

「は?」


 まるで説明になっていない。だが俺が困惑に眉根を寄せていても、彼女はある方向に突き進む。その足取りからして、目的地がある様子だ。


「どこへ行くんですか」

「公園。少し広めの敷地で、遊具とか砂場があったと思う」


 はて、そんな場所あっただろうか。一ヶ月前に越してきたばかりなのでこの辺りの地理に詳しくない。

 もしあったとして、なぜそこに寄り道することになるのだろう。

 恋鐘先輩は県道から続く住宅の連なる一帯に入り込んだ。一方通行の狭い道が入り組んでいて、閑静な場所のはずだ。

 彼女に同行してほどなく、公園が見えてきた。民家やアパートが並ぶ場所にスポットのように存在する公園で、敷地の周りを背の高い垣根が囲んでいた。

 公園の入口は南側にある。それ以外の西、東、北側は垣根が壁の役割を果たしていて、三辺の垣根に接するように民家が立っている。垣根は俺の背よりは高いがさすがに民家よりは低く、二階の窓から公園が見えるくらいだった。

 公園と民家を遮るのは垣根だけ、というわけではなく、ブロック塀もある。つまり公園・垣根・ブロック塀・民家という並びになっている。ブロック塀は民家のものだろう。


 公園には滑り台、ブランコ、砂場、鉄棒、アスレチックと一通りの遊具がそろっていた。時間が停止しているが、今は夕方の16時台だ。学校帰りの小学生らしき少年少女の姿が多い。その他に母親達が一カ所に集まって談笑していたり、保育園児くらいの小さな子達が砂場で遊んでいた。

 誰もが物理法則を無視してその場に留まっている。

 動画を一時停止しているようなものだから、すぐに動き出しそうな感覚もある。

 恋鐘先輩は公園の入口に入っていく。ここまでまったく説明なしだ。

 しかしただならぬ雰囲気があって、俺は黙ってついていった。

 彼女はまず縁石で囲われた砂場に入り、そこで遊んでいる子ども達を一人一人観察した。

 観察を数秒程度で終わらせた恋鐘先輩は、次に砂場の隣にあるベンチに寄っていく。ベンチには誰かのバックとジャケットが置きっぱなしになっていた。ジャケットの色からして、さっきの女性のものだろうか。

 バックの隣には手帳が置かれ、ページが開いていた。誰かがここに座っていたらしいが、砂場周辺で大人の姿はない。もしもさっきの女性のものなら、彼女はここに荷物を置いて道路に出ていったことになる。

 恋鐘先輩は手帳を見つめた。かと思えばすぐに動き出す。砂場を踏み越えてアスレチックへと向かった。


「あ、ちょっと」


 俺は彼女を追い掛けて砂場に入り、転けそうになった。

 コンクリートみたいに固くて、無意識にあると思いこんでいたクッション性がまるで無かった。なのにデコボコの起伏があって非常に歩きにくい。

 時間停止した世界だとこんな状態になるのか。日常生活の感覚でいると、文字通り足下を掬われかねない。

 俺が手間取っている間にも、恋鐘先輩は近くで遊んでいた幼児たちを一人一人確認することをくり返していた。さきほどの女性と違うのは、そこまで丁寧に観察していないということだ。違いが分かったところで、俺には彼女の真意がまるで読めないが。

 試しに俺も保育園児達を観察してみる。楽しそうにはしゃいでいる様子で固まっている。やはり異変などない、普通の様子だ。

 俺と恋鐘先輩がかけた観察の時間にそれほどの差はない。だとすれば、こんな数秒足らずの時間で何を見極めることができるだろう。せいぜい、顔を確認するくらい――。

 もしかして、誰か捜しているのか?



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