50話 龍一対辰正
龍一は、入場口へ向かっていた。
「龍一。よろしく頼むぞ」
後ろから、声を掛けられる。
今度の龍一は、驚かずに冷静に振り向いた。
「…組長」
一瞬呼ぶのに詰まった後、龍一は言った。
「お前にとっては組長じゃないだろう」
「じゃあ、何て呼べば?」
「…まぁ、好きに呼べばいいが」
辰正は両ポケットに手を突っ込み、龍一の隣を歩きだす。
「…辰正、は金殺での戦歴は?」
「呼び捨てか。…さぁな」
「どういうこと?」
「何回戦ったかなんて覚えてない。精々数十回だろう」
龍一は唇を突き出し、頷いた。
「強いね」
「今日で一勝、どちらかに追加されるわけだ。大きな一勝がな」
龍一は微笑み、深呼吸をした。
「よろしく」
「あぁ」
試合場に、二人の戦士が集う。
『今日開催されたトーナメント。八人の数字を持つ闘士たちの頂点に君臨した、一!そして、それに相対するは、藤木組組長兼金殺経営者兼金殺最強闘士!藤木辰正こと、辰だー!』
試合場に響き渡るスピーカーの音は、観客の歓声にかき消された。
『金殺による戦績、五十七勝無敗!戦績及び実力最強の辰は、今日どんな試合を見せてくれるのか!』
「五十七…そのぐらいだったか」
辰正が首を鳴らしながら、独り言で呟く。
「凄いね。時牧でもそんなにいなかったよ」
龍一が両手首を鳴らし、目を見開いてそう言った。
そして、深く息を吐く。
肺の奥底まで、酸素がなくなり呼吸困難になりそうな程。
吐ききった後、ゆっくりと息を吸う。
肺を大きく、限界まで吸い込んだ後、一瞬で吐ききった。
「始めぇ!」
龍一が走り出す。
辰正は動かずに、向かって来る龍一を真っすぐに見つめている。
龍一は右足を回転が掛かるように踏み込み、左ハイキックを放った。
辰正がギリギリ間に合うレベルのスピードで、右腕を立てた。
ハイキックを受け、龍一の腹へ左拳を軽く振る。
龍一は殴り飛ばされた。
一度背中から地面に落ちた後、転がりながら起き上がる。
そこへ、辰正は少し遅い程度のスピードで歩み寄る。
決して驚くようなスピードではない。
しかし、油断もできない。
辰正はまっすぐと右ストレートを放つ。
首を傾けてそれを避け、右のボディブローを打ち込んだ。
だが辰正は怯む様子を見せず、逆に右ショートアッパーを返してくる。
龍一は左前腕でしっかりと受けたうえで、瞬間的に空中へ浮かされた。
よろめきながら着地し、龍一は防御の体勢を取る。
(一発一発が重い…!全力で殴られたら骨なんか軽く逝く…!)
警戒しながら防御を解き、両手を低く前に出し、前傾姿勢になった。
グラウンドを狙っている龍一に、辰正も同じような体勢を取る。
「駄目だ龍一…!あの体格差相手にレスリングは…」
幸太郎が呟くと、そこに武美が言葉を入れて来た。
「立ち技でもあの体格差は厳しいだろうよ」
辰正の身長は、百九十を優に超えている。
しかも、体重で言えば龍一とは五十キロほど離れているだろう。
それでも、龍一はグラウンドを仕掛けた。
辰正と同時に、相手へ飛び出す。
辰正が両腕でクラッチしようとした瞬間に、龍一はさらに低くタックルする。
辰正の腹に頭を突っ込み、腰を掴む。
その状態のまま、床に倒れこもうとした。
重い。
辰正の体重は、龍一のタックルで倒せなかったのだ。
辰正はゆっくりと龍一の体を掴み、強引に引き離す。
引き離され体勢が崩れたと同時に、辰正のタックルを受けた。
仰向けに倒れ込んだ龍一の右足を素早く掴み、両足を太ももに引っ掛ける。
辰正は右足で床を蹴り、龍一ごと身体を半回転させた。
膝十字固めが、龍一の脚を極めている。
「ぐっ…!」
龍一は咄嗟に両手で地面を突き放し、勢いそのままに左足を辰正の爪先に当てた。
龍一の蹴りは、辰正の足の指を直撃し、一瞬膝十字固めを緩ませた。
その隙に、右足を思い切り引っこ抜く。
追うように低い体勢で突っ込んでくる辰正に、龍一は左手を伸ばした。
左手は辰正の背中に触れ、龍一の体を上に突き飛ばした。
側転のように龍一は回転し、辰正の後ろに回る。
辰正が振り向こうとする前に、龍一の腕が辰正の首に巻き付いた。
辰正の背に乗り、首を締め上げる。
気道を締め上げてくる龍一の腕を、そっと辰正は握った。
そして、全力で力を込め、引き離す。
しっかりと決まったチョークは外れない。
だがそれは、力の差が大きく離れていない状況に限られる。
辰正は力の限りに、龍一の右腕を首から引き離した。
気道が広がり、酸素が入るようになると、大きく息を吸ってさらに力を込める。
龍一の右手は、弾けるように掴んでいた左手から離れた。
それと同時に辰正は頭を後ろに振り、後頭部で龍一の鼻を打った。
龍一の右腕を離し、振り向きながら立ち上がる。
龍一も鼻を抑えながら立ち上がった。
指の隙間から逃れた血が、床に落ちていく。
「グラウンドは失敗だったな、龍一」
「うん。大失敗」
龍一は指で押して鼻から血を吹きだし、思い切り鼻を吹いてから両腕を立てた。
ステップを踏み、辰正をしっかりと目で捉える。
辰正は両腕を軽く浮かし、龍一を待っている。
それに応えるように、龍一は踏み出した。
右ジャブを放ち、辰正の顔面に当てる。
それに続いた左ストレート。
辰正はその左拳を、がっちりと右手で掴んで見せた。
しかし、龍一はそれも予想の一つにいれていた。
辰正の右腕を主軸にした、飛び上がっての空中右上段蹴り。
左腕で防がれた。
龍一が着地した瞬間、左腕がグイッと引き寄せられる。
そこに合わせての、左アッパー。
龍一の顎を直撃し、脳を突き上げる。
龍一の視界が歪んだ。
そこへ、辰正が右フックを合わせてくる。
辰正の右拳が、龍一の側頭部を打つ。
龍一が地面に倒れた。
歯を食いしばり、揺らめく意識の中地面を這う。
這っている龍一を、辰正は見下ろしている。
そして、手を伸ばした。
龍一の首根っこを掴み、持ち上げる。
八十七キロの龍一を、肩でひょいと。
踏み込み、右腕を振るう。
龍一は投げ飛ばされ、金網にぶつかった。
辰正が走り、左足を振りかぶって、サッカーボールキックを龍一の腹目掛けて打ち込んだ。
「げほっ」
遠のいていた意識が戻ってくるほどの、強烈なインパクト。
もう一度辰正が足を振りかぶった時、龍一は胴体をしっかりと両腕で守り、蹴りを防いだ。
衝撃は奥底まで響いてくるが、龍一は力を振り絞って右手で地面を突き放した。
辰正の蹴りが金網にぶつかった。
龍一は腹を抑えながら、後方にステップして辰正から距離を取る。
「ふっ…ふっ…」
龍一が絶え絶えになりながら、呼吸を何とか紡いでいる。
辰正はそこへ、足を滑らせてくる。
同時に龍一も、距離を取っていく。
辰正が左ストレートを放つと、龍一は左に体を躱して避ける。
息を正常な状態に戻しながら、辰正から逃げていく。
そして、そんな龍一を辰正は追っていく。
それが続いていくと、次第に二人のスピードは変わっていった。
体力が徐々に回復されていき、逃げるスピードが上がる龍一。
空振りを続け、体力が奪われていく辰正。
二人のスピードはいつしか入れ替わっていった。
辰正が幾度目かの空振りをしたとき、龍一は右足を振り上げ、辰正の右脇腹に蹴りを入れる。
順当な判断だろう。
体力を失った相手に対して、カウンター気味の内臓攻撃。
だが、相手は体力を失った相手でまとめられるものではなかった。
辰正はたとえ体力が落ち、スピードが低下したとしても、そこへ攻撃されたとしても、相手を倒す。
右脇腹を蹴られたと同時に、左アッパーを放つ。
龍一は後ろに躱し、顎の目の前を拳が通っていった。
後退した体勢の龍一に、右ボディブロー。
龍一の腹に、右拳が突き刺さる。
「がはっ」
体力を失ったとは思えないほど、重い拳。
辰正は振りかぶり、左拳を龍一の顔面へ飛ばした。
龍一はしゃがみ込むような体勢で、拳を避ける。
そこから、左掌を辰正の腹に添えた。
「ふっ…!」
龍一は息を吐き出し、辰正を突き飛ばすように力を込める。
発勁が辰正の腹を通り、内臓まで響かせた。
辰正が前傾姿勢になりながら、後ろに下がる。
左手で地面を突き放し、左足を振り上げる。
左ハイキックを、辰正の右頬に打ち込んだ。
そして右足で地面を蹴り飛ばし、一回転しながら右肘を再び辰正の頬に打つ。
辰正の後頭部を両手で掴んで、ぐらりと揺らぐ巨体の顔面に左膝を合わせた。
辰正の鼻から血が噴き出した。
右手を離し、振りかぶって右アッパーを顎へ放つ。
辰正は後ろに何歩も下がった。
だが、倒れはしない。
背中が後ろに激しく反った状態でとどまり、ゆっくりと体を起こした。
「まだか…」
龍一が呟く。
辰正は鼻で息を吹き、龍一へ走っていった。
龍一は深く息を吸い、同じように飛び出す。
辰正が右フックを放つ。
それをぎりぎりで避け、左ローキックを打ち込む。
しかし、龍一の頭を大きな手が掴んだ。
左腕を振りかぶり、顔面に向けて拳を叩きこむ。
龍一は防御の両腕で守りながら受け、吹っ飛ばされた。
金網に背が当たり、龍一の身体は止まる。
辰正が仕掛けてくるが、右前蹴りで腹を打ち、距離を取った。
その勢いのまま、左ミドルを放とうとする。
その左足が掴まれた。
回すように足を取られ、龍一は体勢を崩し、地面に倒れこむ。
辰正は覆いかぶさるように腕を振るう。
だが龍一の右足がつっかえ棒のように辰正の体をせきとめ、思い切り蹴り飛ばした。
威力はないが辰正は後ろに下がっている。
そこに龍一の右ロー。
辰正はしっかりと食らったうえで、左手をのばしてきた。
その左手首を掴まえ、振りかぶっての頭突きを鼻っ柱に打ち込む。
辰正の鼻からさらに血が噴き出ると、そこを狙うように龍一は左拳を真っすぐ叩き込んだ。
辰正がよろける。
弱点の多い顔面を打たれ続けているのだ。
それでも、辰正はまだ戦う。
右拳で龍一の腹部を狙う。
その拳に合わせ、龍一は左足を上げた。
拳は龍一の脛を叩き、龍一は一度左足を下ろした。
龍一が右手を離す。
そして、勢いづけての左ハイキック。
辰正の顎を外すかの如く、鋭いハイキックが刺さった。
辰正の体が低く落ちる。
龍一は後退しようとした。
だが、辰正の身体はまだ生きている。
龍一に向かって、一直線のタックルを放ってきた。
龍一ごと、金網に突っ込む。
「げはっ…!」
龍一が血を吐いた。
辰正はただ押し込み続けている。
辰正の首の後ろを狙い、龍一は肘を打ちおろす。
何度も、何度も。
すると、辰正の押し込みは少し弱まった。
(よし、足が地面につく!)
そして、辰正の側頭部に両手を添えた。
深く息を吸い込み、両掌を打ち込む。
両震脳波。
龍一の両掌から放たれた広がる衝撃波が、辰正の脳を揺らす。
頭を抑えながら、辰正は龍一から離れた。
金網を蹴り、辰正に蹴り込んだ。
辰正が数歩下がる。
龍一はまた深く息を吸い、高く飛び上がった。
身体を捻り、右足を相手の頭に向かって振り下ろす。
辰正は思っていた。
(この技の威力は当たったところに由来する。つまり、硬い肘で受ければ何の問題もなし!)
そう思い、右腕を振り上げる。
ガクンと、膝が落ちた。
両震脳波の衝撃波が、辰正の膝と肘を落とした。
そして、辰正の首の後ろに、龍一の右足が落ちた。
回天落とし。
辰正の瞳は高速で上に行き、体は前に倒れ込んだ。
龍一はしっかりと着地する。
審判が辰正に駆け寄り、顔を上に向けた。
「…勝負あり!」
歓声が巻き起こる。
耳を打ち抜くほどの歓声は、沸きあがったスピーカーの声さえ完全に打ち消した。
「龍一ぃ!」
その中で、聞き覚えのある声が唯一龍一の耳に届いた。
その方向へ向くと、凛太が総一郎と聖一の肩に腕を回しながら、手を振っている。
幸太郎と武美も同じように手を振っている。
龍一は笑って、手を振り返した。
「龍一」
湧き上がる声の中、近くから小さな声が聞こえる。
振り向くと、辰正が目を覚ましていた。
「まだ意識ははっきりしないが…負けたようだな」
「えぇ」
「そうか。それで、頼みがあるんだが」
「頼み?」
「俺の金と組。そのすべてをお前にやる」
龍一は目を見開いたが、すぐに落ち着きを取り戻して答えた。
「いらないよ。別に金目的じゃないし、組も別に…」
「なら、組は解体だな」
「え。あぁ…組だけは貰っといて、信頼できる人に回すよ」
「…そうか。藤木組は名乗るなよ」
「うん。分かってる」
「それで、金が要らないというのなら、こういうのはどうだ?」
「何?」
辰正がゆっくりと立ち上がる。
「全員、聞け!」
辰正は少し揺らぎながら声を出す。
大きく通りやすい声が、観客含め闘士全員の目を向かせた。
「もうすぐ藤木組は消える!別の組になるだろう!そこで金殺は終了とする!」
辰正の言葉に驚いた観客は、声を上げた。
「もう見れないのかよ!あーいう試合!」
「見たいのなら別の所へ行くしかない!が、最後の最後!最高の試合が見れるだろう!」
「最後?」
龍一が聞いた。
「優勝賞金は俺の全財産、二十億!闘士は全員参加可能の金殺トーナメントを行う!」
50話 龍一対辰正 終
50話後書き。
遂に大台の50話です。
一年経ちました。
一話から存在があった藤木辰正との戦いも、これで決着です。
まさかここまでかかるとは思いませんでした。
これにて、金殺編は終わりとなります。
当話の最後、金殺トーナメントの開催が発表されましたね。
正直辰正は一回気を失ったのに元気すぎるし、こんなテンションのキャラだったかなと思ったのですが、これからはこういうキャラです。
それで、金殺トーナメント編が次回から始まります。
時牧トーナメントから考えると、大体20話ぐらいでしょうか。
まだ続きます。
現在進行形で他の小説を書いているのですが、それを出すのはまだ先になりそうです。
今回は、藤木辰正です。
身長195センチ 体重137キロ。
龍道の中でもトップレベルで強いです。
では。




