解決①:教室に残っていたモノ
「凄いですね」そう褒めると、恋鐘先輩が自慢げに胸を張った。「ふふーん」
「まぁ、本人に聞けばすぐ分かることなんですけどね」
俺の一言は余計だったらしく、先を歩く恋鐘先輩に流し目で睨まれた。
「そういう野暮は言わない。お姉さんとのお約束だよ」
「はいはい。でも、嘘をついていたわけじゃないんだったら、一体何を探してるんでしょうね」
結局、振り出しに戻ったに過ぎない。肝心の捜し物についてはまるで分かっていない。
ヒントがあるとすれば、井上が持っていた巾着袋だろうか。プレゼントを忍ばせていた、という理由でなければ、なぜ持っているのだろう。そして袋の中には何があるのか。
「それならもう分かったよ」
俺はその場で立ち止まる。
「分かった? ……本当に?」
オウム返しに問うと、先を歩いていた恋鐘先輩が止まる。
「もちろん。答え合わせといこう」
くるりと振り返り、どこか挑発的な目を向けてきた。
***
俺達は一年B組に戻ってきた。井上のリュックもスポーツバックも、談笑中の二人にも変化はない。
教室に入った恋鐘先輩が何をしたかというと、教室後方に設置してあるロッカーに触れ始めた。正方形の箱が格子状に並んでいる形の個人ロッカーは、生徒一人に一つずつ割り当てられているものだ。通学鞄や教材や部活道具を入れるなど、使い道は自由。扉はあるが鍵はかけられないので、誰でも開けることができる。
恋鐘先輩はその個人ロッカーの茶色の扉を、右手でぽんぽんと順番に叩いていった。全てのロッカーを触り終えた先輩は、俺の方を向いて言う。
「全て解除したから、君は入口側から扉を開けていって。ボクも窓側から見てくから」
「俺も、ですか?」俺は自分で自分を指さす。
「ここに井上さんの探し物があるかもしれないんだ」
どういう理屈でそんな帰結になったのか、納得ができない。
「本当にここにあるんですか? 井上は第二校舎に居たんですよ。ここにあるなら、なんで真っ先に調べなかったんですか」
「調べたかったけど調べられなかったのさ。だから第二校舎に居たんだ」
どういうことか分からず、しばし考えてみる。
そして俺はハッとした。
教室から出て、廊下の窓から校舎の外を確認する。
第二校舎の三階の廊下にいる井上と、目が合った。
井上は、向こう側から一年B組の教室を観察していたのだ。
彼女の不安げな、しかしこちら側の挙動を注視している表情に、恋鐘先輩の言葉が正しかったことを悟る。
「もしかして井上は、教室から人が居なくなるのを待っていたんですか」
教室に戻ってから聞くと、「そういうこと」恋鐘先輩が頷いた。
彼女は時間停止中の机の上に左手を置き、身を寄せた。
「探し物のために部活を休んだ、というのは嘘じゃない。でも、休んだ理由はもう一つあったんだよ。この教室の中を探すために、人が居なくなるタイミングを待っていたんだ。部活に行ってしまうと教室から人が居なくなる瞬間は分からないからね。たぶん彼女は教室を探したかったんだけど、B組の人に見られたくなくて第二校舎から見張っていたんだと思う」
「なんでそんなことを。別に探し物なんて普通じゃないですか」
「その探し物が、普通じゃなかったとしたら?」
その口ぶりは、俺が想像していないような代物だということを示唆していた。
井上には失礼だが、俄然気になってきた。
「一体なにが入ってるんです」
「そこは実際に確かめてみよう」
「教えて貰えば済むんですけど」
「まぁまぁ。これで正解だったら井上さんに安全に届けられるし、ボクも満足感が得られる。万々歳じゃん?」
「俺の得になることは?」
「じゃあいくよー」
聞く耳を持たない恋鐘先輩がロッカーの扉を開けていく。そうやってどんどん進めていくのを傍観していても良かったのだが、早く終わらせたい気持ちはあった。仕方なく俺も、入口側からロッカーの扉を開けていく。
ガチャガチャと二人で扉を開けていく。無言で進めると、一分も経たず全てのロッカーの扉を開けきることができた。
40名弱の個人ロッカーを、少し離れた位置から確認する。ほとんどのロッカーの中身は空だが、中身として確認できたものも部活用品や教材やジャージなどの目新しさのない代物ばかりだった。期待していたような、特別感のあるモノはない。
というか、どれが井上のロッカーか分からない。
考えた末に俺は、ロッカーに貼ってある出席番号に気づいた。出席番号は苗字順なので、井上は番号の最初の方になるはずだ。
1から5までのロッカーには、特段おかしなものはない。見つけたものといえば、誰かの置いたノートだけ。
「このノートですか?」
「違うね」
恋鐘先輩はすぐに否定した。
「というか……無いなぁ」
恋鐘先輩が首を傾げていた。
「無いんですか」
「うーん」と言いながら、恋鐘先輩は開け放たれたロッカーを順繰りに見ていく。
そこで俺の中に疑問が生じた。井上の個人ロッカーが番号の若い方だということは、少し考えれば気がつくはず。なのになぜ、個人ロッカーを全部開けさせたのだろう?
恋鐘先輩は教室のドアに向かった。入口からすぐのところには、個人ロッカーに隣接するように掃除用具入れのロッカーが立っている。そこに右手で触れて、扉を開けた。
中には箒やちりとり、モップがある。その中を観察した先輩は、静かに扉を閉じた。
「おかしーなぁ。確かにいるはず」
いる? 表現がおかしい気がする。
恋鐘先輩は視線を上げた。掃除用具入れの上に乗せられた、ダンボール箱に気がついた。
「あのダンボールなにかな?」
「さぁ。このクラスじゃないんで何とも。そんな大した物は入ってないと思いますけど」
「アレに入ってるかも」
まさか、と俺は思った。鞄に入ってたモノが、なんで掃除用具入れの上に行くんだ。おかしくないか。
俺の疑念をよそに、恋鐘先輩は椅子を持ってきて乗り、ロッカー上のダンボールを指先で触った。しかしそれ以上は腕を伸ばせられないので、段ボールを持ち上げられないでいる。椅子に乗っても絶妙に背が足りないらしい。
「カマーン」いつぞやの公園のように、振り返った恋鐘先輩がくいくいとジェスチャーしてくる。
こうなることは予想がついていたので、俺は彼女と交代で椅子に乗り、時間停止の解除された段ボールを持ち上げて椅子から降りる。段ボールには重たいものは入ってなかったので、難なく床に下ろすことができた。
「取りましたよ」
「じゃ、見てみよう」
恋鐘先輩が、ダンボールの閉じられていた蓋を両手で開ける。
入っていたのは使い古されたぞうきんの束と――
「うわっ」
俺は思わず声を上げ、後ずさった。
「やっぱり」
対照的に恋鐘先輩は、嬉しそうに笑っていた。
俺はそろそろと、ダンボールの中をもう一度覗き込む。
「こ、これが、井上の捜し物……?」
ぞうきんの束の上に、オレンジ色の体色をした一匹のトカゲが鎮座していた。
トカゲの体長は15センチほどだろうか。表面はオレンジ色だが、腹部辺りが白い。鱗は艶々として滑らかそうだ。
「ペットなんだよ、彼女の。ヒョウモントカゲモドキ、って言うみたいだね。爬虫類を飼う人がいることは知ってたけど、こう見ると結構可愛いね」
ダンボールの中で硬直したまま動かないトカゲモドキは、目がくりくりとして大きいこともあり、確かに愛嬌があると言えなくもない。
しかし俺は恋鐘先輩と違って、愛でる気持ちよりも驚きの方が強かった。
「まさか、井上は爬虫類のペットを学校に持ち込んでいたんですか」
「そう。あの巾着袋、というかその袋の中に小さいカゴを入れていたんだよ。この子のためにね」
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