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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第2章 時の止まった放課後
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推理①:窓の外を眺める同級生

「前と一緒だね。君の家に行って時間停止を解除する」

「いきなり居なくなると矢野たちに怪しまれませんか」

「数日間も続いた場合、この環境で待つのは耐えられないでしょ? 幸い、矢野くんはスマホ画面を見てたから、気づかないうちに君が図書館の方から出ていっていた、という風にすればいいよ。珠樹ちゃんも君のことは気にしてなかったらバレない」

「先輩はどうするんですか」

「ボクがさっき出ていったのは、違和感を生じさせないための演出さ。珠樹ちゃんには急にお腹が痛くなったとか、急用を思い出したとか、後でいくらでも説明できる」


 確かに、膝の上に乗ったままだった人間が急に消えたら、かなり不自然だ。恋鐘先輩は時間停止の開始と終了の30秒前なら感じ取れる、と言っていたから、開始に気づいて咄嗟に見えないところに移動したわけだ。


「ボクが急に変なことしたら合図だと思って。君もできるだけ違和感ないようにしてね」


 割と頻繁に変なことする人なので見分けられるだろうか。と考えたことは口に出さず「善処します」とだけ答えた。


「今回はもう部活も終わりの時間だったし、ボクも急用で帰ったって言ってもいいかも。君の家で解除まで待たせてもらおうかなぁ」

「自分の家じゃなくて?」

「ボクの力がなくても過ごしていられるならいいけどね?」


 悔しいが、断る理由がなかった。何を解除してもらうかは一度体験してみないと判断がつかないが、そのとき隣に先輩が居なければ意味がない。さすがに女子を自分の部屋に置いておくのはまずい気はするが、先輩が構わないと言うなら、こちらも過剰に気遣う必要はない。どうせ俺が邪まな気持ちを抱く可能性はゼロだ。


「じゃあ改めて。君の家まで案内してよ」


 そうして俺と恋鐘先輩は揃って部室を出る。早く時間停止が解除されればいいのだが、今回はいつまでかかるだろうか。

 そんなことを考えながら廊下を歩いていると、恋鐘先輩が急に立ち止まった。

 廊下で停止している、とある人物が視界に入ったタイミングだった。


「あれ?」


 その生徒は俺も知っている人物だった。

 一年B組の井上梓だ。

 彼女は、第二校舎の三階廊下から窓の外を眺めている格好で固まっている。

 しかし、井上は教室で探し物をしていたはず。第一校舎の1年B組の教室で物をなくしたのに、こんなところに来てどうしたのだろうか。

 「知り合い?」と恋鐘先輩が聞いてくる。


「あ、はい。矢野と中学が同じで、陸上部の子です。その繋がりで少し話したことがあって」

「へぇ。それはおかしいね」

 

 疑問符が浮かぶ。今のどこにおかしな点があっただろうか。

 恋鐘先輩は固まっている彼女に近づき、無遠慮に眺め始めた。


「なにがおかしいんですか」

「今は18時。部活の終わり時間だけど、彼女はまだ制服を着ている。てことは部活に行ってない。わざわざ部活を休んで校内に残ったんだ。じゃあなんでこの時間まで残ってたのか? テスト期間なら居残り勉強っていう理由があるけど、4月の今はそんなことをしている生徒は居ない。部活に入ってるから委員会にも所属してないので、これも除外。補習の可能性もない。テストの成績が芳しくない人が夏休み前に受けるのが補習だからね。

 となるとこの子が自主的に部活を休んでまで学校に残る用があった、ということになる。友人とお喋りするためだけに部活を休む、ということは考えにくいけど、君から見てそういうタイプの子に思える?」

「え? あ、いや、そんなことはしないと思います。俺を陸上部に誘ってくるくらい、部活熱心な人なので」

「ふぅん」


 恋鐘先輩の目に興味深げな光が宿ったが、それは一瞬だけのことで、すぐに井上の観察を続行する。


「あと考えられるとすれば教師に呼び出されたってことだけど、部活を休ませた上に18時まで時間をかける用事は、さすがになさそうだね。それに職員室は第一校舎にある。わざわざ第二校舎の三階に来る理由がない。てことでこれも除外。さて、この時間までこの子が一人で校舎をうろついている理由はなんだろうね?」


 一気に説明されて俺は圧倒された。この短い時間の観察と俺の一言だけで、恋鐘先輩はあらゆる可能性を考え、それらを潰していったのだ。

 どうやら井上の姿は、彼女の推理欲求をくすぐってしまったらしい。きっと俺の家に行こうという理由が綺麗さっぱり消え去っているはずだ。

 しかし幸か不幸か、彼女の求める答えは、もう俺が持っていた。


「理由なら分かりますよ、井上は探し物をしてるんです」

「探し物?」


 恋鐘先輩が目を丸くして俺を見つめた。


「何で知ってるの」

「部活に来る前に偶然聞いたんです。陸上部の顧問に休むって伝えたのも俺です」

「なーんだ」


 恋鐘先輩はつまらなさそうに頭の後ろで手を組んで、井上から少し離れた。


「でも、何でここにいるんだろう。井上は教室で鞄の中を探してたから、てっきり教室で無くしたと思ったんですが」

「――ほう?」


 恋鐘先輩が反応した。

 あるはずもないのに、彼女の頭部から生えた猫耳がピクピクと動くのを幻視した。


「なるほど。それならボクがこの子の代わりに見つけてあげよう」

「先輩!?」


 しまった。余計なことを口走ってしまった。

 脳裏を過ぎるのは、迷子を見つけたときの恋鐘先輩の行動だ。子どもが心配だからと、その場からテコでも動かなくなってしまった。今回も首を突っ込んだあげく、学校に留まると言いかねない。


「井上が自力で見つけるから大丈夫ですって!」

「そんなの分からないよ。本人だって困ってるから、こんな時間まで残ってるんでしょーに」


 言いながら、恋鐘先輩は井上の胸元を覗き込む。井上は廊下の壁スレスレまで近寄って窓の外を見ているが、両腕は胸元で交差していた。何かを抱きかかえているようだ。


「んー、巾着袋だね。なんだろう」


 恋鐘先輩は右手を伸ばし、彼女の抱きかかえているピンクの巾着袋に触れる。さっきまで硬直していたのが急に布の質感を取り戻し、指で引っ張れるようになった。時間停止を解除したのだ。


「あんたは人の物を勝手に……!」

「まぁまぁ、ちょっと見るだけだよ」


 しかし恋鐘先輩が引っ張っても、巾着袋は井上の胸元で固定されていて、取れない様子だった。人間の時間停止は解除できないので、ガッシリと掴まれている場合はどうしようもない。以前、女性のスマホを抜き取ろうとしたときも同様だった。


「ダメかー」


 諦めたようにつぶやきつつも、恋鐘先輩は巾着袋の上から、指でコツコツと叩く。固いものを叩いているような、硬質の音が鳴っていた。


「柔らかいものじゃないね。お弁当箱かな?」

「もういいでしょう。井上に悪いですって」

「今はバレないよ。小林君は不感症だなぁ」

「それを言うなら心配性」

「そうだね間違えた。君はいまビクンビクンしてる」

「正しくはビクビクだがむしろ今はビキビキしてる」

「背景に“!?”って出るやつだ。不運ハードラックダンスっちまうぜ」


 いい加減にしてほしい。露骨に溜息を吐くと、恋鐘先輩は自分より身長が高い俺を見上げながら言った。


「ときに小林くん」

「はい」

「井上さんて何組?」


 彼女が俺に向けてくる笑顔は、有無を言わさぬ迫力があった。


 1年B組には生徒が二人残っていた。女子生徒二人で、談笑しているらし笑顔のまま固まっている。その他には誰も居ない。恋鐘先輩が居残りの理由にあげていた、友人とお喋りして時間が経っていた、というパターンだ。

 先輩は教室に入ると、井上の机に一直線に向かう。それから机の上に置かれていたスポーツバックに右手で触り、チャックをあけて無遠慮に手を突っ込んだ。


「だからダメですって!」

「だいじょーぶだいじょーぶ」


 呑気に答えた恋鐘先輩は、井上の持ち物を隣の机に広げていく。スポーツバックに入っていたのは、部活動で着るジャージ、Tシャツ、水筒、ウエストポーチ、制汗剤、日焼け止めだった。ウエストポーチには絆創膏やテーピングなど、怪我をしたときの応急手当用具が入っている。陸上部員が持参しそうな種類のモノばかりで、違和感はない。

 「ふむ」と呟いた恋鐘先輩は、スポーツバックに広げていったものを丁寧に戻していく。それからおもむろに、机横のフックにかかっていたリュックサックを右手で持ち上げて、机の上に置いた。チャックを開いて中身を確認し始める。


「ちょ!? そっちは関係ないでしょ!」

「そんなことないと思うよ~」


 何の罪悪感もない答えが返ってきた。見ているだけの俺の方がよっぽど気分が悪い。

 確かに時間停止中は誰にも気づかれないが、人の荷物を勝手に漁るのは倫理的に許容できない。しかも俺は異性の私物を許可なく覗いていることになる。二重の意味でまずい事態だ。

 羽交い締めにでもして止めるべきか。しかし、それをしたらきっと恋鐘先輩は不機嫌になる。初回の現象中に気遣って忠告したときも、君には関係ないと突っぱねてきた。あまり煩くすると、保健室に閉じ込められたりしないか? 

 さすがにそんなことはしないと思うが、否定しきれない人間であることも事実だ。


「――なるほど」


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