推理②:龍造寺恋鐘、校舎を歩き回る
結局迷っている間に、恋鐘先輩がリュックの中身を全て机の上に置いてしまった。
教材やノート、筆記用具など勉強に必要なものの他には、スマホ、財布、化粧ポーチ、無線イヤホン、保冷バッグに入った弁当箱、小さなくまのぬいぐるみがあった。
ほんとごめん井上、と俺は心中で謝罪する。
「小林くん」中身を眺めていた恋鐘先輩が俺に聞いてきた。
「井上さんて彼氏いる?」
「知らないですよ。そんなに仲良いわけじゃないし」
「じゃあ、いそうに思う?」
「え? うーん、どうだろう……居ない、かも」
部活への熱中が嘘でなければ、今は恋愛にはさほど興味がないかもしれない。それに、私物の中に彼氏が居ることを匂わせるものは無さそうだ。くまのぬいぐるみは気になるが、女の子なら不自然でもない。
ふうん、と呟いた恋鐘先輩はその場から離れた。なぜ彼氏のことを聞いたのだろう、と不思議に思っていると、彼女は隣のA組とC組を覗いて戻ってくる。
「両隣のクラスには誰も居なかった。B組にも残っている2人以外に荷物はなさそうだし、誰かに手伝ってもらってる形跡はない。一人で探していることは確かかな」
「本当に、代わりに探すんですか?」
「うん」
「俺の自宅の時間停止解除は」
「これが解決したらね!」
とても楽しそうに答えた恋鐘先輩が廊下へ出て行く。
やっぱりこうなるのか。俺は天井を仰ぎ、げんなりした。
***
恋鐘先輩は校内の様々な場所を歩き回った。
一年生の教室がある3階だけでなく、二年生や三年生の教室も回って誰が残っているかを確認していた。さすがに18時ともなれば残っている人間はほとんどおらず、各教室で駄弁っている生徒が2、3人いるか、あるいはまったく誰も居ないかだ。
更に一階にある職員室や保健室も確認していた。保健室はベットを触っていたのでついでに時間停止を解除していたようだが、それにしてもあまりに範囲を広げすぎではないか。生徒が寄り付かないところに、探しているものがあるとは思えないが。
ついに恋鐘先輩は校舎の外まで出て行った。校舎裏や中庭、部室棟の近くを歩いてはキョロキョロと周囲を見回している。中庭や部室棟からはグラウンドで活動中の野球部と陸上部が揃って固まっているのが見えたが、恋鐘先輩は生徒にはさして興味がなさそうだった。
さすがに聞かざるを得なかった。
「どうして外を見てるんですか。何か無くしたってことは、校舎の中でしょ」
「探し物があるってことが、嘘でなければね」
俺はその言葉に面食らう。どういうことだ。
「井上さんが本当のことを言っているって保証はないでしょ。咄嗟に君に嘘をついたかもしれない。だからそれを確認してる最中なの」
考えもしなかったが、恋鐘先輩は至って真面目な様子だ。
中庭を歩いていた恋鐘先輩は、第二校舎の西側の入口に近寄った。また第二校舎に戻るらしい。ドアが閉まっていたが、彼女が右手でドアノブを回すと難なく開いた。
上北垣高校には校舎が2つある。1つは一年から三年までの各教室がある第一校舎。各学年はA~Fまでクラスがあり、二年生からは更に理系と文系のクラスに分けられている。恋鐘先輩が言っていた通り、居残り勉強やイベントがなければ18時にもなるとほとんど人が居ない。
もう1つの第二校舎は音楽室や視聴覚室などの専門教科用の教室が揃っていて、この時間帯は部活で使われている。恋鐘先輩がドアを開くなど確認していった結果、人がいて施錠されていない教室は美術室、家庭科室、化学室、音楽室、視聴覚室、情報実習室、そして畳敷きになっている伝統芸能室だった。それぞれ部活動に使われていて、顧問の教師も必ず同席している。他の教室は物理的に鍵がかけられていて、誰も入れそうにない。
他にも彼女は第二校舎のトイレを念入りに確認していた。男子トイレまで見ていく徹底ぶりだ。堂々と出入りしているのは推理に集中して羞恥心が飛んでいるか、あるいは慣れているからか。どちらでも神経の図太さには変わりはない。
そうして隅々まで観察していった恋鐘先輩は、同人文化部がある資料閲覧室の前に戻ってきた。部室の中では、黒岩先輩と矢野がまったく同じポーズのまま固まっている。
「逢い引きじゃなさそうだね」
恋鐘先輩は部室に入ると思いきや、隣の図書室に入っていった。明るい部屋にはカウンターに女子生徒が一人、本を抱えてカウンターに近付いている男子生徒が一人。奥に女子生徒が一人。その三人だけだった。施錠時間が近付いているので残っている人数は少ない。
「逢い引き?」
図書室を歩いて行く恋鐘先輩の後をついていきながら、彼女がさっき呟いた台詞をそのまま聞いた。
「探し物があると言ったことが嘘だった場合、考えられる理由は人との待ち合わせが挙げられるよね。それなら嘘をつく理由も、この時間まで残っていることも説明できる。君という男子に知られたくなかった咄嗟の嘘だった、という想定さ」
彼女は左手で、書架に並べられた書籍の背の部分を指でなぞっていく。
「部活を休んでまで誰かと会う、もしくは呼び出されていた場合。彼女にとってはあまり知られたくない関係だと考えられる。色々な想像が働くけれど、ボクが注目したのは彼女が抱えていた巾着袋だ」
言われて、俺もようやく想像力が働いた。
「もしかしてプレゼント、とか?」
「そうだね。時間を示し合わせて学校内で渡そうとしていた。もしくは2人で使うものを持っていたか。まぁ中身を見てないので確認しようがないけど」
どこか含みのある口ぶりだ。
「じゃあ、さっきからうろうろしていたのは、井上が誰かと会っていたかどうか確認してたんですか」
「そゆこと」
「でも、違った?」
「たとえばプレゼントだと仮定しよう。彼氏もしくは想い人の存在を公にしていないのであれば、少なくとも君に隠したように、誰にも見えない場所で密かに渡す。でもこの時点で第二校舎の教室はほぼ施錠されていて、施錠されていない室内には生徒も教師も居た。とても渡せる状況じゃない。空いているのはトイレの個室くらいだけど、そんな場所はあまりロマンチックじゃない。中庭の方がマシだけど、そこも隠れられるような場所はなかったし、陸上部の部員に見られて休みがバレてしまうのでバツが悪い。まぁトイレは逆に、性的な行為に使うならアリだけども」
「性的なって……」
俺は閉口してしまう。あの爽やかなスポーツ少女がトイレでいかがわしいことをするとは、イメージもできない。
「でもトイレには人は居なかったし、どの個室も掃除した痕跡や濡れている個室はなかった。そもそも学校内で致すのは危険すぎる。エロ本はやっぱりフィクションだよね~。なので除外かな」
腰の後ろで手を組んで歩いていた恋鐘先輩は、とある本棚の前で立ち止まった。右手で一冊の本を触り、時間停止を解除して読み始める。それは動物の図鑑だった。
「そして井上さんはリュックを持っていなかった。これが決定的かな」
「リュックを持っていなかったことが、否定の材料になると?」
「だって、学校に残る理由なくない?」
指摘されて、その通りだと思った。部活に行かないのだから、誰かと会った後は帰るのが普通だ。
「18時になればそろそろ部活が終わって校舎の施錠も始まる。教室を見回る教師もいるでしょ。タイミング的には逢引きした人と一緒に帰ったほうがいい。教室に置きっぱなしにしていたバックには財布も入ってて、残しておくのも不用心。でも井上さんは巾着袋しか持っていなかったね」
「単にうっかりだった、って可能性はないですか? それで鞄を取りに戻っていた」
思いつきのまま指摘した俺は「――んじゃないな」、と即座に自分で否定することになった。
井上を見かけたのは《《第二校舎の三階の廊下》》だ。1年B組は第一校舎にある。戻る場所が違う。
「そう。第一校舎や中庭で誰かと会っていて鞄を取りに戻るのであれば、こっちに来るのはおかしい。あり得るのは井上さんが第二校舎で誰かと会っていて、鞄を取りに戻っているというケースだけ。でもこの第二校舎はそもそも施錠されている教室の方が多いし、入れる場所にも先客がいる。人と秘密裏に会うには適していない」
恋鐘先輩が図鑑をしまって、図書室の出入り口に向かう。何のために読んだのか気になったが、それよりも今の話題の方に意識を引っ張られていた。
「時系列的に会っていたのが数分だった、って可能性はないですか。相手と会うのが18時近くじゃないと無理だった。だから井上は部活を休んで教室で待っていて、さっきここに来た。そうしたら教室が施錠されていても、人気のない廊下で渡せる」
「小林君、思い出して」歩きながら、恋鐘先輩が諭すように言う。
「数分会うだけでいいなら部活が終わったときとか、途中で抜け出せばいい。そもそも彼女は部活用のスポーツバックを持ってきてたんだから、休むつもりもなかったんだよ。万が一、急に呼び出されて困惑したとか緊張していた、という理由で部活を休むことがあったとしても、わざわざ第二校舎を指定する必要がない。人気のない場所なら第一校舎の他の教室でも廊下でも校舎裏でも、いくらでもある。つまり彼女は明確な理由があって第二校舎に居るけれど、それは待ち合わせではない、ってことになるね」
俺は反論できなかった。彼女は自分に立てた仮説を、自分で見事に否定していた。
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