第十九話◇ バレンタインで
学校、とりわけ中学校を越えた辺りからそれらは不思議な引力を持ち始める。
休みの日には行きたくはないが、普通にある日は休む気にもならない。それが学校である、というのが俺の考えだ。そして今日はその性質が顕著に表れる。なぜならバレンタインデーだからである。
下駄箱にて、ロッカーを開けると俺は先ず中を見る。不衛生なのを承知でチョコを入れてくる健気な女子が居ないのかを確認するためだ。無論、俺はあると仮定して中を見る。何もなかった。
毎年これだ。共学だけにここまでチョコがないのはつらいものがあるが、そういったものをもらうのは基本的に特定の男子の仕事だからな。その仕事を奪うのは良くないと思うのだ。
俺は自我をなだめつつ乗りこなしながら教室へと歩みを進めるのだった。
「拙者は三つ頂き奉ったぞ」
「武藤、が……もらった?」
昼休みの教室にて、俺は耳を疑った。まさかこの男がチョコをもらっているとは全く予想が付かなかったためだ。そもそもこいつはこっち側(超モテない男子)の人間だと思っていたがそれは希望的観測に過ぎなかったのだろうか。
「ガハァ!!」
「村山殿! 口と目と耳から銀色の液体が出ているぞ!」
「問題……ない。…それは俺の魂だ」
「問題おおありだぞ村山殿」
たしかに、段々と俺は死んでいくのだろう。否! ここで死んでたまるか!
「はぁ!」
「おお! 銀色の液体がまるで巻き戻しのように!」
チョコレートの力は絶大だ、そう感じた。
「ところで村山殿はいくつもらったのだ?」
「この反応を見れば分かるだろうに」
「0でござるか」
「……簡単に言わないでくれ。重大なんだから」
俺がうなだれると横から手がさしのべられる。……これはチョコ!?
「村山、私のチョコをやるからそれで我慢しろ」
宝条かよ……。嬉しいけど嬉しくない。
「話にならんな」
俺は適当にそう言い放つと脳天に何かが直撃した。板チョコで殴りつけやがったのかこの女!
「お前! 食べ物は粗末にするなと教えられなかったのか!」
「女性に対するデリカシーというものがあるだろう」
「お前な? そのチョコはガーナのな? 人々がな? 一生懸命作ったカカオから没を一杯出して一部だけを使って作られていてな? ガーナの人たちは大変なんだぞ? 分かるかー?」
「分かるが、村山の頭を叩くことは有効活用だと思ったまでだ」
「お前それは……ひどい」
「お前の方が酷いだろう。話にならんな、は止めて欲しかった。私だって華の女子だ、些細なことで傷つくのだ」
「……華の女子?」
直後、さらに強い力で脳天に何かが直撃した。……これ煎餅!?
「お前! 食べ物は粗末にするなと教えられなかったのか!」
「女性に対するデリカシーというものがあるだろう」
「お前な? その煎餅は農家のな? おじいちゃんがな? 一生懸命作ったお米から作られていてな? 農家のおじいちゃんは大変なんだぞ? 分かるか~?」
「分かるが、お前の頭を粉砕するために使うことは有効活用だと思ったまでだ」
「お前それは……むごい」
しっかし、この件二回目じゃないか?
「まあいいや、よし宝条。お前のチョコをくれ。とにかくもらったって事実さえあれば妹にもからかわれずに済むから」
あいつバレンタインになるといつも俺をえぐってくる。ここで反撃に出たい。
「……どうしようかね」
「なんでそこで迷う! 最初の意気込みはどうした!」
「だって村山が酷いんだもの」
「そうか! じゃあいいや!」
そこまで欲しいわけじゃないし!
「……そこは粘れ村山」
宝条に芸人魂を諭されたがあいにく俺は自らの欲望に正直でね。
「いやあ、まあ君は君で好きな男子にあげたまえ、アッハッハッハ」
「じゃあ村山でいいや」
いやなんで俺なん。
「俺以外」
「いや、だって男子は村山以外武藤ぐらいしか知らないし」
「まあ、そうなんだ」
「だからあげると言ったらお前ぐらいしか居ないと言う事実がある」
「悲しい運命だ」
「……村山、お前は少し女心を勉強したらいい。そんな辛辣なことを言うと私はともかくだ、相手が心のか弱い女子だったらどうする」
「その時はその時だ」
俺がそう言うと宝条は頭を抑えて俺に対する文句らしきものを呟いたが、さすがにそこまでは聞き取れなかった。
「まあともかくこのチョコはお前のものだ。喜べ、飛び跳ねろ」
「ええ~~~宝条からもらったチョコで飛び跳ねるのはマジで無理」
「子供を作れないようにしてあげようか」
「嬉しい!! キャンキャン!」
怖いっつうの! なんだその目はぁ!?
「阿保だな」
「お前がやらせたんじゃないか!」
「そうだな」
「そうだよそう! ……じゃなくてもういいから。お前は席に戻って弁当食って適当に過ごしてろ」
「了解した」
そういって宝条は席に戻っていった。
しっかし、まあ、嬉しくないわけじゃないぞ。宝条。




