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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第2章 時の止まった放課後
14/15

開幕①:龍造寺恋鐘との今後を考える

 時間は普通に流れていく。

 授業が終わり、休み時間を適当に雑談したりトイレにいっている間に終わり、次の授業が始まる。窓際の俺の席から見えるグラウンドでは、ジャージ姿でトラックを走っている生徒が確認できる。

 誰も、急に動かなくなることなんてない。当たり前だ。

 時間が、止まるわけはない。


(……当たり前のはずなんだけどな)


 俺はシャーペンを指の間でくるくる回しながら黒板を眺める。前の席の生徒も隣の席の生徒も、黒板に書かれた数式を一生懸命に書き写している。俺もそれに倣うべきなのだろうけど、ここ数日はぼうっと考え込んでしまってあまり集中できない。

 頭の中を占めるのは、一週間前に起こった時間停止現象のことだ。

 あの日、俺の周囲は、いや俺以外の全ての世界の時間が止まった。

 突然の出来事の中で、俺は龍造寺恋鐘という1学年上の先輩に急に捕縛された。

 彼女は10歳の頃から時間停止現象に巻き込まれ、それから7年間ずっと自分以外に停止世界で動く人間を見なかった。しかし先日、俺という人間が動いているのを見て仰天し、何かされる前に先手を打とうとバレーボールネットを投げつけてきた。あまりに豪胆な女すぎる。

 その後の会話によって、俺が時間停止世界に巻き込まれたのが初めだったこと、彼女が持っている“無生命体”であれば時間停止を解除できる能力を持っていなかったことが判明し、危険はないと判断された。結果的に、共に時間停止現象をサバイブする仲となった。というか、一方的に俺が介助される側だ。

 なぜなら俺一人では、時間停止世界を生き抜くことができない。もしも個室で時間停止が起こったら、俺はその場から出られず餓死するなんていう、奇っ怪な事件の当事者になってしまう。だから時間停止現象中、俺は恋鐘先輩に引っ付いていないと生きていけない。

 原因は不明。恋鐘先輩は、いくら考えても分からないから受け入れるしか無い、と言っていた。今や俺も同じように考えている。神様の気まぐれだとすれば、それで話は終わりだ。解決しようがない。

 重要なのは、不運にも巻き込まれた人生をどう生きていくか、ということだろう。

 一応俺達は、巻き込まれた最初の日にこれからのルールを決めた。


 1.学校にいる間に起こった場合、俺が移動できる状況なら同人文化部で互いに合流する。移動できない場合はその場で待機し、恋鐘先輩を呼ぶなどして来るのを待つ。

 2.夜間に起こった場合は自宅待機。恋鐘先輩が来るのをひたすら待つ。

 3.休日はできるだけ自宅から離れない。離れる場合は事前に、恋鐘先輩にどこへ行くか伝えておく。


 まるで付き合いたてのカップル、しかも重めの彼女みたいな距離感にうんざりする。が、こうしないと俺が危なくなるので仕方ない。

 学校に居る間はまだマシで、休日の行動が制限されるのは辟易する。まさか恋鐘先輩を同行させるわけにもいくまい。


(やっぱりバイトとか、難しいんだろうか)


 本当は高校生になったらアルバイトを始めたかった。祖父母宅に居候させてもらっている間に資金をためて、大学は早々に一人暮らしを始める予定だった。過保護な父母にかかると自宅に戻ってこいとか、自宅から通える範囲にしろなんて言いかねない。

 俺の父は芸術家気取りの無職、母は資産家の令嬢で、二人はデキ婚だった。父はいい年して働きもせずよくわからない創作活動に勤しむ芸術家肌の繊細な人間だったが、母はそんな父に一目惚れをして、実家の反対を押し切って俺を生んだという。

 今でこそ父親は小さな個展が開けるくらいになったようだが、ずっと母の実家頼りだったし、二人はその状況に悪びれることもなかった。そんな父母だからこそ普通の家庭とは異なる感覚を持っている。小中時代はよく恥ずかしい思いをさせられた。

 だから俺はわざと隣県の高校を受験して、祖父母宅に居候させてもらった。父母はかなり反対したが押し切った。引っ越しのときは清々したものだ。

 だというのに、入学早々から時間停止現象なんてものに巻き込まれたいせいで、俺の当初の計画が大幅に狂っている。

 というか、高校生活はまだいい。大学になったらどうなる。

 時間停止現象がいつ起こるか、いつ終わるか分からないのであれば、俺の命綱である恋鐘先輩と同じ大学に行くしかないのではないか?

 その後も彼女と同じ地域に住み、彼女と同じ企業に就職するのか?

 もういっそ同棲でもしたほうが手っ取り早いんじゃないか?


(――あの人と?)


 脳裏を浮かぶのは、時間停止中に勝手に探偵活動を始める恋鐘先輩の姿だ。

 説明もなくずんずんと進み、意味不明な頼み事をして、俺を散々翻弄してくる。それもこれも自分の推理を構築するためなのだが、説明が下手くそで端折るからストレスが溜まる。後で聞けば理路整然としているが、行動中の彼女はまるでカオスだ。

 聞けば、孤独な停止世界で心を病まないために身に着けた技術らしい。同情はするが、かといって同行する自信はない。

 なのに一生一緒にいるとか、考えただけで気が滅入る。

 俺は数学に悩むフリをして、頭を抱えた。


***


 4限目が終わり、昼食の時間に入った。クラスの生徒達は仲の良い人間と机を寄せ合ったり、別のクラスや購買の方へ移動していく。

 俺は机の横に引っかけている自分の鞄から、手拭いに包まれた弁当箱を取り出した。青海波柄の古風な弁当箱は、祖父が使っていたものをそのまま引っ張り出してきた。割と年季が入っている。

 蓋を開けると、鶏肉とえんどう豆の煮物に卵焼き、菜の花のおひたしというレパートリーだった。ご飯には梅干しが一つ乗っている。

 非常に素晴らしい。

 祖母の手作り弁当は、現代高校生が喜びそうな揚げ物も冷凍食品もまるで入っていない。けれど俺は満足だった。独創的調理と言って憚らない、レシピをガン無視したその日の気分で作られる母の料理に比べれば、泣けるほど嬉しい。

 ただ、齢70になる祖母に毎日弁当を用意してもらうのは気が引ける。そのうち料理を覚えて、自分の昼飯はどうにかするつもりだった。今までも料理を練習したかったのだが、台所に立つと「お母さんの料理嫌になったの!?」と母がヒステリーを起こすので出来なかった。そうだ、と言えば悪化するのは言うまでもない。


(時間停止中が練習にうまく使えるかな)


 おひたしを口に運びながら考える。時間停止中を生き抜くために、自室に保存食やカップ麺を溜め込むつもりだが、そればかりでは健康に良くない。それに、下手すれば数日にも渡る空き時間を無駄に過ごすこともない。恋鐘先輩にガスコンロや鍋の時間停止を解除してもらえば、自炊だってうまくいくはずだ。


「相変わらず渋いもん食ってんな、小林」


 バシンと背中を叩かれて俺はむせる。

 叩いてきた奴を睨めつけると、そいつは悪びれもせずにニヤリと笑っていた。


「食事中はやめろよ、矢野」

「まぁそう怒るな」


 そう言った男子は、俺の後ろの席に座り、購買で買ってきたであろうパンを机の上に置いた。

 彼――矢野秀和やのひでかずは、今どき珍しく頬まで髪を長くしている。平成でいうロン毛と呼ばれていた髪型だ。矢野は平成時代の流行が好きで、積極的に平成ブームを取り入れている。将来はウォレットチェーンをじゃらじゃらつけて、日焼けしてスノーボードで遊ぶ男になるのが夢だという。


面白かったらブクマ・レビューよろしくお願いします

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