第二十話◇ 妹と俺と結婚相手と-1
さて、春から夏に変わってくる季節の移り目はかなり過ごしやすい気候になる。休日なども死んだように眠りこけ、十二時に起き、健康的にテレビとゲームを見たりやったりしながらいつの間にか時間は夜十二時さあ寝よう。
そんな生活がしたかった。
町に出向いて三十分。電車に揺られつつ都市部の喫茶店前に来た俺と三奈(俺の妹)。
「どういう風の吹き回しだ?」
三奈が珍しく俺を買い物に誘ってきた。とりあえずいいとは言っておいたがなんだ、こういうことだったのか。
「今言うのも何なんだけど、とにかく来てちょうだい。ある男子に私のことを諦めさせて欲しいだけよ」
「俺をダシに使ったな! 謀ったな貴様ぁ!」
どうせこんな事だろうとは思っていたけどまさかね。
「はいはいーオーバリアクションは良いから」
しかもスルーされるし。まいったね、どうも。
ではなくて、俺が疑問に思っていることは二つある。何故こいつは兄に対して敬意を払わず、こういうことに使役するような女になってしまったのか、そしてなんでそのような女がは男に言い寄られるのか。拙者には全く持って理解できぬ。
「ところでその男はどんな男なんだ? 特徴を詳しく、簡潔に、かつわかりやすく」
俺がそう言うと三奈は少し苦い顔をする。相当酷い奴みたいだ。
「それが……イケメンで父は財閥の会長で成績優秀でしかも周りの女子からはモテモテ。なおかつ性格も良く正義感も強いの」
なんだ、予想より遥かどころか月とすっぽんレベルに良い奴じゃないか。
「おふう……耳が痛い話だ。ところでなんでそんな奴が言い寄ってきているのにお前は喜ばないのか?」
「まだね……そんな気にはなれない。どうせお遊びになっちゃうから」
何だこいつ! ゲェエ~大人ぶってやがるぜぇ~! とは思いつつも兄としてどうだろう、どう行動すべきか?
「分かった、とりあえず、お前で決着はつけられないのか?」
「無理無理、私がいくら何を言っても折れないのよ。だったら、彼氏役として……ね?」
「上目遣いでそんな事を言っても何も変わらないことを覚えておけ。どのみちここまで来て何もしないというのも滑稽すぎる。とにかくやれるだけやってみようか」
そうして俺達は喫茶店に入った。
普通の喫茶店、明度をある程度低くして、コーヒーと紅茶の良い具合に混ざった香り。テンション落ち着いてくる。
俺がそんな考えにふけっていると三奈が既に窓際の椅子に座っていたらしく、俺を手招きしている。俺は内側の方が良いんだけどねぇ。
そうして席に着く。俺と三奈が隣通しで、目の前に奴が来るらしい。だがどうだろう、俺がこいつと普通にとなり通しにすんなりいくと思ったら大間違いだとは思わないか? 俺はそう思う。
最初、俺は一度向かい側の席に着いた、しかし三奈はそれを見越してすぐに席を立ち、俺を窓際に封鎖しやがり、このような形になったのだ。したがって俺と三奈が入り口側を向くような状態になった。
「おい、お前はなんで俺の隣に座る」
「あれよ、仲よさげな雰囲気を醸さないと駄目じゃない。そんなのも分からないのかしら」
「だがお前の彼氏役なんて勘弁してもらいたいものだがな」
「私だってあんたに頼むのは実のところ異常な選択だったと後悔しているわ」
「ほう、じゃあ俺は帰っても良いか?」
「……一々癇に障るわ。とにかく、あんたは私の言ったとおりに行動しなさい」
「どう行動すればいい」
「あんたはとりあえずあいつの言うことを全部否定してもらいたいの。お前が愛するより、俺の方が三奈を愛している、とか」
「反吐が出る」
肘鉄が飛んできた。口の中を切っちまったよ!
「ってぇな。分かったよやりゃあいいんだろやりゃあ」
「そう、私でも反吐が出るセリフを黙ってやりゃあいいのよあんたは」
くっそ! なんでそんなセリフを吐かなくちゃいけないんだ! 神はここまで私に残酷な試練を課すとでも言うのか?
「あ、そうだ。なんでお前は他の男子に頼んだりしないんだ? 俺以外にもマシで豊富な選択肢があるだろ」
「ええ、あるわ」
「なんでそれにしない」
「だって勘違いされたら困るじゃない。もしかしたらこの人俺のこと好きかも、みたいな」
ああ~そう言うこと。
「お前が自信過剰なだけ……じゃあないんだと思います」
拳を振り上げて威嚇するなよ。公共の場だぞここは。
「ところでその男はいつ来るんだ?」
「ええっと……あと数分と言った所かしら。今が待ち合わせの一時間前だし」
「おいおい、どれだけ早く来るんだその男は」
「だから完璧すぎるって言ってるんでしょーが」
確かにな、俺だったら女性を三十分待たせる自信があるが、それはある意味完璧なんじゃないのだろうか。
「あ、来たわ」
そういって三奈が店の入り口に目を向ける。すると、金髪……不良? いやまて、眼が青いぞ。もしやこれは海外組のパターンか? だが、どうだろう。奴の周りには妙なオーラのようなものが見える。芸能人のオーラでもなく、大富豪のオーラでもない。独裁者のオーラでもない。ではなにか? おそらく天才のオーラというべきものだろうかな。奴には勝てないと本能的に感じた俺であった。
「無理じゃ」
俺はそう言って席を立ってトイレに逃げ込もうとするが、よく考えたら窓際だったので妹をどかすこともできず黙って座るしかなかった。チクショウ。しかもその行動によって妹の場所は一瞬で奴に分かってしまった。奴が歩いてくる。
「やあ、待たせたね村山さん」
良い声で言ってきやがるぜ! こんな声が俺にも欲しかった!
「いえいえ、待ってなどいませんよ努・ラカルド・ハーヴェイスさん。むしろ如何様な下らない事柄にご足労頂いたことに感謝いたします」
三奈は一体学校でどういうキャラなのだろうか。そしてこの男はどうやらハーフのようだ。
「まさか、村山さんとこうしてお話しする機会を得られて光栄ですよ。ところで、その御方はどなたでしょうか」
ホントどなたなんでしょうね俺って。
「ええ、この前話させていただきました私の婚約者でございます」
めのまえがまっくらになった。吹き出す飲み物は注文していないが、とりあえず何かを吹き出してしまいたい気分だ。
「……まさか本当に私より先に婚約をしている方がいらっしゃったとは。初めまして」
この男、中学生の段階で婚約を結ぶつもりだったのかよオイ。
「……」
「あ、あの大丈夫ですか?」
努君、いやラカルド君、いや努君に顔の前で手を振られた。あ、俺は考えにふけっていたのか。
「ん? ああ大丈夫だ。よろしく、篤志という」
「はい! よろしくお願いします」
疑似ライバルに対しいい笑顔で言ってくるとは、なかなか外交慣れしているなこの男。
そうして努君が座り、かるく妹と談笑していた。
ある程度話に区切りが付くと努君の纏う空気が変わった。そして、さっきとは違い、真剣な目で此方を見てくる。
「では率直に申し上げます。あなたより私の方が村山さん、いや三奈さんを愛している」
「よし、あんたの心意気は伝わった! 三奈はあんたに……だがあなたに渡すことはできない」
喋っている途中に腿をつねられたんだよ。なんで俺の好きにやらせてくれない!
「何故? あなたより私の方が三奈さんを幸せにできる! 私は中学校に入ったとき三奈さんを見た。初めて見たとき、この人しかいない! そう感じたのです! そして、それからずっと三奈さんを幸せにするべく準備を整え、昨今のプロポーズに至ったのです!」
「でも成績悪いぞ」
俺がそう言った途端みなの足が俺の小指を思いっきり踏み抜いた。俺は恥を掻きたくないので顔の表情は変えずとも、しかし冷や汗の一つは出てきた。
「いえ! 成績などわるくないですし……私の愛があれば偏差値15であっても98まで吊り上げて見せましょう! もしかして、あなたにはそれができないと?」
「ええ、できませn……す!」
分かった三奈、もうふざけるのは止めよう。ちなみに脇腹をつねられた。相手に見えないようにするテクニックが尊敬に値する。
「ほほう、如何様にしてできると?」
俺にも分からねえっつうの。とりあえず理屈を述べておくか。
「それはですね? まず言っておきますが基礎の基礎から教え、段階的に発展内容に行かなくては身につかないと言うことを今日は何回も言っておきます。そして、このピーマンヘッドを成長させるには小学生レベルの教育が必要不可欠。それで伸びればいいのです。いままで三奈を見てきた私だからこそ言える見解です」
しっかし三奈、俺はしっかり言ったのにそれでもお前は文句があるのか。
「なるほど、確かにあなたでしか出てこない見解だと思います。しかし、三奈さんの成績は余りに優秀で、私も届かないほどですよ?」
笑いながらそいつはそう言ってきた。
ん? こいつ成績悪いんじゃなかったのか? まて、前提条件が崩れてきたぞ。まず、こいつは頭が悪い、俺に勉強を教えてもらわないと駄目なはずだった、がこいつはおそらく学校では成績が良いやつに見られている可能性がある。なぜならこいつの振る舞いは頭が良く、なおかつ成績の良い奴特有のそれだから。たしか俺に通知表を見せたことがなかった三奈だがもしや……三奈の見方を変える必要がありそうだ。
「三奈、あとで俺に通知表見せること」
「……ギク」
三奈が密かにぎくっとした。なにかが変わってきているぞ、俺の中で。




