第二十話◇ 妹と俺と結婚相手と-2
「何かすれ違いでもあったのでしょうかね?」
うっすら勝ち誇った笑みを浮かべながら努君はそう言ってきた。
「思いっきりすれ違っていたようだ。あとで三奈は尋問する」
「……うう」
三奈が珍しく顔をうつむかせてうなっている。普段のあれを見ているとこれはこれは気持ちが良い。
「まあそれはともかくだ、あなたはもう少し頭をひねった方が良いぞ。三奈はあなたのようにできすぎている人間が苦手で、一緒にいても気が休まらないのだと。恋人の役目の一つには憩いの場を提供する事も含まれている。あなたはそれの正反対の事を行っているのではないのでは?」
俺なりの論理をたたきつけてみる。しかし、奴は返してきそうで怖い。歌とか詠んだらすぐに返しの歌が来そうなレベルにみえる。
「なるほどねえ。確かに私ではその点に関しては余りにあなたに対して劣るのかも知れないですね。なお、私は財力で女を落とそうとは思いません」
やるなこの男。改めて認識した。金持ちだが傲らない。美形。性格よし。全てにおいて俺を上回るスペックだ。三奈はこいつに何か不満でもあるのだろうか? 安らぎ?
「三奈に聞けば分かることだ」
そうして俺は三奈に振る。困ったときは多分三奈が何とかしてくれるだろう。
「え……私は―――」
しまった、さっき責めた所為で気が弱くなっている。
「おっと、三奈さんに重い判断を押しつけるとは……許せませんね」
中学生のガキに怒られたよチクショウ。三奈が弱っている上に正論をいわれちゃあ……。
「じゃあどうするんだ? このままじゃ話は平行線だし」
「そうですね、男なら堂々と腕っ節でやりますか?」
この男……最初からこうなるように仕向けていたのか?
「いいか? 今の俺はお前なんかと比べて体格も良い」
「ええ」
「高校生で毎日牛乳飲んでるしな。でもな?」
「何ですか?」
「お前はそんな俺にハンデ無しで来るのか?」
「ええ、柔道と空手なら一応二段は取ってますから」
あ、無理だな。
「俺は降りる―――わけないぜ」
三奈は何だ? 顔は弱気なんだけどお前の手はなぜ脇腹をつねる。そんな正体不明の脊髄反射は止めてもらいたいものだが。
「あなたは何か資格でもあるのでしょうか?」
努君はそう聞いてきた。無いよ僕。
「何も無い。それがどうした」
「……そうなるとなにかハンデが必要になりそうですね」
「そうですね」
俺もそれには大いに同意する。プライドとかの前の問題だ。砂かけ有りとかだったら喜んでやりますよ。
「じゃあ三本勝負であなたが一度でも私に勝てたら、三奈さんはあなたのもののまま。と言うのはどうでしょう」
「ふむ…」
ここで三奈が俺のジャケットの袖を掴んできた。なにか言いたいらしい。
[兄貴はあんな事言われて悔しくないの!?]
耳打ちで怒鳴られた俺であった。
[いや……しかしラグビーで言う日本とニュージーランドだぞ?]
[確かにそうだけども…でもあんたにもプライドってものがあるでしょ。私だって大きくハンデをつけられたまま兄貴に守られても嬉しくないわ]
いや、そうじゃなくてさあ。ねえ。気持ちは分かる、うん。
[ハンデ有りでもあんな化け物に勝てるんだから儲けものだと考えるのが普通だと]
[ええい! あんたはあいつに正面から勝ちなさい! 妹命令よ!]
[そりゃないよ]
だって無理じゃん。
[じゃあ通知表見せない]
あれ? それは交換条件……と言うほど公平なものなのか?
[……どうすればいい]
[いまから正面切ってハンデ無し、といえば良いのよ]
[よしわかった]
そうして俺は正面を見据え、一呼吸。そして言った。
「まて、やはりハンデは無しだ!」
俺はパーの手をビシッと前に突き出す。
「え? 本当に良いんですか?」
努君もこれにはびっくり。俺もびっくり。
「もう良い! 俺は三奈を正面から守ることにしたんだ! いいか!」
「……分かりました」
「日時は?」
「今日が土曜日なので、そうですね、明日辺り蘭公園で」
「承った」
そうして努君は席を立った。何も飲んでいないのでお金は置いていかなかった。
「兄貴……頑張ってね」
妹がしおらしくなっている。
「普段のお前はそんな気弱じゃないはずだが? あ、そうだ通知表見せなさい」
「……げ」
妹はやっちまったと言わんばかりに喫茶店から逃げ出した。
「おいおい、ドリンク代まで払っていかないとは。置き土産か」
俺は渋々店員にドリンク代を払って喫茶店を出た。いろいろあって目立っちゃったしあの喫茶店に入りづらくなってしまった。どうしてくれるよ。
しかし、妹を守ると言ってしまった。やっちゃったよ…と気付くのはこの後でも良い。
今は一時的に三奈を守ったという虚無感が俺を襲うのであった。満足感なんか無い。




