俺の推理②
黒い瞳は、不気味なほどに感情がない。
「あなたが居たから、俺は時間停止現象に巻き込まれたんです」
「――どういう理屈なのかな、それ」
酷薄な笑みが浮かび上がってくる。
「ボクと出会うことで君も時間停止中に動けるような体質になったってこと? ボクから何か感染するのかな?」
「後者はともかく、前者はその通りだと思いますよ」
茶化そうとしてくるが切れ味が足りない。誤魔化し切れていない感触だ。
「あなたの能力は“無生命体の時間停止解除”です。たとえば植物は成長しているから時間停止は解除できないけれど、折れた枝は解除できる。そこで俺は、どこから生命体という判定が起きるのか、という疑問が沸きました。折れたとはいえ直前まで細胞分裂していた部位なのだから、折れた時点だったら枝も生きていると言えるのではないか、と。でも俺の考えに反して、実際には無生命体と判定されてしまっている。ここから考えられるのは、“これ以上生命活動できない状態”であることが分岐点になっている、ということです。
枝がコンクリートの地面に落ちたり鳥の巣になっていれば無生命体とみなされる。逆に地面に落ちても、栄養繁殖を行って成長を始めていれば生命体とみなされる。それらは時が止まったその瞬間の状態で判定されるんでしょう。
かなり大ざっぱかつ誰が判定しているのか謎な基準ではありますが、そう考えれば納得がいく。そして、こういう仮説も成り立ちます。《《時間停止時に生命活動ができない状態だった人間も無生命体と判定されるのではないか》》、と。
ここから導ける仮説があります。あのとき時間停止現象が起こり、俺という無生命体を恋鐘先輩が動かすことができた、と」
恋鐘先輩が俺を見つめている。瞳には感情の波がまるで見られない。背筋を冷たいものが走る。
それでも俺は、続けなければいけない。
「中1だったあなたは時間停止現象に巻き込まれ、いつものように街を散策していた。そんなとき増水した川で溺れている俺を偶然発見した。あなたは急いで停止中の川を歩き、今みたいに水の時間停止を解除して俺を引っ張り上げ、地面のある場所に連れて行った。井上のペットを移動させたように、俺の周囲の水を全て解除することで引きずっていけるようになったんでしょう。でもそこで予想外のことが起きた。《《俺という人間が動かせてしまった》》。
生命体は動かせないというルールに反した現象に対して、あなたは俺が死んでいること――厳密には心肺停止状態であることを悟った。現象が起こった時点でかなりの時間が経過していたかもしれないし、ついさっき心肺停止したばかりかもしれない。問題なのは、動けるのが先輩一人だけということだった。現象中は誰も助けてくれない。
後者の場合、まだ救える可能性がある。あなたはきっと、俺を助けるためにできる限りの応急処置を行ったと思います。そして運よく息を吹き返した。泣きそうな顔をした少女は、そのとき見た光景だったんでしょうね。だいぶボヤケてたんで、つい先日までその子が恋鐘先輩だとは思いませんでしたが」
「……面白い推理だね」
恋鐘先輩が双眸を細める。どこか楽しんでいるようにも見えた。
「でも、話はそこで終わりじゃないんでしょう?」
「ええ。あなたは、嘘をついている」
一息吐いて、空を見上げる。月夜は壁紙として貼り付けたかのように、まるで姿を変えない。
「触れた物の時間停止が解除できる、とあなたは言った。でも本当は、それ以外にもルールがあることを隠してますね? 一つは、あなたから一定距離を離れることで時間停止解除が無効になる、ということ。もう一つは、一度解除した無生命体は、その後に生命体となった後も能力が効くこと。植物なんかが当てはまるはずですが、これはまだ未検証です。でも俺という存在を考えれば、その可能性が高いでしょう。
つまり、あなたに救われたことで俺は、能力が効く存在の一つになってしまった。俺がこの現象に巻き込まれるようになったのは、年齢や時期のせいじゃない。俺があなたに接近したことで、再び時間停止の解除が適用されたんだ」
「根拠が薄いね。君が最近目覚めたって説にもまだ可能性があるよ」
「これを見てください」
俺はポケットの中から消しゴムを取り出した。
恋鐘先輩が眉をひそめる。「それは……?」
「井上から借りた、彼女の私物です。あなたがペット探しのときに時間停止現象を解除したものですよ」
俺は消しゴムを放り投げて、落下してきたそれをキャッチする。
時間停止現象は完全に解除されている。
「この消しゴムのように、一度触ったものは次の現象が始まっても解除が切れないのが正解だった。他にも気づくキッカケがありましたよ。最初に出会った日、俺が部室に隠し食糧を取りに行ったときです。スチール棚の内側に置かれた食料のうち、手前のカップ麺は時間停止中だったのに、奥のパン類やカップ焼きそばは動かすことができた。もしあなたが解除していたのなら、奥に手を突っ込むときに手前のカップ麺に必ず触れるんです。そうなっていなかったのは、実際はあなたが解除していなかったから。奥にあるカップ焼きそば達は既に解除していたけれど、手前のカップ麺はまだ解除していなかっただけ。きっと部室のドアも棚の扉も保健室のベットも、以前から解除されたままだったんでしょうね。あなたはそれを、さも俺と会う前に解除していたように見せかけていた」
恋鐘先輩に動揺は見られなかった。まるで予想していたかのようだ。
俺は消しゴムをポケットにしまい直して、再び恋鐘先輩を見下ろした。
「今まで俺はそのことに気づかなかった。なぜなら毎回、俺の身の回りのものは固定されていたし、恋鐘先輩もわざわざ時間停止を解除して見せていた。あれはカモフラージュだったんですね。現象が起こる度に解除もリセットされるのだと、俺を騙していた。
それができたのは、最後のルールが関係しています。あなたは時間停止を解除できるだけじゃなく、《《再開もできる》》んでしょう? でなければ、俺は助からなかったはずだ。心肺停止から息を吹き返したとしても、適切な治療ができなければ俺の容態が悪化するかもしれないし、そもそも意識を取り戻したらあなたと会話するタイミングくらいあったはず。でも俺が見た姿は一瞬でしかない。その問題を解決できる仮説は二つ」
俺は、いつぞやの恋鐘先輩を真似して、指を二本上げた。
「一つ。タイミングよく時間停止現象が終わった。かなりの偶然ですが、あり得ない話ではない」
指を一本折る。
「もう一つ。あなたが再び時間停止状態に戻す能力を持っている、です。幾つかの事例から、俺は後者だと判断しました。
まず羽田先輩の事件のときです。恋鐘先輩が佐々木先輩の元に行った後、俺は屋上で転けました。振り返ると羽田先輩の私物があった。きっと鞄に足でも引っ掛けたのだろうと、そのときは思いました。でもよくよく考えるとおかしいんですよ。鞄やら財布なんて柔らかいものに足を引っ掛けたとして、男の俺が転倒するほどとは思えない。それに俺が転けた付近にあったのは財布から取り出して床に置いていたレシートだった。まさかそんなものに足を取られるはずはない。ですが、こう考え直せば納得できます。《《レシートは再び時間停止していたのだと》》。俺はびくともしないレシートに足を引っ掛けて転んでしまったんだ。
あのとき恋鐘先輩は左手でレシートを触って置いていましたね。それが、時間停止現象を再開させる条件でしょう。たぶんレシートが散らばらないように、無意識でそうしたんだ」
残った指を折った後、手を下げる。
恋鐘先輩は、無言で立ち上がった。まつ毛を伏せて、俺の足元を眺めている。
「そして前述の考察が当たっているなら、時間停止の再開は俺にも効くはずです。あなたはそれを使って偽装工作を施していた。今日に至るまで現象が10分と30分で終わったときがありましたよね? 珍しく早く終わったのだと思いましたが、そうじゃなかった。あなたが俺に左手で触って停止状態にさせて、頃合いを見てもう一度右手で触れて解除していたんだ。俺は体感的に短く感じていましたが、その2回はあなただけ数時間なり数日の時間停止を経験していたはずです。なぜそんなことをしたかは後で聞きますが、その能力があるなら俺が助かったことも理屈が通る。心臓が動き出した後、すぐに俺の時間停止を再開させて、現象中に死が来ないようにすればいい」
恋鐘先輩は黙っていた。肯定も否定もしない。だが俺には、核心を突いているという自信があった。
無音の中、己の心臓音だけが鼓膜の奥から聞こえてくる。
大事なのは事実を突き付けることじゃない。ここからだ。
ため息の音が聞こえた。
「――割と早くバレちゃったね」
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