開幕③:龍造寺恋鐘と同じ部活に入部したい
同人文化部は図書室の隣の資料閲覧室を間借りしている。時間停止中に一度入ったことのあるその部屋の前まで来た俺は、ノックを二回した。すぐに「はーい」という声が聞こえた。聞き覚えのある恋鐘先輩のものだ。
俺はドアをスライドさせる。
「失礼します。同人文化部はここで間違い――」
俺は、言葉の途中で呆気にとられた。
部屋の中は前に見た光景と変わりはない。大きめのホワイトボードや食料品が隠されているスチール製の棚がある。窓はカーテンが閉められ、室内には横に長い机が2つとパイプ椅子が4つ。そのうちの1つに女子高生が座っている。
「あれ、小林くん。どうしたの?」
俺に声をかけてきたのは恋鐘先輩だった。彼女は入口に体を向けて座っていた。
だが、彼女はパイプ椅子に座っていない。
座っているのは、女子高生の膝の上だ。
「――恋鐘。誰、こいつら」
警戒心を含んだ鋭い声を吐き出したのは、恋鐘先輩を自分の膝の上に載せている女子高生だった。上履きのラインが黄色だから同じ二年生だ。
俺と矢野を睨み付けている彼女の手は恋鐘先輩の髪の毛を一房ほど持っていて、もう片方の手にはブラシを持っている。つまり先輩女子は恋鐘先輩を膝の上に載せて、彼女の髪をブラッシングしていた。
「一年生の小林輝路くん。ちょっと前に知り合ったの」
「変な名前」
一切の躊躇も遠慮もなく吐き捨てられる。彼女は相変わらず俺の方を睨んだままだ。
先輩女子はつり目で鼻筋が通っていて、そのパーツを際立たせる程度には化粧をしている。ウルフカットの髪型もよく似合っている。耳にはピアスのための穴がいくつか空いていたが、学校だからか全て外していた。
女子は制服にリボンかネクタイ着用が義務になっているが、彼女はどちらもつけておらず、首筋から鎖骨まで覗くくらいにシャツが開いている。もう少しで谷間まで見えてしまいそうで危うい。
その見た目は恋鐘先輩と正反対だ。恋鐘先輩は化粧や着こなしに無頓着、片や先輩女子はパンキッシュな雰囲気でこだわりを感じる。タイプの違う女性同士なのに、片方が片方を膝に座らせてブラッシングしているという光景が直結せず、俺は少なからず困惑した。
「小林くんと、ええとそっちの子は?」
「あ、矢野っす。小林のダチっす」
恋鐘先輩に聞かれた矢野が相好を崩していた。さっきまで呆気にとられていたが、女子二人、特に先輩女子に見とれている。
「そう、矢野くんね。二人はどんなご要件?」
「恋鐘先輩にこの部活のことを聞きたくて」
「恋鐘ぇ?」
剣呑な声を発したのは先輩女子だった。
彼女は膝に座らせていた恋鐘先輩を丁寧に下ろすと、立ち上がって俺に近寄ってくる。
「なんでてめぇが恋鐘を名前呼びしてんだ? あぁ?」
顔面寸前まで詰め寄られて俺は喉を無らした。この先輩女子、180センチ近くある俺に顔が近づけられるくらいには背が高い。
眉根を寄せた威嚇の表情も、整った顔だからこそ迫力があった。
「馴れ馴れしい。ハッ倒すぞ」
「どーどー、珠樹ちゃん。ボクがそう呼ぶように言ったんだよ」
近寄ってきた恋鐘先輩が、珠樹と呼んだ女子の腕にぽんと触れる。140センチ台の小柄な彼女は、俺と珠樹先輩に挟まれた小人みたいになっていた。
「うぉ、ボクっ娘だ」などと隣の矢野が感動したように呟いていた。
「なんでさ」先輩女子が、ぐるりと恋鐘先輩の方に向く。
「ほら、前に言ったじゃん。龍造寺先輩って呼ばれるのイカついからヤだって」
「だからって男に名前で呼ばせるんじゃねぇよ。勘違いされっぞ」
「そうかなぁ?」
「そうだ。女ならまだしも男はダメ。お前はよくてもこいつが勘違いする」
親指を刺されてこいつ呼ばわりされる。初対面なのにこの態度は、さすがに段々とムカついてきた。
「そうなの?」恋鐘先輩が小首を傾げながら俺に聞いてくる。
「名前で呼ぶとボクのことを意識しちゃうのかい? 小林くんは」
「しませんね」
「ほらな」
俺の声と先輩女子の声が重なる。
予想外の返事だったらしく、先輩女子は俺を睨みつけてきた。
「嘘つけてめぇ」
「嘘じゃないです」
「男はそうやって誤魔化すからな。大方、恋鐘目当てで入部しに来たんだろ?」
決めつけが過ぎるが、目的は違えど趣旨は合っているのがややこしい。
「そもそもここ、文系の小規模部活だぞ。なんでガタイの良い男二人が揃って来てんだよ。どう考えても邪な目的としか思えねぇ」
腕を組んだ珠樹先輩が俺と矢野を交互に見比べていた。悔しいが、一人は完全にそっち方面の理由なので反論しようがない。矢野をパージすればいいだろうかと、俺は真剣に思い悩む。
「横槍すんません、俺もこいつもバイトしたいんすよ」
そっち方面の矢野が割り込んできた。揉み手をしそうな勢いで頭を低くしている。
「うちの高校って部活か委員会のどっちかに入る必要あるじゃないですか? バイトしたくても活発なやつだと時間できないんで、ゆるーいとこに入らせてもらえると助かるなって思いまして」
「委員会に行けばいい。保健委員なんて簡単だろ」
「そんなことないっすよ。石鹸や消毒液のチェックと詰め替えとか、保健だよりの配布とか啓蒙ポスターの張替えとかアンケートの回収とか、ちょこちょこ役割あるんですって。それに委員会って教師と距離近いから顔を覚えられやすいんすよね。バイトしてるのバレやすくなるデメリットがあるから避けたいっす」
よくもまぁペラペラと嘘の言い訳が出てくるなと感心してしまう。矢野はずる賢いという方向で頭の回転が早いやつだ。
「なるほど、それでうちの同人文化部が君たちの都合に合うって思ったわけだ?」
「はい……失礼な話だとは、思いますけど」
恋鐘先輩の問いかけに、俺は遠慮がちに返事をする。矢野にも目配せすると、コクコクと頷く。
恋鐘先輩は指を頬に当てて、考える素振りを見せた。
「そういうことならいいんじゃない?」
「恋鐘!」先輩女子が訴えるように声を上げる。「まーまー」と恋鐘先輩は手を振って落ち着くように示していた。
「うちも部員は多いほうがいいでしょ。美咲先輩が卒業しちゃったらボクと珠樹ちゃんの2人しか居なくて、部活動の要件を満たさなくなっちゃう」
「それは……でも、来年の新入生を勧誘すれば」
「女の子が珠樹ちゃんを怖がって入ってくれないじゃん。今年もそうだったでしょ?」
痛いところを突かれたように先輩女子が呻いた。
「それにうちの部活は毎日来なくてもいいし、制作ノルマもない。強いて言えば文化祭に向けて制作物をお披露目するのが大きな目標だけど、それだって一年に1回だけだしね。バイトする余裕はあると思うよ」
「でも男は嫌だ」
先輩女子は恋鐘先輩を後ろから抱きしめ、俺達を睨みつけた。何だかデカい番犬みたいだ。
「こいつらが恋鐘にちょっかい出してくるかもしれない」
「まぁね~ボクって美少女の部類だし?」
「恋鐘」
珠樹先輩が恋鐘先輩の肩に手を置き、自分の方へぐりんと回転させる。珠樹先輩は真摯な目で恋鐘先輩を見つめた。
「分かってるなら、ちゃんと考えて。恋鐘はとても素敵な女の子だよ。あたしが保証する。こんなにも指が長くて肌が綺麗で顔立ちが整ってて髪の毛もツヤツヤな子、男が放って置くはずがない。ちゃんと身を守ろうとして」
「お、おう……」
凄い、あの恋鐘先輩がドン引きしている。こんな恋鐘信者な人間、どこで見つけてきたのだろう。
俺と矢野が圧倒されていると、恋鐘先輩は咳払いして、両肩に置かれた手を優しくどかした。「じゃあさ」
「面談しよう。この子たちが信じられるかどうか、話して決めればいいよ」
恋鐘先輩が俺の方に振り向いて、片目を閉じてみせた。珠樹先輩は唐突の提案に面食らっていたが、思案するように腕を組む。
「ボクは小林くんと話してくるから。珠樹ちゃんは矢野くんお願い」
「いやあたしがそいつと話す」
「ぶん殴りそうだからダメ」
珠樹先輩が舌打ちした。マジで殴られる可能性があったのかよ。
「じゃあ行こうか小林くん」
「あ、はい」
恋鐘先輩がそそくさと廊下に出る。珠樹先輩に反対させないためだろう。
俺もすぐに彼女の後を追った。
「え!? ちょっと待てよ! 俺一人かよ!」
「てめーもいい度胸してるからな。耐えられるか試してやる」
振り返ると、狼狽える矢野を珠樹先輩が室内に引きずり込み、ピシャリと扉が閉められるのが見えた。
死んだかもしれない。すまん矢野。成仏してくれ。
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