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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第3章 時の止まった屋上
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開幕③:時間停止、開始

 今日から上北垣高校は一学期の期末考査期間に入る。テストは来週だが、部活動は今週から休みだ。俺もこの期間はバイトを休みにして、同人文化部にも行かなくなる。

 代わりに俺は、放課後も自主勉強をするために教室に居残っていた。俺だけでなくほとんどの生徒が教室に残っている。あの矢野もだ。

 上北垣高校はそれなりに成績優秀な学生が集まる進学校なので、誰から言い出すでもなくほとんどの生徒が自然に教室に残り、18時ギリギリまで勉強していくことが多かった。

 静かな教室には、ペンが走る音だけが響いている。たまに誰かの話し声が聞こえるが、耳障りなほどでもない。中間考査を経験して学校のレベルが身に沁みたからか、皆真面目に取り組んでいる。もちろん俺も程よく深刻だ。

 そのとき、教室のドアがガラリとひらいた。

 俺を含めて教室内の全員の視線がドアに向かう。


「あ、邪魔してごめん。どうぞ続けて」


 爽やかなバリトンの声と共に入ってきたのは、男性の教師だった。メガネをかけた教師は自然体な髪型にヒゲの跡がないほど綺麗な肌で、清潔感が漂っている。ワイシャツとスラックスも皺一つすらない。

 男性教師はにこやかな笑みを浮かべたまま、教卓の方に近寄った。中棚や教卓の下の床を覗いている。


「山田先生どうしたんですかー?」


 教室の女子が聞くと、顔を上げた山田教諭は少し困ったように笑った。


「手帳を落としたかもしれなくて。君たち、見なかった?」


 問われて皆は互いに顔を見合わせる。それから周囲の床を見たり、窓やロッカーの上を確認していた。なぜか自分の机の引き出しを確認する者もいる。


「ないよね?」「無いです」「なに先生、手帳なくしたの?」


 矢継ぎ早の会話に、山田教諭は頬を掻く。詫びるように生徒達へ手を振った。


「ごめん、気にしないで。家に置き忘れただけかもしれない」

「どういう手帳なんですか?」


 なおも食い下がる女子たちに山田教諭は苦笑いを深めて「ほんと気にしないで」と言って去ろうとする。だが思い立ったように付け足した。


「一応、念のため……紺色のポケットサイズの手帳なんだ。万が一、見つけたら教えてね」


「はーい」「てかあたしら手伝ってあげよっか?」「先生の大事なものなんでしょ」

「見つけたらテストの点数おまけしてくれますぅ?」


 最後はクラスのお調子者の男子だった。その一言で教室が笑いに包まれた。


「別のお礼にさせてくれ。あとくれぐれも、見つけても勝手に覗くなよ? プライベートなことも書いてあるんだ」


 山田教諭は笑いながらも、しっかりと釘を刺して教室を出ていった。

 突然の来訪者が去ったのですぐに勉強再開、とはならなかった。弛緩した雰囲気は無意識に勉強の休み時間を作り、各々は雑談を始める。


「ねぇ山田先生ってモテそう」「おっさんじゃん」「若作りしてそうだし」「愛妻家なんだって。先輩言ってた」「じゃあ手帳に奥さんの誕生日とかプレゼントの準備とか書いてあんのかな」「マメそうだもんね」「なんか大人の余裕ある」「わかる、男子より全然マシ」


 女子達から聞こえてくるのは山田教諭の評判だった。割と好意的に見られていることを俺は初めて知った。

 「けっ」後ろから矢野の毒づきが聞こえた。後ろの席を振り返ると、矢野は頬杖をついて口をへの字にしている。


「妻帯者のオッサンだろ。どこがいいんだろうね」

「少なくともあんたよりは誠実だと思うな」


 そう言ったのは、俺の隣の席に座っている井上梓だった。本来は別の女子が座る席だが、今は一年B組からこのA組に来て居残りの自習をしている。彼女の前に座っている、同じ陸上部の女子と勉強を教え合っているようだった。


「俺の方が女子に絶対逆らわないし何でも言う事聞くぜ?」

「そういうところが何にも分かってない証拠なのよね」


 歯に衣着せぬ発言に俺は苦笑いし、矢野は仏頂面になった。


「何ていうか、気遣いがスマートなところが人気なんじゃないかな。確か文化祭で一緒に居残りしてご飯奢ってくれたって聞いた。ねぇ木下ちゃん」


 井上が前の席に呼びかけると、英単語を調べていた木下が振り返って頷いた。


「そうそう。年賀状送ったら必ず返してくれるらしいよ」


 「住所教えてんのかよ山田」矢野が驚く、というより若干引いていた。


「聞けば教えてくれるんだってさ」

「そこは線引きしようぜ。個人情報って大事じゃん」

「顔に似合わずそういうのはしっかりしてんだなお前」

「顔は関係ないだろ!」


 俺の揶揄に矢野が憤慨し、井上と木下が笑う。その後もしばし雑談した後、また勉強に集中し始める。

 それにしても覚える範囲が広くて苦労する。時間停止が来たら試験勉強できるのに、と思わずにはいられない。

 こういうときに限って時間停止現象は都合よく来てくれなかった。俺は皆と同じ生活時間を過ごして、期末考査に挑んだ。


 ***


 7月の期末試験はつつがなく終わった。期間中に時間停止現象が起こることはなかった。

 だが、期末テストが終わった翌日――待ってましたと言わんばかりに、時間停止現象が起こった。

 ちょうど昼飯の時間帯だった。矢野と飯を食っている最中でトイレに行こうと廊下に出たとき、急に周囲の人間が動かなくなった。それまで校内に充満していた様々な音も温度も匂いも一気に消え失せて、空気が一変していた。


(――はぁ、来ちまったか)


 もはや俺も慣れたものだ。

 嘆息しながら、誰も彼もが停止している空間を歩いて行く。

 学校で時間停止現象が起こったときの恋鐘先輩との約束は2つ。

 自力で移動できる場合は同人文化部に出向く。そこが集合場所だ。自力で動けない場合はその場で待機し、出来るだけ気づいてもらうように大声を上げること。今回は自力で動けたので、同人文化部の部室である資料閲覧室へ向かう。

 昼飯の時間帯なので恋鐘先輩も教室に居るかもしれないが、約束は約束だ。なので俺は部室がある第二校舎へと向かった。3階にある第一と第二の校舎を繋ぐ渡り廊下はいつも開けっ放しなので、やはり問題なく部室の前に到着する。

 図書室の隣の資料室の前で止まり、扉をノックする。


「恋鐘先輩、来てますか?」


 返事はない。俺は引き戸の取っ手に手をかけて引いてみた。

 軽くスライドして、扉が開いた。時間停止が解除されている。

 だが、室内に恋鐘先輩は居なかった。その代わり黒岩先輩と部長が居る。長机に弁当箱を広げているところを見るに、この二人は部室で昼食を取っているようだ。

 よく見れば弁当箱は3つあった。部室の扉の時間停止が解除されているのなら、つまり恋鐘先輩もここで黒岩先輩らと昼食を食べていたのか? 



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