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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第3章 時の止まった屋上
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推理③:友人の影

「小林くん。山田先生が休む前、何か異変はなかった?」


 観察しながら、恋鐘先輩が聞いてきた。


「異変? 別に、普通でしたけど」

「どんな些細なことでもいいから」


 俺は腕を組み、記憶を手繰り寄せた。


「――あ、そうだ。先生、手帳を探してました。無くしたみたいで」

「手帳を?」

「学校で無くしたかもしれないって。見付かったら届けてくれと皆に言ってました」


 瞬間、恋鐘先輩の瞳に鋭い光が走った気がした。

 獣が獲物を前にしたときのような、瑞々しい興奮だ。


「他には?」

「無いですよ、もう」

「山田先生の様子じゃなくてもいいよ。人となりとか、噂話とか。ボクは授業を受けたことがないからよく知らないんだ」


 恋鐘先輩が何を知りたいのかいまいち掴めないが、俺は把握していることを伝えた。


「そういうことなら……と言っても、俺もあまり知りません。授業以外で話したことはないし。ただ、女子には割と人気があるみたいですね。気遣いに大人の余裕があるとかって」

「そういやちょっと聞いたことあるかも」

「文化祭の準備中にご飯奢ってくれるとか、年賀状を送るとちゃんと返してくれるとか、教師としての接し方は決して悪くなかったんでしょうね」


 だが、裏では教え子に手を出して不倫関係に持ち込んでいた。その優しさも気遣いも仮初めで、自分の欲望を満たそうと考えていたのは純粋な裏切り行為だ。

 「ふぅん?」恋鐘先輩はまた考え事をするように人差し指を顎に当てる。しばらくそうしていたが、何も言わずにドアを開けて再び屋上に出て行った。

 声くらいかけてほしい。追いかけていくと、恋鐘先輩はまた羽田先輩の鞄に手を突っ込んでスマホを取り出していた。


「こっちも見るんですか」

「もう既に確認済みなんだけどね」


 手癖が悪いというか何というか、時間停止中は本当に無遠慮な人だ。

 しかし一度確認していたのを、なぜ再び見ているのだろう。

 他人のスマホはやはりホーム画面より先を確認することはできない。電波もまるで入っていない。だが彼女は指でスクロールした。

 表示されたのは通知センターの画面だ。アプリの最新情報や更新情報はホーム画面に通知され、それが一覧で並ぶようになっている。個人情報が無いからか、他人からでも見れる範囲だった。

 ほとんどがゲームや動画アプリの通知だったが、とあるメッセージアプリに通知が来ていた。


『待って、すぐ行くから』


 そんな一言が表示されている。


「名前からして、相手は佐々木さんじゃないかなと思う」


 履歴には相手の名前も表示されている。のぞみ、とひらがなで書かれていた。

 佐々木望という友人のことだろうと、俺も心中で同意する。


「この屋上に来る前にメッセージを送ったみたい。でも具体的なことは書いてない。着信履歴もあるから電話で聞こうとしたようだけど、羽田さんはこんな状況だから取れなかったんだね。何を話したかったのかな」

「そういや今日は学校休んでたっぽいし、直接は話せなかったってことか」

「うん。実は佐々木さん、テスト中に体調不良で早退して、今日も休んでた。そのことも関係して――って、いまなんて?」


 恋鐘先輩が驚き顔で振り返った。


「二年生のことなのに、なんで君が知ってるの?」

「恋鐘先輩を探しているとき、校門の外で佐々木先輩がしゃがみこんでるのを確認したんです。それで今日は休んでたのかなと」


 俺が説明するや否や、恋鐘先輩はすぐにフェンスに近寄った。羽田先輩が飛ぼうとしている南側フェンスの眼下はグラウンドがあり、校門は見れない。校門は東側のフェンスに寄らないと気づかなかったわけだ。

 「そういうことか」フェンスに指をかけて、恋鐘先輩は呟く。


「でかした、小林くん」

「はい?」


 恋鐘先輩は羽田先輩のスマホを投げた。俺が慌ててキャッチしたとき、長い黒髪をなびかせて屋上出入り口に向かう姿が見えた。


「ボクは佐々木さんの近くで時間停止の解除を待つ。解除されたら彼女を連れて戻ってくるから」


 彼女は早口で説明しながら屋上のドアを開けていた。


「どういうことですか!?」

「解けたのさ」


 自信の込められた言葉だった。

 解けた? つまりここで何が起こっていたのか、わかったというのか?


「説明は後でするよ。君はこの場で待機。万が一に時間停止が解除されても、羽田さんを刺激しないようにして。羽田さんが飛び降りることはないと思うけど、危険な状態に変わらない。時間停止が長引いてトイレとかご飯とか我慢できなくなったら屋上から大声で呼びなさい。すぐに交代してあげる。とにかく単独で動かない。わかったね」


 最後の方はもうほとんど聞き取れなかった。

 「ち、ちょっと!」俺は先輩を追いかけて屋上のドアを開ける。踊り場には狼狽する山田教諭の姿だけだ。遠くから彼女の走る靴音が聞こえてくる。

 残されたのは、無音だ。


「何なんだ、マジで」


 問いに答えてくれる人はいない。

 解けた、と恋鐘先輩は言った。この不可解な(狂言?)自殺騒動の全容が分かったのか。

 だとして、羽田先輩の行為に関係しているのは山田教諭だけのはず。佐々木先輩が関与している?

 俺はドアを閉めて、羽田先輩の元へと戻ることにした。屋上を歩きながら考えてみるが、無関係そうな情報や不可解な状況が重なり合っていて、掴みどころがない。

 やはり俺が考えるべきは、時間停止解除後だろう。本来の恋鐘先輩なら羽田先輩の元にへばりついていそうなものだけど、それは置いておく。頼られるのは悪い気はしない。これまでの経験で、この世界でも多少は耐える自信がある。

 そういえば山田教諭はどこかに電話をかけていた。もしも相手が警察なら、時間停止が解除されたとき大騒ぎになるかもしれない。部外者の俺達がここにいるのも不自然なので、言い訳を考えておいたほうがよさそうだ。

 瞬間、視界が揺れた。

 何かに爪先が引っかかってつんのめった。転ぶ――そう直感した俺は無意識に両腕で顔を庇っていた。

 転んだ衝撃で両腕に鈍痛が走る。


「っ……」


 床に転がった俺は止めていた息を吐き出し、足下を確認する。羽田先輩の鞄や財布が見えた。レシートがひらひらと風に揺らめいて転がっていく。どうやら考え事に集中するあまり、地面に置かれていたものに気づかず足を引っかけてしまったらしい。


(――ん? 動いて……る?)


 蝉の声と共に周囲の雑多な音が届いてくる。ジリジリとした暑い日差しが肌を刺す。熱された屋上から、石灰のような匂いが鼻腔に入ってくる。

 全身が粟立った。

 俺は弾かれたように顔を上げる。

 フェンスの向こうにいる羽田先輩が動いていた。左手でフェンスを掴み、もう片方の空になった右手を凝視していた。


「あ、あれ? どうして……?」


 呆然とした声だった。おそらく、一瞬前に握り締めていた包丁の感触が急に無くなってビックリしている。

 羽田先輩は後ろを振り返る。四つん這いの俺と目が合った。

 か細い悲鳴のような声が、彼女の口から漏れた。


「だ、誰!?」


 俺はすぐに立ち上がる。咄嗟に両手を挙げた。


「待って。お、落ち着いて」

「誰なの!?」


 身体ごとこちらへ向いた羽田先輩が両手でフェンスを掴み、驚愕と動揺に染まった目を向けてくる。いきなり男子が現れたのだから、その反応になるのも無理はない。


「あんたいつからここに居たの!? ここに来るまであっく――山田先生がいたでしょ? 止められなかったの!?」

「えーと」


 俺は口ごもる。まずい、こんなに早く時間停止が解除されるなんて予想外だ。たぶん三時間くらいしか経過していなかったはず。世界はもう少し空気を読んで欲しい。

 だが終わってしまったものはどうしようもない。佐々木を連れにいった恋鐘先輩がすぐにここへ戻ってくる。時間を稼ぐしか無い。


「答えろよ!」


 警戒心が高まって、羽田先輩が吠えた。

 同時に一際強い風が吹いて、彼女の髪がなびき体が傾く。


「――あ」


 呆然とした声と共に、片足が屋上の縁から外れるのが見えた。

 吸い込まれるように全身が下へと消える。

 落ちた――。


「おいっ!?」


 俺は慌ててフェンスに駆け寄る。

 まさか、という不安と共に確認する。

 屋上の縁にかかった指が見えた。覗き込めば、縁を掴んで落下に耐える羽田先輩の姿がある。

 落ちていなかった。一瞬安堵するも、すぐに危機感が鎌首をもたげる。心臓が早鐘を打ち、全身に冷や汗が滲み出す。


「たす、けて……!」


 彼女の声が聞こえた瞬間、俺は衝動的にフェンスに登っていた。

 全速力でフェンスを越えて縁に降り立つ。指の力だけで耐えている羽田先輩の体はぐらぐらと風に揺れていた。非力な女子の力だけではもう数秒も耐えられそうにない。

 俺は彼女の腕を右手で掴み、左手でフェンスを掴んだ。


「耐えろ!」


 羽田先輩が俺を見上げる。死を目前に怯えきった表情だ。


「助けて……!」

「俺が引っ張る! あんたも力を入れて登ってこい!」


 力を込めて引き上げるが、女子とはいえ右腕一本では厳しい。なかなか持ち上がってこない。

 問題は俺の左手だ。持ち上げようとする態勢だと落下する方向に体が傾いてしまう。障害のある左手で二人分の体重を支え続けのは、かなりきつい。


「ゃだ……やだ……!」


 羽田先輩の目尻から涙がこぼれていく。俺は奥歯を噛みしめて持ち上げようとするが、力が足りない。後ろに引きずっていこうにもフェンスが邪魔だ。


「諦めるな……!」


 彼女にかけたその言葉は、俺自身への鼓舞でもあった。

 下手したら二人で落ちてしまう。保て、踏ん張れ。絶対に手を離すな。

 だが俺の思考とは裏腹に、左手の感触が無くなっていく。指が震え始めた。


(ちくしょう……!)


 ガシャンと、甲高い音が鳴った。


「小林くん!」


 聞き慣れた声がした。

 横目で見ると、俺の隣に恋鐘先輩が降り立っていた。驚愕するのも束の間、先輩は俺にしがみつく羽田先輩の両手を掴む。

 更に俺の左手にも誰かが触れる感触があった。見れば、校門でしゃがみこんでいた佐々木先輩がいる。フェンス越しに俺の左手をしっかり掴んでいた。


「引っ張り上げるよ!」


 恋鐘先輩の檄が飛ぶ。疑問は引っ込んだ。

 二人分の力で一気に羽田先輩を引っ張り上げる。羽田先輩は左肘を縁にかけて、自力で上半身を持ち上げてきた。俺は彼女の腰を掴み、ぐいっと引っ張る。ようやく羽田先輩の全身は、屋上の縁まで戻ってきた。

 俺、恋鐘先輩、羽田先輩は屋上の縁で荒い息を吐きながらへたり込む。


「よかった……!」


 佐々木先輩の涙声で、危機を脱したことを自覚する。

 恋鐘先輩と目が合う。彼女は俺に厳しい目を向けながらも、口元に自嘲めいた苦笑いを浮かべていた。


「まったく……何度も世話が焼けるね、君は」


 俺の脳裏に、曇天の中の光景が過ぎった。


面白かったらブクマ・レビューよろしくお願いします

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