43話 一対六
「よそ見は命取りだよ」
そんな声が、遠くから聞こえてきた。
観客の声は、もっと遠くから聞こえる。
怒号のような、そんな声。
「嘘だろ!これで終わりかよ!」
「高い金払ってんだぞこっちは!しょっぱい試合してんじゃねぇ!」
「立てやぁ!」
龍人は、誰かの命令に従うのが好きだった。
考えなくていいのは、すごく楽だった。
ただこの時は、自分の考えで行動している。
立ち上がった。
「…直撃したんだけど…」
龍一が不貞腐れたように言う。
「そうか」
龍人が首を鳴らし、観客席に目を向けた。
さっきまでの怒号は、消え去っていた。
「邪魔は消えたな。来…」
龍一は飛びあがっており、ドロップキックが顔面に放たれる。
龍人の後頭部が、金網にぶつかった。
龍一が側転のように回転し、体勢を整える。
金網から龍人の頭が離れ、龍人が前に倒れ行く。
だが、顔面が地面にぶつかる直前、両掌を地面に着けた。
そのまま地面を突き放し、龍人は立ち上がった。
「良い蹴りだ」
龍人が、鼻を親指で拭う。
「強力…?」
龍一が聞くと、龍人は少し考えて答えた。
「いや、威力はそこそこだな。不意打ちがいい。防御ができなかったからな」
龍一が唾を飲み込む。
(防御できずにあれか…)
龍一のドロップキックが直撃したことによってのダメージは、鼻血程度しか見れない。
ドロップキックは技術や筋力云々での強さではない。
速度と体重、二つが重要である。
龍一の身の軽さによる速度は、申し分ない。
体重も、八十を超える龍一なら、相当あるはず。
なら、相手の防御力が関わってくる。
(顔面へのドロップキックで鼻血って…骨が硬いのか…?)
龍一の予想は当たっていた。
六道龍人、その遺伝子的父親は、力士の松平正平。
骨密度は遺伝が半分ほど関わってくる。
相撲の稽古を耐えられるほどの骨密度の遺伝。
ギャングに入る頃には、龍人の骨は強固なものになっていた。
「どうした?不意打ちはもうできないぞ」
龍人が龍一に向けて言う。
龍一が駆け出す。
右ストレートを放つが、龍人が避けて、金網に拳がぶつかった。
龍人は避けた勢いのまま床に手を付け、両足を振り上げる。
龍一の手首を削ぐように、足がぶつかる。
拳がずれ、龍一が体勢を崩し、金網にぶつかった。
龍人が立ち上がり、龍一の後ろに回る。
龍一は、龍人を前にするように体を回転させた。
背中が金網に触れている。
龍人の前蹴りが飛んできた。
全力で腹筋に力を込める。
そこへ蹴りが。
ドンッと、轟音が鳴り、金網をガシャガシャと揺らした。
(なんて威力…!)
龍一が右膝を曲げ、落ちようとした。
そこへ、もう一方の足の蹴りが飛んでくる。
今度は前蹴りではなく、ミドルキックで脛を当てるような蹴りだった。
「ぐふっ」
龍一は倒れることも許されぬように、蹴りを入れられる。
「龍一ィ!」
凛太が叫ぶ。
その声は、周りの観客よりも少し大きかった。
「まじぃぞ…あれじゃあ…」
凛太が拳を握り締める。
凛太の叫びよりも大きな声で、龍一へ呼びかけられた。
「龍一!面を大きくしろ!」
その声の主は、瀬賀羽斗。
「羽斗…」
凛太が驚いたように見つめていた。
(面…)
龍一は蹴られながら考えた。
しかし、考える間も与えず、蹴りが何発も飛んでくる。
「くそがっ……飛べ!」
羽斗が少しイラついたのか、もどかしそうに言う。
龍一はその言葉をそのまま受け入れ、実行した。
ジャンプする。
そのまま、龍人の蹴りを受けた。
全身が、金網に打ち付けられる。
龍一が目を見開く。
羽斗の言葉の真意がわかった。
面を大きく。
背だけではなく、体全体が金網に打ち付けられることで、衝撃が広がって逃げる。
先ほどと違い、すぐに動ける。
ダメージはもちろんある。
それでも、反響する衝撃がない。
龍一の両足が床につく。
龍人が何度目かの蹴りを放とうとしている。
龍一は、撃たせてあげた。
だが、食らうわけではない。
低く構えることで、蹴りを避けた。
そのまま、龍人の体にタックルを放ち、両足を地面から離して前にもたれかかる。
龍人の体が倒れ、背中が床に叩きつけられる。
龍一が龍人の腹まで、体を上げてきた。
拳を振り上げ、龍人の顔面に向かって振り下ろす。
龍人が諦めたように、脱力して後頭部を床につける。
そして、拳が当たる直前、頭を振り上げた。
龍一の拳に向かって、頭突きが放たれる。
「痛っ…!」
龍一の手に、鋭い痛みが走る。
龍一の手の骨に、ヒビが入った。
龍人の両手が、龍一の腰を掴む。
回転するように、龍一を自分の上から投げた。
龍一は転がりながら、自然に体勢を立て直した。
すぐに立ち上がって、龍人から距離を取る。
龍人も飛び起きた。
二人は、距離を取りながら相手を観ている。
息を整え、相手の出方を伺う。
まるで、二人だけの空間のように、集中していた。
動かない二人に向かっての観客の怒声なんて、一切聞こえてこなかった。
龍人がじりじりと、距離を詰めてくる。
龍一も、呼応して距離を詰める。
やがて二人の距離が、飛び掛かれば攻撃が当たるほどまで縮まっていた。
その時、龍人の左足が地面を蹴る。
龍一はその足と逆方向に跳び、龍人に向かって突っかけた。
気づいたのは、その瞬間だった。
龍人の左足は、地面を蹴ったに過ぎない。
攻撃までは移っていなかった。
龍一が足から上に目線を移す瞬間には、右拳が放たれている。
龍一がそれを捉える頃には、拳が触れていた。
後ろに仰け反る。
鼻血が飛び、龍一は踏みとどまった。
その足へ、左ロー。
龍一の右外ももを叩いた。
「づっ…!」
重い。
痛い。
出刃で指されたような痛みが、足を駆けまわった。
怯む龍一。
龍人はそれを認識しきる前に動いていた。
右に回転し、右拳を握り締める。
思いっきり、顔面に裏拳を当てた。
龍一が左に向かって、血を吐く。
何歩かふらふらと歩き、金網に再び背を触れた。
龍一はハッとし、金網から離れる。
「まずいな…警戒している…」
総一郎が呟く。
「駄目なことなんですか?」
聖一が聞いた。
「警戒によって、龍一から見た試合場は元から一割ほど削れている。逃げにくくなったぞ…」
総一郎が冷や汗を流した。
龍一は、そんなことに気づかず、別の事を考えていた。
どうやったら、龍人をしのぎ、攻撃を与えられるか。
考えた結果、龍一は龍人に向かって背を向けた。
「?」
龍人は警戒している。
龍一が、金網に触れた。
金網に指を通し、握りしめる。
そして、もう片方の手を、より高いところに。
金網に足を掛ける。
「…何をしている?」
龍人が聞いたころには、龍一は二メートルほど高いところにいた。
「登った」
龍一が片手を離し、龍人の方を向いて言う。
「…最近の十代は派手だな」
そう言った瞬間、龍一が金網を蹴った。
龍人に向かって、龍一の体が飛んでいく。
龍人が離れようとするが、それよりも早く龍一が動いた。
体を回転させ、足を蹴り落とす。
限られた金殺の試合場で放つ、回天落とし。
それが、防がれた。
龍人の右腕が、龍一の脛を受けていた。
「なっ…!」
二人目の、回天落としを防ぐ者。
龍はそれほどに強いのか。
そんなことを考えてしまった。
龍人の動きに反応できない。
龍人は右足を振りかぶり、サッカーボールのように龍一に蹴りを放った。
龍一は空中で、防御の構えを取る。
蹴られ、吹っ飛んだ。
背から地面に落ち、衝撃が全身に行き渡る。
龍一が目を開いた。
そこへ、龍人の足の裏が落ちてくる。
咄嗟に金網を蹴り、龍人の踏み込みを避ける。
そして回転したまま、素早く立ち上がった。
「お前、動きはいいが、威力がちょっとな」
龍人がそう言った。
龍人の攻撃は、当たった全てが、龍一へ有効打となっている。
対して龍一の攻撃は、ほぼ効果なし。
ドロップキックでさえ、もうダメージはなさそうだ。
「体重を上げな。そんなんじゃ、全力で打ち込み続けても倒せないぞ」
龍人が首を鳴らしながら言う。
近づいてくる。
その時、龍一は考えていた。
体重が足らず、龍人本人は全力で打ち込み続けられても倒せないといっている。
なら。
そんなことを考えている間に、龍人はすぐ前まで迫っていた。
「どうした?」
龍人が軽い右フックを、龍一の頬に放つ。
「…別に」
龍一は龍人へ視線を移しながら、笑って答えた。
何か危険を察したのか、龍人が思いっきり前蹴りを放つ。
龍一はそれを両腕で受けたが、それでも貫通してくるほどの衝撃だった。
「クッ…」
龍一が苦悶の表情を浮かべながら、金網に背を打つ。
龍人は追撃で、再び前蹴りを放った。
龍一は、下に向かって転がって避ける。
ちゃんと龍人と距離を取りながら、相手を伺っている。
龍人は危機を感じながらも、それを止める事ができない。
それに焦ったのか、すぐに走ってきた。
大きく振りかぶっての、右ストレート。
龍一はしっかり躱し、龍人の右腕をからめとった。
(折る気か…!)
龍人がそう思ったとき、龍一は肘と真反対に向かって、体を回転させていた。
龍人はそれを追っかけるように、体を回転させる。
ガシャンと金網にぶつかり、龍一に目を向ける。
龍一も見上げていた。
ここから折ろうという気はないようだ。
龍人が何かする前に、龍一は腕を離し飛び退く。
(危なかった…。イヤ…本当に危なかったのか?)
龍人は、龍一は骨を折る気はなかったと考えた。
あの距離、あの限られた空間で、反撃もありうる環境下で骨折りとは信じがたかった。
だが、龍人は骨を折る以外のあの行動が思いつかなかかった。
息を吐き、爪先で地面にトントンと触れる。
「…来い」
龍人が言うや否や、龍一は飛び出す。
まるでレスラーのように、低姿勢で。
龍人は少し驚いたが、すぐに動いた。
向かって来る低姿勢の龍一の顔面に向けて、蹴りを放つ。
龍一はもちろんそれを避け、今度は左ジャブ。
龍人の顔面に当たりはしたものの、ダメージは薄い。
しかし、それでよかった。
ダメージがないことは、龍一にとって問題ではなかった。
何故なら、龍人が言った通り、龍人への攻撃はウェイトが足りない。
なら、ウェイトの関係ない土俵へと持ち込む。
龍一は一瞬怯んだ龍人に向かって、戦いを仕掛けた。
テイクダウン。
落ちる途中、右肘で龍人の背中をすっと押し、体を回転させ、受け止めるように龍人の下敷きになった。
龍人はすぐに龍一から離れようとする。
だが、それよりも先に龍一の腕は動いていた。
右腕が龍人の首を、左腕が龍人の頭の横を。
右手で左腕を掴み、思いっきり腕を絞める。
龍人の首が、ギュッと締め上げられた。
ウェイトの関係ない、絞め技へ。
龍一の極め技は、絞め技への警戒心を薄めるための行為だったのだ。
「っ…」
息が詰まり、血の周りが遅くなる。
龍人が右腕を振りかぶり、肘で龍一の脇腹を突いた。
龍一に取って、脇腹を突かれるのはそれなりの痛みだろう。
しかし、龍一の腕は緩まなかった。
さらに、龍人の首が絞め上げられる。
「んんっ!」
龍人が唸る。
すると、龍人の体が立ち上がった。
龍一は驚いた表情を浮かべる。
龍人は、後ろに組み付いた自分を落とす気のようだ。
それに気づいた瞬間、腕への力をより一生高める。
龍人は、後ろに倒れこもうとした。
龍一は咄嗟に、足をつっかえ棒にする。
そうすると、龍人の体は止まった。
倒れようとしない。
龍一が腕を離す。
慎重に、警戒しながら。
龍人の体が倒れた。
力なく。
「勝負あり!」
審判の声で、勝負は決した。
歓声が沸く。
龍一の勝ちだ。
龍一は少し浮ついた様子で、勝利を喜んだ。
だが、同時に焦ってもいる。
龍一は追い詰められた。
本当のギリギリまで。
あと一秒でも、龍人の意識が長く保たれていたら、負けていた可能性がある。
一回戦、龍との初試合。
ここまで削られた。
龍一が唾を飲む。
龍への不安を積もらせながら、龍一は試合場を後にした。
43話 一対六 終
43話後書き。
どうも。
少し呆気ないというか、変な感じの決着になってしまったかもしれません。
ですが、こういう感じでしか終わらせられませんでした。
次回はもっといい試合を作ります。
今回は原点に帰したような、絞め技や回天落としなどの慣れた技で終わりましたね。
龍人はもう少し頑張れそうなキャラです。
さて今回は、次回戦う八嶋龍輝です。
身長170センチ 体重72キロ。
小さめです。
では。




