開幕②:道中で見かけた喧嘩
「そういや、現象はここのところ来てませんね」
「期間が空くことも連続することもあるからねぇ」
恋鐘先輩は呑気に答えていた。もう達観し切っている。だけど彼女の気持ちも俺は分かるようになっていた。
今日に至るまで月に2回くらいのペースで時間停止現象は発生していた。発生頻度はバラバラで、時間帯も朝や夜など規則性がなく、終了までどれくらいの時間が掛かるかも天気雨のように気まぐれだ。3日続くこともあれば、10分や30分で終わるときもあった。正直、予想できないことを考えても仕方がないのだろう。
むしろ気にすべきは、現象が起こった後だ。学校や自宅の発生は慣れてきたので、目下の問題はバイト時間中の発生だった。
しかしバイト先は都合の良いことに、店に隣接する形で演奏ゲストが待機する控え室が設けられている。最悪そこで休むことができるし、急に居なくなる場面があっても休んでいたと言い訳できる環境だ。なので踏ん切りがついた、ということもある。
もう一つの問題――これは解決しようがないが――どうしても恋鐘先輩に迷惑をかけてしまう。それが俺としては申し訳ない。
とはいえ彼女も現象中はほとんど謎解きに突っ走って俺を振り回すので、おあいこな面もある。これまでにも放火犯を当てたり謎の薬物の出どころを探したりと、言い尽くせないほど様々なことがあった。
こんな生活はいつまで続くのだろう?
ふと、そんな疑問が鎌首をもたげる。
俺は死ぬまで、恋鐘先輩に迷惑をかけるのか。
恋鐘先輩は死ぬまで、誰にも知られない謎解きを続けるのか。
考えないようにしても、コールタールのように不安が纏わりつく。
「放っておいてよ!」
金切り声が、蝉の合唱に混ざった。
驚いてブレーキをかけてしまう。「わぷ」俺の背中に顔を当てた先輩が、小さく声をあげた。
俺達が走っていた住宅街の道路の前方には誰もいない。とすれば、右から合流する道路で誰かが叫んだのだろう。
予想通り、合流地点から二人の人間が姿を表した。
二人とも上北垣高校の制服を着た女子高生だった。一人はストレートの長髪を揺らし、拳を握り締めながら早足に歩いていた。立ち止まっている俺達には気づかず、方向転換して進んでいく。ちょうど俺達の目の前を歩いていく格好だ。
垣間見えた女子生徒の顔は眉毛が細くつり目で、どことなく性格がキツそうな印象を受けた。単純に怒っていたからそう感じたのかもしれないが。
「待って! 待ってよ絵美ちゃん!」
やはり右側の道路から出てきた女子高生が、一人目の女子高生に声をかけた。こちらはショートのボブヘアで、困ったように眉を垂らし瞳も潤んでいた。顔立ちも幼さが残り、総じて気弱そうな雰囲気を醸し出している。
二人目の女子は走り寄って、一人目の女子の肩に手を置く。立ち止まった一人目――絵美と呼ばれた女子は、苛立たしげにその手を振り払った。
「朝から鬱陶しいのよ! 一体なに!?」
「だ、だって……心配で」
「はぁ? なに勝手に保護者面してんの? あんたに心配されるようなことしてませんけど?」
そんな風に言わなくても、と思ってしまうほどの刺々しさだ。
俺の背後で、恋鐘先輩が音を殺して自転車から降り立っている気配があった。二人を刺激しないようにしている。
目に見えてビクビクした二人目の女子は、それでも引き下がらなかった。
「や、やめたほうがいい、よ。絵美ちゃんが、傷つくだけだよ」
「だから何のことだって――」
絵美と呼ばれている女子が睨みつける。
そのとき視界に俺達も入ったのか、ハッと息を呑んでいた。
「――っ」
盛大に舌打ちした女子は、友人には何も言わずに走って学校に向かった。
手を伸ばしていた友人の女子は、彼女の態度が気になったようで背後をチラと振り返る。そこでやはり俺達と目が合ってしまう。
「ご、ごめんなさい!」
赤面した女子は慌てたように頭を下げて、絵美という女子を追い掛けるように去っていった。
一体なんの騒ぎだったんだろう、今のは。
「あの子、ボクのクラスの佐々木さんだね。佐々木望さん、だったかな? あんまり話したことはないんだけど」
俺の横に来た恋鐘先輩が、肩にかかった髪を手で払いながら説明する。
「てことは、一人目も二年生ですか」
「たぶん。文系のE組で見かけたかな? やっぱり話したことはないけど」
上北垣高校は二年生から文系、理系の志望によってクラスがわけられる。A~Dまで理系、E~Hまで文系だ。
そうなると恋鐘先輩は理系専攻ということになる。初めて知った。
「喧嘩ぽかったですね」
「そうだねぇ」
興味なさそうな態度に、俺は少し驚いて彼女の横顔を伺う。
「こういうの、首を突っ込みたくなると思ってました」
「時間停止してないとわかんないもん。観察する余裕ないし」
「極端な探偵ですね……」
「いまはボクも可愛い盛りの女子高生ってことさ。謎解きよりも後輩男子との時間の方が大切なんだよ」
恋鐘先輩がダブルピースしてウインクしてくる。動作がやかましい。
「はいはい」俺は適当にあしらって、サドルに座る。
「さぁ俺達も行きましょう。ちょうど降りて貰う地点だったから、こっからは歩いてくださいよ」
上北垣高校は県道から田園地帯に入った場所にある。田んぼばかりで見通しが良く、そこに行くまでの県道も外食産業の店舗が多い。教師が待ち伏せしやすい死角が結構あるのだ。前に見張りがいて、服装チェックや二人乗りなどの問題行為を抜き打ち検査しているときもあった。二人乗りはここまでが限界だ。
「ちょっと待ってよ小林くん」
「甘えても乗せませんよ」
「そうじゃなくて、肩貸してくんない?」
振り返ると、恋鐘先輩が半笑いで足をぷるぷる振るわせていた。
「後輪のボルト部分に乗っかるのって結構、足の力いるんだねぇ。おかげで攣りそう」
生まれたての子鹿のような恋鐘先輩が、俺の肩にしがみついた。
「引っ張って♪」
「嫌だよ! どんだけ筋力ないですか! 俺だって自転車あるんですよ!」
「このままボクを置いていくつもり!? 野垂れ死んだらどうすんのさ!」
「成仏してくれ」
「死ぬときは一緒だよって約束したじゃん!」
「してねぇ!」
ギャーギャー言い争う俺達は、結果的に牛歩並の速度で進むことになり、ほとんど遅刻寸前だった。
もう絶対乗せてやらんと、俺は心に固く誓った。
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