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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第3章 時の止まった屋上
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推理①:なぜ屋上を選んだのか

 恋鐘先輩の説明で、俺の認識が裏返った。

 この昼間という学校は、あまりにも自殺に向いていない。絶え間なく誰かが行き来する校舎の中で、屋上に向かう間にも出た後でも、無数の視線に晒されている。確実を期すなら、別の場所の方が安全だ。


「考えられる可能性、つまり昼間の学校を選ぶメリットは、ある。商業や住宅ビルと違って監視カメラや警備員がいないから、屋上の施錠さえ何とかすればたどり着けてしまう。それで間髪入れずに飛んでしまえば済む。たった五分でいい。何より、学校の自殺は非常に目立つ。センセーショナルだからマスコミにも取り上げられるかもしれない。それが目的なら、《《アリ》》かもね」


 冷酷な視点だった。

 人としての情を消し去った洞察に、少しの畏怖を感じてしまう。

 「でも、その線はないと思う」恋鐘先輩は自説を容易く切り捨てた。


「実際には屋上に鍵がかかっていて、鍵は職員室で管理されてる。昼間だから羽田さんがこっそり持ち出すことはできない。この場合は山田先生が鍵を持ってきて開けたと考えられるけど、そうなると二人は一緒に屋上に来たことになる。まさか生徒の自殺を助けるために開けたわけないから、別の理由があったはず。どういう理由だったかは置いておくとして、じゃあなぜ羽田さんはフェンスを超えたのか? 山田先生に止められる可能性が高いにも関わらず。もし衝動的な行動だったとしても、彼女はもう飛んでいないとおかしいんだよね。止められちゃうんだからさっさと落ちたほうがいい」

「ちょうど飛び降りる寸前で時間停止した、とか?」

「それなら、山田先生が彼女から離れたことがおかしいでしょ。もし飛び降りる寸前の生徒がいたなら、近くで必死に止めるよね。向こうにいたら咄嗟に動けないんだし」

「それは……右腕を怪我していて止められないから、助けを呼んだ?」

「だとしてもこの場で電話すればいい。目を離した隙に彼女が飛んでしまうかもしれないのに、山田先生はなぜ廊下まで離れたんだろうね」


 俺の胸の中に、困惑が溢れてきた。

 想像していたストーリーに当てはまらなくなっている。


「彼女がスピーディーな自殺を図って学校の屋上を選んだのなら、理屈は通るんだよ。でもこの状況はその狙いから完全に離れてしまっている。だからボクは考えを改めた。《《彼女は自殺するつもりがない》》のかな、と」

「自殺するつもりが、ない?」

「逆説的だけど、山田先生が羽田さんから離れているのは、彼女が自殺しないと分かってるからなんじゃないかと考えた。彼女自身も自殺するつもりがないから昼間の学校を選んだ。見付かっても騒ぎになっても問題ない。むしろ騒ぎになることを狙っているとしたら、これほど都合の良い場所はない」


 開いた口が塞がらない。

 その考察は一見筋が通っているようで、謎を深めている。フェンスを超えた行為は、一歩間違えれば本当に落ちてしまう危険な行為だ。自殺する気がないのであればあまりにも大胆すぎる。そこまでして何をしたいというのか。それに不倫をして後悔しているという遺書を残しているのに、実は止められて騒ぎにしたいとか、感情的な辻褄が合わない。


「狂言自殺ってことですか? 何だってそんなことを」

「そこはまだわからないんだよね」


 恋鐘先輩は腕を組んで言った。


「確信はない。だから原因を突き止めたいんだよ。それがわかれば、時間停止が解除されたときに素早く効果的に説得できる」


 あくまで時間停止終了後に彼女を救うため、という目的だった。そこは恋鐘先輩が徹底している姿勢でもある。

 恋鐘先輩は右手でレシートを触り、読んだら左手でそっと床に置いていた。


「羽田さんは結構律儀なんだね。三ヶ月前のファストフード店のレシートまで取ってある」

「さっきからレシート見てますけど、自殺に関係するんですか」

「ちょっとねー」


 曖昧にはぐらかされている。答えが出るまでは迂闊なことは言わない、という矜持があるような言動だ。

 俺は腰に手を置き、出てきた謎を頭の中で一旦整理することにした。


 1.羽田先輩と山田先生はどんな理由で屋上に来たのか。

 2.羽田先輩の行動は狂言自殺なのか。なぜそんなことをしているのか。

 3.山田先生は狂言自殺だと見破っているのか。


 こうして並べると、本人達に聞くしかないように思えてくる。どうやって恋鐘先輩は推理していくつもりなのだろう。

 そもそも、俺達は時系列を掴めていない。二人は一緒に来たのかもしれないし、山田先生が屋上に向かったのを羽田先輩が追いかけたのかもしれない。一緒に行動していたならそれが重要な情報になるが、この時間停止世界では確認しようがない。


(ていうか、怪我させた相手でもあるよな)


 遺書に書いてあることが真実だった場合、羽田先輩は山田教諭を傷つけて右腕に怪我を負わせた犯人だ。そして不倫相手。

 奥さんと別れることを迫って襲ってきた相手と一緒に行動するのは、さすがに正気を疑う。しかもここは学校だ。騒ぎになったら問題になる。

 いや、羽田先輩が一見するとまともだったら、どうだろう。

 たとえば自分の凶行を反省し話し合いを提案してきたら、山田教諭も再び情が湧いて一緒に行動しても大丈夫かと考えるかもしれない。

 屋上は施錠されているから、職員室から鍵を持ち出せるのは教師だけだ。授業を休んでいたのにわざわざ学校に来ていたのも、二人で話し合いをするために出向いてきたと考えられる。状況的には、二人の秘密の話し合いが主目的だったように思えてきた。

 だけど、この状況が物語っているように、話し合いは行われなかったのだろう。

 おそらく羽田先輩は、山田教諭を脅迫し始めた。

 自分達の関係をバラすと脅して改めて離婚を迫った。首を縦に振らない山田教諭に業を煮やした羽田先輩は、フェンスを越えて自殺を仄めかした。焦った山田教諭は離婚を告げると嘘をついて廊下に戻り、警察に電話をかけた――。

 筋書きはおかしくない気がする。これなら羽田先輩の狂言自殺も、山田教諭がこの場を離れたことも説明できる。騒ぎになりやすい場所を選んだのだって、離婚を決断させるために効果的だからだ。

 しかし、引っかかることがもう一つある。


「うーん、やっぱりあれを取るしかないか」


 恋鐘先輩が呟いた。彼女はフェンスに近寄り、編み目の隙間に指を通す。

 羽田先輩の右手――正確には、彼女が握っている包丁を触ろうとしている。

 指先は包丁の柄の部分に触れた。一瞬でも触れれば時間停止は解除される。

 だが、フェンスの網目越しではそれ以上指を伸ばすことができない。

 「ぷはぁ」と恋鐘先輩が止めていた息を吐き出し、指を引っ込めた。

 包丁を抜き取りたいようだったが、うまくいかないでいる。


「あー無理だ、この位置からじゃ取れない」


 諦めを口にしたかに思えたとき、恋鐘先輩はいきなりフェンスを登り始めた。

 俺は慌てて近寄る。


「なにしてんすか!」

「包丁を調べたい。あれが気になるんだ」


 奇しくも、それは俺も同意見だった。

 なぜ羽田先輩が血に濡れた包丁を持っているのか。

 考えられるのは山田先生の腕を刺した包丁を持っている、ということだ。しかしそんなものを持って飛び降りることに意味はない。

 もし俺の想像した筋書き通りなら、言うことを聞かせるため、あるいは止めようとした相手を制止することに使う目的がありそうだったが、だとしてもフェンスを超えてまで握っているのは不自然だ。もう振り回せないし、突き刺すこともできない。

 考えている間にも、恋鐘先輩はフェンスをよじ登って一番上に辿り着いた。そこから片足を向こう側に出したところで、停止する。


「怖っわ……」


 そりゃそうだ。時間停止中だからって俺達は屋上から落ちたら死ぬ。触れたことでフェンスの一部も時間停止が解除されてしまって、よく揺れている。

 羽田先輩はよく向かい側に行けたなと、ろくでもない感心すら抱いてしまう。


「危ないですよ。戻ってください」

「でも、調べたら分かることがあるかもしれない」


 恋鐘先輩の声は震えていたが、譲るつもりはなさそうだった。

 こういうときは真剣で強情なんだよな、この人。

 しばらく見守っていたが、俺の方が諦めることになった。後頭部を掻いてからフェンスに手をかけ、一気に登り切った。


「結構揺れるな」


 体重でフェンスがたわむ。これは確かに怖い。

 「ちょっと!」隣に来た俺に向けて恋鐘先輩が声を荒げた。


「なにしてんのさ! 危ない!」

「先輩は体育の成績なんですか」

「1」

「俺は5」


 勝ち誇った笑みを見せてから、ゆっくりとフェンスを乗り越える。


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