44話 八対五
龍一、控室。
「よっ、龍一」
武美が龍一に向けて手を振った。
「よっ」
龍一も手を振り返す。
「俺、勝つと思ってたからな」
武美が言うと、龍一が鼻で息をつく。
「どうだか」
「次の試合、どう見る?」
「…まぁ、どうも言えないけど」
龍一の返答に、武美はため息をついた。
「なんだよ。じゃあ、どっちに勝ってほしい?」
「相手は龍。体格差は技術で埋められるはず。そして、八嶋龍輝は俺とあまり体格に差がない。だから、どっちかというと冬山竜伍かな~…」
「…フルネーム…」
「わかりやすく言ったんだよ。数字とかで言われてもわかんねぇだろ」
「わからん」
武美は、胸を張って答えた。
「…どっちが勝っても、俺的には変わらん」
「じゃあ、弱そうなのが勝てばいいな」
試合場では、掛け声一つで始まる状態になっていた。
八嶋龍輝、二十一歳。
龍の特訓は、基本的な体が出来上がるまで続ける。
龍輝が十五になるとき、龍の特訓が終了した。
その後、龍輝は一般の家庭に。
そのまま、普通に生きてきた。
だが、二十歳の時、組へ戻る。
しかし、直接藤木組へは戻らなかった。
傘下の組を、何個もうろついてきた。
そこから一年、今この場に立つ。
「どうやら、怠ってきたようだな」
竜伍が口を開いた。
「おっ!久しぶりに声聞いたよ~!やっぱり兄弟みたいなものだからね~。恋しかったよ~」
龍輝が自分を抱きしめるようん動作をすると、竜伍は目をそらしながらため息をついた。
「変わってないな」
「うん。そっちも」
龍輝は薄く笑いながら言った。
冬山竜伍、二十六歳。
竜伍は体の成長が比較的早く、十四になる直前に特訓が終了。
そこから十二年、世界を渡ってきた。
様々な格闘技を見、学ぶ。
竜伍の眼は、格闘技を見極め、自分に合う一番の格闘技を絞った。
結果、中国の暗殺拳、速殺打。
字の通り、速く打ち込み殺す。
達人が扱う速殺打を見た者は、まるで空を泳ぐ二匹の蛇のようだという。
竜伍は、速殺打を達人レベルまで極めた。
竜伍の目が細く尖る。
「始めぇ!」
審判の掛け声と同時に、龍輝が飛び出す。
短距離走のように走っていき、竜伍の頭に向かって飛びついた。
竜伍が反応する前に、龍輝は両足を竜伍の後頭部に回した。
逆になった肩車のような状態である。
「よくこんなんしてたよね~!」
竜伍が暴れ、龍輝を落とそうとしている。
しかし、がっちりと固定された足は、軽い振りじゃあ落とせない。
「ははは!面白~い!」
龍輝は笑いながら、竜伍に振られ続けている。
「っ…」
竜伍はまっすぐ走っていき、金網に向かってぶつかった。
だが、ぶつかったのは竜伍の額ではなく、龍輝の背。
「ウェッ」
龍輝は捻り出したような声を上げ、竜伍の肩から落ちた。
「痛った~い…」
龍輝の行動に、観客たちは困惑していた。
金殺は、殺し有りの裏格闘技。
ここまで馬鹿をやる者は、見たことがない。
「ふふっ、龍輝らしい」
竜二は笑いながら、上の方の観客席で試合を見ていた。
「…馬鹿か?馬鹿なのか?」
三郎は困惑しきっている。
「いつまでやる気だ?」
竜伍は、龍輝を見下ろしながら言う。
「もうやめるよ。全く…」
龍輝は腰を叩きながら起き上がった。
そこへ、顔面に向かっての蹴りが飛んでくる。
ガンッ。
ガシャン。
蹴りが当たった音と、龍輝が金網にぶつかる音が連続して鳴る。
「痛ッ…」
龍輝は顔を抑えている。
「立て」
竜伍が言うと、ふらつきながら、龍輝が立ち上がった。
龍輝が顔から手を離すと、腹に向かって前蹴りが飛んでくる。
今度は、当たった音と金網の音が同時に聞こえた。
「がはっ…」
龍輝は前に倒れ、四つん這いになった。
「…」
竜伍は龍輝を見下ろし続けている。
観客の声が、試合場に響き渡る。
「どうした八ー!立てー!」
「やっちまえ伍ー!とどめだー!」
竜伍はため息を吐いた。
「…いつまで遊ぶ気だ?」
「も~、もうちょい付き合ってくれてもいいじゃん」
龍輝が体を起こし、床に座る。
「座るな。戦え」
「ちぇっ、変わってないね」
龍輝が立ち上がる。
それと同時に、竜伍の蹴りが飛ぶ。
今度は、金網の音だけが鳴った。
龍輝は竜伍の横に立っていた。
「ようやく、本気で戦うか?」
「せっかくだから、楽しもうか」
龍輝が笑って言った瞬間、竜伍の右足が刈られた。
竜伍が体勢を崩し、後ろに向かって倒れていく。
竜伍の両手が床に触れた。
回転し、起き上がる。
そして、龍輝に殴り掛かる。
右の拳を突き出す。
龍輝は左に避けた。
そこへ、休む暇もなく拳が飛んでくる。
龍輝が下に避けた瞬間、もう一つの拳が。
龍輝は飛び下がった。
「ははっ」
龍輝が笑う。
素人が行えば、腕が絡みつきそうになる打撃法。
しかし、双頭の蛇は絡みつくことなく、獲物を狙い続ける。
龍輝の顔面へ、右ストレート。
右に避ければ、左のアッパー。
飛び退けば、右の刻み突き。
受け止めれば、左フック。
避ける度に、次の攻撃が飛んでくる。
フックが、龍輝の顎を叩く。
それと同時に、左ミドル。
龍輝の脇腹に、脛が食い込む。
「っ…!」
龍輝が蹴り飛ばされた。
「…はぁ~、楽しいね」
「…あぁ」
龍輝が飛びだす。
竜伍が飛び退くが、龍輝は右足で地面を踏み込みながら、長い左足を突き出した。
竜伍は右脚を叩かれ、一瞬怯んだ。
その瞬間、龍輝が飛ぶ。
左脚が竜伍の喉に、右脚は首の後ろ。
右腕を伸ばし、竜伍の右ももを掴み、背が反るように持ち上げる。
左腕は、竜伍の左手を掴んだ。
「ほら~絞め落とすか、肩を外すか、ももを引きちぎられるか、どれがいい?」
龍輝が笑いながら聞いてくる。
「ミスったな」
少しかすれた声で、竜伍はそう言った。
「え?」
龍輝がわからぬうちに、左足が地面を蹴る。
同時に右手が、地面を押した。
足と腕の勢いで、龍輝ごと竜伍の体が持ち上がった。
「やべっ」
龍輝の背から、二人は落ちる。
「けほっ」
龍輝が咳をする。
竜伍はすぐに体勢を立て直し、龍輝から離れた。
掴まれたところを振り、伸ばし、体を完全に戻す。
「ふぅ」
竜伍が息をつく。
そして顔を上げると、龍輝が立ち上がっていた。
「痛いな~…無茶して…」
「そうか」
龍輝が踏み出す。
右の拳を放った。
竜伍は右に頭を傾け、龍輝の脇腹に向けて右アッパーを放つ。
「くっ…」
龍輝が怯んだ隙に、左中段突きを打つ。
「かはっ…!」
龍輝が後ろに下がる。
それを追いかけ、竜伍が右拳を振り下ろした。
龍輝の頭に向けて。
その時、龍輝が消えた。
竜伍が下に目を向ける。
同時に、龍輝の頭がかち上がってきた。
竜伍の顎に向けて、後頭部が直撃する。
脳が揺れ、視界が上下にぶれる。
更にその顎へ、龍輝は拳を放つ。
真正面から、ストレートを。
顎が外れるような勢いで放った一撃。
顎関節が離れ、脳は更に揺れを増す。
竜伍の体が崩れ、前に倒れた。
歓声が沸く。
「勝負あ」
「待って!」
龍輝が審判を止めた。
「は…?」
「は…じゃなくって、ちょっと待ってよ」
審判は困惑しながら、龍輝の言うとおりにした。
「えぇ~…んっん」
咳払いをして、龍輝が口を開く。
「まだいるなら~出てきてもらえますかね~。正直竜伍君に起きられても困るんだよね~。勝てないかも」
竜二は、微笑んでいた。
「え~…なんて呼んだらいいんだろ」
龍輝の行動に、観客は困惑していた。
いや、龍一を除く龍以外が困惑している。
「ん」
龍輝が少し笑顔になった。
竜伍が立ち上がろうとしている。
「お久。え~と…」
「五海龍春」
「へ~、苗字も違うんだ」
龍輝が首を鳴らす。
「…?」
審判を見て、龍輝が竜伍を指す。
「彼、二重人格って奴。いいでしょ?試合続行で」
「はぁ…まぁ」
「おけ。やろっか」
龍輝が手首足首を回し、ステップを踏んだ。
「竜伍はどうだった?強かった?」
春が聞いて来た。
「あのまま竜伍君だったらきつかったかも」
「へぇ、じゃあ僕になったら、勝てると?」
「…かもね」
春が構える。
ボクシングスタイル。
龍輝はレスラーのように、組むことを狙った構えに。
「どん」
龍輝が言うと、春が踏み出す。
右拳を、龍輝の頭に向かって振り下ろす。
龍輝はさらに体勢を低くし、加速した。
春の足を狙って。
しかし、今度は龍輝の視界から春が消えた。
春は飛びあがっていた。
龍輝が上を向くよりも先に、頭と背を蹴って着地する。
「ほら、もっかい」
春が手を叩く。
振り向いて、龍輝が突進する。
春が再び飛び上がった。
それを確認した瞬間、両足でストップをかける。
素早く上を向き、春の両足を掴んだ。
「うわっ」
春の体を振り落とす。
春が受け身を取りながら、地面に打ち付けられた。
「痛ぅ…」
春が唸った瞬間、龍輝が春の胸ぐらを掴み引き寄せた。
そして後ろに上体を入れ込む。
龍輝の腹の上に、春の頭が落ちた。
「確かに…竜伍の方がよかったかも」
龍輝の両腕が、春の首に巻き付いた。
チョークスリーパー。
極まれば数秒で意識が飛ぶ技。
春は後ろに向かって頭を振った。
龍輝の鼻に、後頭部が当たる。
「痛…」
一瞬、腕が緩む。
春は体を滑らせ、スリーパーを抜けた。
龍輝はすぐに立ち上がり、春へ飛び込んだ。
春はそんな龍輝の勢いを利用した。
全力で、右拳を振りかぶる。
龍輝の顔面に、拳が直撃する。
春はその時、確かな手ごたえを痛感した。
はずなのに、龍輝は止まらなかった。
春は足を払われ、龍輝に乗っかられる。
春の顔面に、龍輝の肘が落ちてくる。
鼻っ柱を折らんというように、肘が激突する。
血が噴き出た。
龍輝は春の頭を持ち上げ、右の脇の下に通した。
春の身体から降り、首に通った腕を締め付ける。
「っ…」
意識が遠のくを感じた春は、龍輝の腹に向かって拳を打ち込んだ。
手探りだったが、内臓に直撃した。
「痛ぅッ!」
龍輝が声を上げる。
しかし、絞めは弱まらなかった。
(やばい…)
春が焦った表情を浮かべる。
龍輝の腕を両手で掴んだ。
全力で握りしめる。
だが、緩まない。
(やばい…落ちる…)
春が深く息を吸った。
竜伍と春。
二つの人格が生まれたのは、特訓の影響があった。
特訓の辛さを受ける器。
特訓の成果を受ける器。
負と正。
だが、竜伍は元から負の方に近い性格。
主導権は負にあり、正の出る幕は少なかった。
正の出る幕は、負が休む時。
しかし、負は特訓の辛さすべてを受けた器。
負よりも正が強い、という事は起こりえなかった。
だから、龍輝は勝てる自信があった。
竜伍が強くなるにつれ、出ることのなくなっていった春。
春はあくまで、竜伍の延命措置に過ぎなかった。
(ごめん…竜伍…)
「…落ちたよ、審判」
龍輝が言うと、審判が声を上げた。
「勝負あり!」
歓声が、再び沸く。
龍輝は竜伍を抱えて、試合場を後にした。
深く、息を吐く。
そして、深く、息を吸う。
その繰り返しを、三郎は行っていた。
控室の椅子に座り、目を瞑って。
春に切り替わってから、ずっとこれを。
三郎が、立ち上がった。
「…やっぱり、静かな方が強ぇのか」
首を鳴らしながら言った。
「七王か…嫌な奴と当たっちまった」
七王は、サンドバッグを目の間に、立ち尽くしていた。
「ん~」
七王が顎に手を当てて考えている。
「これなら…こんぐらいか…」
七王が振りかぶって、サンドバッグを殴った。
すると、サンドバッグの鎖が千切れ、壁にぶつかった。
「やっぱり難しいな、力の制御って」
今にもはちきれそうなスーツを伸ばし、控室を出る。
「相手は三郎か…面倒だなぁ」
ネクタイをキッチリと締めた。
44話 八対五 終
44話後書き。
どうも。
龍輝対竜伍でした。
正直な話、難しい試合でした。
やはり寝技とかは難しい。
竜伍も扱いずらかったです。
二重人格ってことは決めてたんですけど、使いずらかったです。
春は延命措置でしかないと書きましたけど、春の方でいろいろなことを経験すれば、春も強くなれます。
春にはこれから頑張ってもらいたいです。
二重人格でどっちの性格も使うのって変じゃないですかね。
さて今回は、そんな竜伍です。
身長180センチ 体重82キロ。
もちろん春も同じです。
因みに春と竜伍の見た目の差はなく、差と言えばほぼ表情しかありません。
なので、龍の人たちは春が出てるときでも竜伍だと思って接することがありました。
名前なかったんですけどね、特訓時代。
では。




