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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第2章 時の止まった放課後
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開幕②:諦めたこととその原因

 矢野は後ろの席から、三白眼を俺の弁当に向けた。


「それ、ばーちゃん作だっけ」

「いいだろ?」


 俺は弁当箱を持ち、矢野に見せつけてやった。


「これぞ日本人って弁当だよ。味が染みててうまいし最高だ」

「お前って図体の割に爺臭いよな」

「そうか? あ、弁当はやらんぞ」


 俺は弁当を自分の手元に引っ込める。「いらねぇよ」矢野は苦笑いし、購買で買ってきた焼きそばパンを食べ始めた。何となく一緒に昼飯を食べ始める。

 俺は隣県からこの高校に入ったので当然、学校内に知り合いはいない。矢野もこのクラスで初めて出会った人間だが、俺が前の席ということで話しかけられた。キッカケは小林輝路こばやしきいろという珍しい名前についてだったが、その後は特にネタにされることもなく普通に接してくるので、俺もまぁいいかと付き合っている。

 「そういや小林さ」矢野が焼きそばパンを食べながら話しかけてくる。


「お前、部活どうする? 決めた?」


 矢野が言っているのは、仮入部期間の終わりのことだ。上北垣高校では入学して1週間後に新入生向けの部活紹介があり、そこから部活の仮入部期間が1週間設けられる。その間に部活体験をして、仮入部期間が終わる頃には正式に部活を決めることになっている。


「いや、まだ」

「何かやりたい部活あんの」

「ない。俺は元々入らないつもりだった」

「んじゃ帰宅部? それだと委員会になるぞ?」

「それでも構わないけど」

「あ、そういうこと。俺どっちも嫌なんだよ。部活で放課後拘束されたくねぇし、委員会もダルい。はーぁ、部活入ってないやつは委員会入るって制度マジでやめてくんねぇかな」


 上北垣高校は部活の強制参加ルールはない。参加は自由だ。ただし他の高校と違って、部活に入らなかった人間はどこかの委員会に所属するという決まりがある。比較的自由な人材を各種委員会に充てがい、一部の生徒に負担が集中することを避ける狙いがあると聞いた。

 その目論見は、矢野みたいに完全に自由が欲しい生徒にはすこぶる不評だろう。

 「――ん?」そこで矢野が何かに気づいた。


「つもりだった、って言ってたな。今は入る気があるのか?」

「まぁ、迷ってるっていうか」

「どこだよ」

「何で聞く」

「暇そうだったら俺も入る。幽霊部員歓迎なら尚良し」

「えぇ……」

「嫌そうな顔すんな傷つくだろ」

「お前、女子苦手?」

「好き」


 矢野が即答した。悪いやつではないが、こういうところが不安だ。

 俺は躊躇ったが、誤魔化す理由も思いつかないので教えることにした。


「同人文化部ってとこ。女子しかいないと思うから、どうしようかなって」

「同人……? そんなのあったっけ。文化系だよな、何してる部活?」

「さぁ。よくわからん。なので聞きに行く」

「あ、お前もあれか? サボりやすい部だから選んだな?」


 俺は返答せず視線を逸らす。受け答えを間違えたと思った。

 時間停止現象がいつ起こるか分からない以上、恋鐘先輩の近くにいる時間は多い方がいい。同じ部活にしておけば行動範囲を合わせることができると考えていた。

 しかしそれは俺の都合で、急に文化系気質と真反対な男が入部したら驚くだろう。女子だらけなら尚更だ。

 俺だけなら、恋鐘先輩に取り持ってもらって大人しく過ごしているつもりだったが、矢野という事情も知らない男がくっついてきたら迷惑をかける気がする。

 「よしわかった」矢野が焼きそばパンの最後を咀嚼しみながら、俺の肩に手を置く。


「今日一緒に入部届だしにいこう小林」

「まだ迷ってるって言ったろ。ていうかお前を誘ったつもりはない」

「大丈夫大丈夫。俺女子と話すの得意だから。もし嫌われても幽霊部員扱いしてくれたらそれでいいわけだし。な?」


 魚群を見つけた船長みたいな目つきしてやがる。

 何とか気を逸らせないかと思考を走らせたとき、


「あんたなんて大人しい子に怖がられるだけでしょ、止めなよ」


 第三者の声が降りかかった。

 俺と矢野は同時に声の方向へ振り返る。

 俺達の机の隣に、女子高生が立っていた。髪をポニーテールに結んで活発そうな顔立ちをしている。化粧っ気はまるでないが、整えたら美人になるタイプだ。手には保冷バックを持っている。時間帯的に、弁当箱でも入れているのだろう。

 しかし声をかけられたものの、俺はその女子に見覚えがなかった。クラスにいただろうか。


「ええと……?」

「あ、ごめんね急に声かけて。こいつとは中学からの顔なじみでさー、つい心配になって声かけちゃった」


 女子は矢野に肘打ちを食らわせている。矢野は嫌そうな顔をしてその手を払っていた。


「話に割り込むなよ井上。こっちは男同士の話し合いしてんの」

「彼、嫌がってんじゃん。ねぇ?」


 同意を求められたのでしっかり頷いておいた。井上、と呼ばれた女子は矢野に勝ち誇った笑みを向ける。


「そもそもサボり前提で入られたらそこの部員だって悲しいじゃん」

「出たよ部活優勢思想。そんなに熱い志の奴ばっかじゃないだろ」

「そんなこと言って、あんただってバンドに熱入れてたんだから気持ちわかるでしょ? 高校ではやんないの?」

「……別に。飽きたんだよ」


 矢野は急にトーンダウンした。何かありそうな雰囲気だったが、井上はそれ以上は詮索せず、俺に興味を向けてきた。


「ところで、お名前聞いていいかな」

「小林、だけど」


 名前は伏せておいた。どうせすぐバレるだろうが、自分で言うのは恥ずかしい。


「私、一年B組の井上梓。よろしくね」

「うん、よろしく」

「ところで小林君て結構背丈あるよね? 筋肉もあるし」


 言うや否や、彼女は俺の二の腕を触ってきた。


「なにか運動系の部活してた?」

「……中学まで野球を少々」


 答えている間も二の腕をぷにぷに触られてくすぐったい。


「へぇーそう。うちも野球部あるけど、小林君は入らないん?」

「うまくなかったんだ。よくて代打とか代走が回ってくるくらい。高校もたぶんレギュラーになれない。だから、もういいかなって」


 嘘はついていない。小学校六年生に起こった事故で俺は左腕に軽い麻痺の障害が残った。ボールを取ろうとしても、グローブでうまくキャッチできなくなってしまった。それでも諦めきれずバッティングや盗塁などの左腕をあまり使わない技術を磨こうとしたが、結局中学でも実績は残せなかった。それで諦めがついた。


「代走? ってことは足が早いんだ?」

「どうかな。あくまで中学のチームの中では、ってくらいだと思う」

「だったら陸上部入らない?」


 話がまるで繋がっていなくて俺は軽く驚く。井上は構うことなく続ける。


「あたし陸上部入っててさ、部員もまだまだ募集中。ちょっとでも体動かすほうが楽しいよ?」

「おい井上、俺らの会話聞いてたんじゃないのかよ。小林は積極的に部活したくねーんだって」

「興味の湧かない部活に入って幽霊部員になるよりいいでしょ。楽しんでる子達にも失礼よ。むしろ小林君は陸上部に来るべき。チーム競技ばっかりじゃないから、個人種目で大会だって出れるし、自分のペースで活動できる。いいことばっかりよ?」


 意気揚々と語る井上に俺は苦笑いした。なるほど、こういうタイプか。矢野に目配せすると、彼もやれやれと首を振っていた。


「お前さー自覚してる? 俺が小林に強引に迫ってたのと変わらないことしてるってこと」

「ありゃ、そっか」


 井上はパッと手を離した。俺に向かって照れたように笑う。


「ごめんね~つい調子に乗って。でもさっきのは本心だから。考えといてよ」

「ああ、うん」


 曖昧に返事をすると、矢野がしっしと手を振る。「ほれもう行けよ」

 井上は矢野に舌を出し、俺に手を振ってから、教室の隅で固まっている女子グループに向かっていった。隣の教室から来た理由はそっちのようだった。


「中学時代の同級生、だっけ?」

「まぁな。気をつけろよ小林。あいつ勝手な奴だから。しかも馴れ馴れしい。すぐ触ってきやがるしな。顔もちょっと可愛いから勘違いした奴が結構いるんだよ。全然その気ないくせによ」


 矢野がムスッとしていた。こいつも勘違いしたやつの1人、だったりして。


「ところでお前、バンドやってたんだな」

「お前こそ野球やってたのか」

「続けないのか」

「お前と似たような理由だよ」


 さっきは飽きたと言っていたのに。本当のところは、もっと複雑な事情がありそうだった。

 俺はそれ以上聞かなかった。掘り返したって愉快な話になるわけじゃない。平気なようでもまだ情熱の炎が燻っていることもある。焦がされないよう、静かにやり過ごしているだけ。俺は、俺自身の体験からそれを知っている。

 こういうところで共通した感覚を持っているから、割とウマが合うのかもしれない。


「で? 陸上部、本当に入るのか?」

「いや、予定通り同人文化部に行ってみる。門前払いされたら考えるさ」

「そうかそうか。じゃあ俺もついていくからな」

「井上さんには注意しといて、お前はいいのかよ」

「俺は小林のダチだからな」


 矢野は悪びれなく主張してくる。俺はため息を吐いた。

 矢野という不純物にどう反応されるか分かったものではないが、一緒に同人文化部に顔を出してみるしかなさそうだ。


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