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龍造寺恋鐘の時間停止ミステリ  作者: 伊神一稀
第1章 時の止まった公園
13/16

解決③:電話の相手

「「えっ?」」


 女性と俺の声が重なった。

 二人して恋鐘先輩をマジマジと見つめる。


「なんです? 二人して」

「いえ……私、この子の叔母だと言いましたっけ?」

「ああ、勘です。貴女が薬指に指輪を嵌めていなかったので、ご結婚はされていないのかなと」


 恋鐘先輩が女性の左手を指差す。

 女性――千弘くんの叔母は、自身の左手の薬指を見つめた。確かに指に装飾の類がないことは、時間停止中のときに見て分かっていたことだ。

 だけど、それだけで叔母だと断定できるはずがない。


「はぁ……なるほど?」


 叔母も同様に釈然としていないようだったが、当の恋鐘先輩が機嫌良さそうにしているので、それ以上追求することはなかった。

 その後は二、三ほど言葉を交わして、二人は公園へと戻っていった。途中で千弘くんが振り返って、小さな手をぶんぶんと振ってきた。叔母さんも何度も頭を下げていた。

 姿が見えなくなるまで、俺達は二人の姿を見送っていた。


「――時間にして6時間くらいだったね。君の自宅まで寄る手間が無くなってよかったよ」


 恋鐘先輩は両腕をぐっと上に伸ばして、疲れたように「うーん」と声を漏らした。


「さて、今回も一件落着だ。肉体的にはもう寝ててもおかしくない状態だし、学校に戻ったらそれぞれの家に帰ろうか」


 全てが動き出した県道を、恋鐘先輩は学校に向かって歩き始める。

 「あの」その背中に俺は声をかけた。


「なんで叔母さんだってわかったんですか」


 どこで実母ではないと気づいたのか。どれだけ考えても、俺にはその結論が導き出せない。この疑問を放っておけなかった。


「さっき言ったでしょ、指輪してなかったからって」


 恋鐘先輩が立ち止まり、振り返る。茜色の光が彼女の横顔を照らしていた。


「年配ならともかく、若い人はそこまで不自然じゃないです。仕事中は外してるとか、ネックレスにしてるとか色々理由があるかもしれない。なのに先輩は断言した。なぜです」

「彼女が話していた人こそが、実の母親だからだよ」


 告げられたことが、うまく飲み込めなかった。


「実の母親? え、だって、会社から電話が来たって言ってましたけど」

「それは千弘くんが居なくなったときのことだよ。緊急事態かもしれないのに、仕事の電話を継続しながら消えた子どもを探すかな?」


 考えるまでもなかった。


「……しない、ですね」

「そう、人を捜しながら重要な会話はできない。取引先だったとしても、後でかけ直す、と言って切ればいい。それにあのベンチには広げられた手帳がそのまま置いてあった。彼女は手帳を見ながら通話していて、千弘くんから目を離してしまったわけ。つまり仕事の話をするのであれば、手帳に書いてある情報が必要になる。でも時間停止中の彼女はそうした類のものは何も持っていなかった。よって相手は、仕事関係の人間じゃない、と考えられる」


 頷ける推論だ。しかしまだ完全に納得はできない。


「だとしても、相手を特定するには弱いですよ。たとえば警察に電話していたかもしれない」

「自分に置き換えてみるとわかりやすいよ」


 恋鐘先輩は俺に疑問を投げかけられても、嫌な顔をするどころか活き活きと返事をしてくる。

 推理について話し合うことが楽しくて仕方がない――そんな風に見えた。 


「たとえば君に保育園児の弟が居たとする。その子が公園で迷子になってしまった。でも自分では見付からない。じゃあどうする? 警察に通報する?」

「通報――というと、結構大げさな響きですね。でもすぐに見つからなかったら、頼ると思います」

「すぐに、ってのはどれくらい? どこまでいったら電話するのかな?」

「それは――」


 俺は返事の途中で言葉を詰まらせた。

 話しながら、恋鐘先輩がなぜ相手を母親だと察したのかが分かったのだ。


「――近くに居た人に、幼児を見なかったか尋ねます。何だったら一緒に捜してもらうかも。それでも見つからなかったら、通報します」


 時間停止中の公園には小学生も談笑中の母親たちも大勢居た。誰か千弘くんのことを見たかも知れないし、何なら垣根に入っていった瞬間を目撃していた可能性もある。

 しかし、叔母は公園の外に出て電話をかけていた。頼った様子がなかった。

 「そうだね、ボクでもそうすると思うよ」恋鐘先輩が頷く。


「でも時間停止中のお母さん達は雑談中で、誰も慌てた様子はなかった。周囲の子供たちも普通に遊んでた。だからボクは、あの女性が自力で探し始めてすぐの段階で時間停止が起こったんじゃないかなって思ったんだ。じゃあ、そんな段階で真っ先に連絡する人は誰なのか? 指輪をしていなかったことも含めて、千弘くんの実の母親なんだろうと考えたわけ」

「それは、迷子になってしまったと報告するため、ですか?」

「もしくは、千弘くんがいつもどうやって遊んでいたか、1人でどこまで行けるのか、を聞いていたのかもしれない。母親ならその辺は自分よりも情報を持っているだろうからね。何にしても、真っ先に報告しなくちゃいけないからこそ、捜しながら電話する必要があったのさ」


 「あと、千弘くんも言ってたじゃない?」と、恋鐘先輩は人差し指を上げる。


「ボク達の顔を最初に見たとき、ねーね、って誰かを探してた。実はそれを聞く瞬間まで、すぐ警察に電話できるお母さんていう可能性も捨てきれなかったんだけど、叔母さんなんだと確信した」

「俺はてっきりお姉ちゃんを呼んだのかと……」

「三歳程度の子が実母よりも先に呼んでいる時点で、一緒に行動していた人である可能性が高い。でも公園に中高生の女子は居なかったよね。だから実際の実姉ではなく、“自分のことをねーねと呼ばせている人”が居ると思ったんだ。あの女性は二十代程度に見えるから、叔母さん呼びではなくねーねっていう愛称で呼んでもらっていたんじゃないかな?」


 「ほかに聞きたいことはある?」説明を終えた恋鐘先輩が聞いてくる。


「いえ……無いです」


 俺は圧倒されて、それしか言えなかった。彼女の中ではちゃんと点と点が繋がって理路整然と情報が並べ立てられていた。

 真に驚くべきは、この一連の推理を“時間停止中”に導いた、ということだ。

 彼女の説明は、直接本人に聞けば分かるような単純なことばかりだが、誰とも喋れない状況ですべての辻褄を合わせることが、いかに人並み外れた偉業か本人は分かっているのだろうか。


「そ♪」


 満足げに答えた恋鐘先輩は、腰の後ろで手を組んで歩き始める。

 彼女の後ろ姿を見つめながら、なぜ機嫌がいいのかを察した。

 先輩は言っていた。時間停止後に答え合わせすることが楽しい、と。

 さっきも叔母さんだと告げることで反応を見て、当たっていたこと確かめたのだろう。それは彼女の中で完結する、独りよがりで身勝手な遊びだ。ともすれば人のプライバシーやプライベートなことを勝手に推察してほくそ笑んでいる、とも言える。

 だけど、誰にも知られない探偵活動のおかげで、あの迷子は悲しい思いをする前に叔母に会うことができた。事故の危険性も未然に防げた。

 彼女は正しいし、危うい。だけど、俺は彼女の行動の是非を問うことができない。俺は龍造寺恋鐘ではないのだから。生きるために本当に必要な行為なのか、俺が判断できるはずもない。

 俺は小林輝路だ。時間停止中の推理によって精神を保つ人に、助けてもらわなければいけない存在。

 彼女と過ごすことでいつの日か、その心が理解できるときが来るのだろうか。

 そんなことを考えながら、俺は恋鐘先輩を追った。


***

 

 千弘くんが迷子になってから一ヶ月ほど経ったあと、俺は何となしにあの公園に寄ってみた。

 垣根にあった歪な穴の前は補植されて塞がれており、ここに入ってはダメ、と書かれた立て看板も立っていた。

 誰かが行政に通報したのかもしれない。そのお節介な誰かのことを話すと、恋鐘先輩はただ笑って受け流していた。


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