開幕④:龍造寺恋鐘と同じ部活に入る
「ごめんねぇ。珠樹ちゃん、ちょっとこうでさ」
前を歩く恋鐘先輩が“こう”と言いながら、こめかみあたりから両手を前方に伸ばすジェスチャーをした。視野狭窄、と表現したいようだ。
「結構仲良さそうですけど、昔からの付き合いなんですか」
「いんや、この高校に入ってしばらく経ってからだね。彼女の名前は黒岩珠樹。元々クラスも違ったんだけどちょっとした事件ていうか、色々あってさ」
事件というと、時間停止中の探偵活動を思い起こす。確かにそういう事情でもなければ、正反対の2人が仲良くなることがないように思えた。
「でもすごく良い子だし悪気はないんだ。許してあげて。良い先輩になってくれるはずだよ」
「はぁ……」
生返事だけする。良い子というのはきっと恋鐘先輩に対してだけだし、そもそも入部を認めてくれるだろうか。
「で、同人文化部って何してるんですか」
歩きながら問う。ようやく2人きりになれたのだから、一旦聞きたかったことを確認することにした。
「読んで字の通り、同人の文化部。つまり同人誌を作ったり配布したり調べたりっていう部活だよ」
説明にピンと来ない。
第二校舎の廊下を進む恋鐘先輩は、階段を上り始める。上階に行っているようだ。
「うちの部活って元々は歴史研究部だったんだって。でも活動内容がお固くて新入生が全然来ないから、自主制作してた広報誌の活動を拡大解釈して、テーマは何でもOKの同人誌制作に切り替わった」
「それはまた、えらく方針転換しましたね」
「乗っ取りぽい騒動もあったみたいだよ。OBがいたら聞いてみたいね。まぁその同人文化部も漫画研究部が出来てからはそっちに人が取られちゃって、緩い創作活動とか君たちのように時間を確保したい人のたまり場になっちゃったわけだ」
そのままどんどんと階段に登っていく。上階はもうないはずだが、と疑問に思っていると、階段の先が途切れている場所で彼女は立ち止まった。屋上に出るドア以外には何も置いていない、最上段の踊り場だ。
「でも、君の場合は理由が違うんでしょ?」
壁に身を寄せた恋鐘先輩が、俺に向き直る。
「放課後に時間停止現象が起こっても対応できるように、ボクと同じ部活を選んでおこうとしたんだよね」
俺は周囲を見渡す。屋上に用のある生徒はまず居ないから、ここなら時間停止現象のことを聞かれないと踏んで選んだようだ。「そうです」
「出来るだけ行動を合わせたほうがいいと思って」
「なーんだ、やっぱりそうか」
恋鐘先輩は唇を尖らせた。
「ボクに会いたくて入りたいんじゃないのね、つまんない」
「そういう冗談言ってると黒岩先輩に怒られますよ?」
「大丈夫、珠樹ちゃんは僕の言い分を信じてくれる」
「確信犯じゃねぇか」
「精々気をつけてボクのご機嫌を取ることだなぁ!」
「黒岩先輩を御せるならどうぞお好きに」
「醜い争いは止めよう」
スン、と恋鐘先輩が引き下がる。さすがに黒岩先輩《恋鐘信者》を思い通りに動かす自信はないらしい。
「先輩は部活にどれくらい参加してるんですか」
「ほぼ毎日。特に何もせずブラッシングされてお喋りしてるかお菓子食べてるだけ」
「そうですか……じゃあ俺も、毎日行ったほうがいいですよね」
「やっぱりボクに毎日会いたいんじゃん。しょーがないにゃあ」
「何時から何時まで在籍してますか?」
「待ってスルーしないで? 珠樹ちゃんとじゃこういう会話できないのボクには君しかいないのぉ」
制服にしがみつこうとしてくるので、俺は彼女のおでこに手を置いてせき止める。
「そういうの結構です」
「じゃあどういうタイプの子ならいいのさぁ」
「聞く耳を持つ人ですね」
「ベットの中みたいに囁いてくれたらいいよ」
「耳元で怒鳴ればいいですか」
「おうふ鼓膜の危機」
恋鐘先輩は両手で耳を塞ぐ。ほんと二人きりになるとすぐこんな調子外れなやり取りをしたがる、面倒くさい。
「話を戻しますよ。肝心の同人活動ってやつですけど、俺はそういうの経験ないですが大丈夫ですか」
「うん、自主制作に流儀とか鉄則とかないから。テーマは何だっていいし、コピー本でまったく問題ない。一応活動実績を残すために、文化祭で配布する同人誌制作は必須なんだけど、それだって夏休みからスタートすれば間に合う。君が興味あることはなに?」
「興味……」
なんだろう。書き物で表現したいことなんて、今までの人生の中で考えたことも無かった。強いて言えば野球を始めとするスポーツが好きだが、何をどうまとめたらいいか分からない。俺は夏休みの自由研究が苦手なタイプで、好きにしていいと言われると途端に狼狽えてしまう。
「無理しなくていいよ、小林くん。用がなければ毎日出なくていいし」
我に返ると、恋鐘先輩が苦笑していた。
「毎日時間停止現象が起こるわけじゃないから。どうせなら幽霊部員でいいと思う。矢野くんだってそれが目的でしょ。もし起こったらボクが君のところまで行くし」
「でも、いつ起こるか予測がつかな――」
言いかけてハッとする。恋鐘先輩が鬱陶しがっているのではないかと、俺は勘ぐった。
俺自身が毎日顔を合わせなければいけないことにうんざりしているのだ。彼女だって、偶然関係が始まっただけの男に対して特別な感情などあるはずもない。無理をしてギスギスしたら本末転倒だ。
「それに部活終わりも一緒に下校するつもりでしょ? 部活も同じなのにそんな風にされたら、まるで彼女みたいな感覚になっちゃう♪」
きゃっ、と言いながら、恋鐘先輩が自分の頬に手を当てる。
考えすぎだったかもしれない。
「心配しなくても完璧に演技できるんで、疑いの目は向けさせません」
「なにもそこまで力説しなくても」
「彼女みたいに見られたくないんでしょ」
「どんとこい彼女現象」
「来たら死ぬんですよ俺は、黒岩先輩の手で」
「骨は拾ってあげようじゃないか」
けらけらと笑う恋鐘先輩に、俺はため息を吐くしかなかった。
その後、入部届けや部室にいなかった三年生の部長のことを聞き、俺達は残してきた矢野の元へと戻った。
矢野は部室ではなく外の廊下で壁にもたれかかって座っていた。「矢野!」俺が慌てて駆け寄ると、矢野は親指を立てて、気絶するようにうなだれた。壮絶な戦いを終えた結末だった。「矢野ー!」俺は友人を手で支え、唇を噛みしめる。
「遊んでないでいくよー。説明するから」
「うっす」
俺は矢野を床に放り捨て、恋鐘先輩の後についていった。
恋鐘先輩は、黒岩先輩に俺を入部させると報告する。黒岩先輩も、矢野の根性に負けたと言ってきた。どうやってあの黒岩先輩を納得させたかは気になったが、本人が多くを語らないので聞かないでおいた。どうせ間抜けな、取り留めもない話だろう。
かくして俺と矢野は、同人文化部の新入部員となったのだった。
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