第三話□ デモンストレーション
デモンストレーション
案外、クラスの目は厳しくない。昨日は慌ただしく、友達云々言っている暇もなかったらしい。俺にもつけいる余地ができたのは僥倖だ。
「と言うことで皆さん。昨日は慌ただしくてできなかった自己紹介です」
俺の状況説明をわざと遮るかの如くそう切り出したのはこのクラスを担当する女性教師。南山悦子という、男らしすぎる粋な美人。その顔のせいか、若さの割に妙に貫禄が出ている。資質、と言う奴やつなのだろうか。とまあ、先生に対する批評はここまでとする。
自己紹介と言えば先陣を切って1番目が指名されるに違いない。一応これでも何度も自分の自己紹介を反芻してきたのだ、最後のチェックと行くか。えーっと私は16歳の独身…。しかし俺の予想は余りにスウィートだったということがここで分かってしまった。
「では、昨日来なかった村山君」
クラスがざわめく。知らないんだけど、俺から? …なんでだよ! 口答えするぞ! そう、いきなり俺が呼ばれてしまったのである。
「え、先生。私最後でも最初でもありません!」
この女、俺に何か恨みでもあるのだろうか。
「文句あんのか?」
江戸っ子かよこの女。いや…江戸っ子か?
「あります!」
とにかく生徒の主張は受け入れるべきだと思うんですよ。
「黙れ!」
ビクッ! 俺の体は硬直する。生徒の主張は受け入れてもらえなかったよ…。しかもこの女は思ったより体育会系だった。目は大分つり上がってるし、反論したらどうなるか分かったもんじゃない。いや、分かっているのだがきっと認めたくないのだろう。頭が。
「お前は担任の私の言うことを聞けないの…か!? ああん?」
いつの間にか鼻先18㎝の所まで顔が来ているという状況、超スピードとは恐ろしいの。ほんとマジ勘弁してください。あんた昨日ラーメン食ったでしょ、息で分かりますよ。絶対言わないけど。
「いや、その…まあですね。世間の常識では…」
「ここでは私がルールだが?」
何だよこいつ! 独裁政治かこいつ! 誰か助け船を…だめだ、みんな初対面だった。グヌゥェ!
「いや、その…あれですか?」
「何が…あれなんだ?」
もっと近づけてくる先生。あんた女じゃないのかよ。他の男子の中にうらやましそうな目で見ている野郎どもが多少居る。代わってやるよ。できたらな。
「えっと…先生は私に何か恨みでもあるのでしょうか」
「無い」
余計分からん。新手のいじめか?
「じゃあなんでわざわざ私から始めようと?」
まさかもう先生の間ではある程度の話題になっているとか、まさかあの程度でな。
「お前の名前を職員室でちょくちょく耳に挟んでな、その時名簿でお前の名前を調べたんだよ。あ、こいつ来てない奴だと思ってな。そしたらのこのこ悪びれもなく今朝現れたってわけだ。これ以上理由が要るか?」
要りません、もうどうすんのよこれ。早速俺の名前が知れ渡っちまったじゃねえか。たかが寝坊でなんでこんな目にィ…。そんな思いを振り払うように俺は唇をかみしめ、拳を握りしめた。切り忘れていた爪が肌に刺さって痛くって反射的にパーになった。
「お? どうした? 目尻に涙が出てるぞ~」
こいつは先生じゃない。鬼だ。もういいこれ以上粘ったって無駄に目立ってしまうだけだ。あ、手遅れだったわ。
「分かりましたよ! やりゃあいいんでしょやりゃあ!」
俺はそう言ってスタンダップ。YAKEKUSO!
「よし、その意気だ。お~いみんな。今から村山篤志が自己紹介するってよ!」
俺は切ってやったさ。南山ババアにこの上ないメンチを。でもな? 世の中には見ちゃいけない顔って言うのがあってな? とくにこの女の切れちまったときの顔なんだがその顔を見ちゃうと耐性のない奴は失禁しちまうほど恐ろしいらしい。
「…なにか文句でも?」
こわいよ!
「いえいえいえいえいえないですないですないですって!」
「よろしい」
そう言って先生は般若を止めて教卓前に戻っていった。
「クスッ」
クラスのどこかで笑い声が起きる。おいおい、笑い事じゃないぜ。本当だってば。
「えー皆さん。静粛に」
俺はクラスが一定の静かになるまで手で制す。うむ、まあまあのコンディションじゃないの? 俺は口を開いた。
「ええー、北西中学から来ました村山篤志です。…それと16歳で、カレーです。好きな食べ物が。それと頑張ってください」
これで終わりで良いですよね先生。チラッと見てみる。何か睨んでいるような気がしないでもないが、知らん! 座る!
「チッ。えー…じゃあ一番から自己紹介頼む」
一番の生徒「ヒャイ!?」
教師のくせに舌打ち!? しかも結構ふにゃふにゃしてた1番目の男子が呼ばれた途端に直線になるとか…どれほどのプレッシャーを孕んでいるんだあの女…。
そんな感じで自己紹介は俺の左後ろの奴までいった。
「じゃあ次、宝条椿姫」
先生に呼ばれた瞬間男子の目は一気にそこに注がれる。いったい何が起きようとしているんだ? 宝条が椅子を引き、立つ音が聞こえる。いままで全く無関心に聞いてきた俺だったが他の男子の反応があまりにも顕著すぎたので、とりあえず後ろを向くことにした。
「宝条椿姫。天翔中学から来ました」
そこには美女? 女神? ビーナス? のような、もう美という形容単語が付かないと失礼な気がしてくる女性が居た。これは確かに男子の反応も頷ける。しかしこれほどだと遠慮して告白すらされないって言うパターンであることが予想できる。
「宝条家の正当な跡継ぎとして、頑張りたいと思います」
ああ、やっぱり両家の出か。そう考えると、たしかに余り垢抜けていない気もする。ような気がした。
そのまま宝条は席に着き、頬突きながら窓の外を眺め始めた。うむ、絵になる構図だな。見とれちゃうな~。
「いつまで宝条を眺めている。村山」
ああ、入学直後でもうミスったな俺の高校生活。そう考えながらも脊髄反射により一瞬で前を向く俺。いやまて、ここで焦ればより俺の立場が危うくなるんじゃないか? ここは自然体で行こう。さらに後ろから宝条の視線を感じる、痛い。つい首元を押さえる。そしたら視線の痛みは頭頂部に移動してしまった。
「じゃあ自己紹介は終わりだ。では…」
そのあと先生はある程度の話をして、教材を配ってHRを終わりにした。聞けばこのあとは何もやらないらしく、好きに部活を見ていけだそうだ。さて、周囲の誰かを誘うことにするとしよう。




